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第2話 大聖女との出会い

「ようこそ、哀れな迷い人よ。また一人、勇者召喚に巻き込まれたおっさんが現れたと聞いて心配していたんだ。我が名誉ある施設へよくぞいらした」


 出迎えたのは、豪奢な古代ヨーロッパ貴族が身に着けていたような服を着た恰幅の良い男だった。ダングロウド男爵と名乗った彼は、この団体の代表らしい。彼は私のよれたスーツを見るなり、一瞬だけ鼻をひくつかせたが、すぐに胡散臭い笑顔を貼り付けた。


「安心しなさい。ここは神聖なる教会の補助金によって運営されている、慈愛に満ちた場所だ。衣食住の心配はいらないよ」


 その言葉通り、施設での待遇は予想外に良かった。ダングロウドさんはしっかりとした食事を与えてくれ、清潔なベッドまで用意してくれたのだ。異世界の過酷さに絶望し、路地裏で行き倒れていた私にとっては、まさに地獄に仏だ。

 他にも私のように異世界へ迷い込んだおっさんが数人いたが、なぜかおっさん同士の会話を禁止され、少し離れた場所から目線で挨拶をする程度だった。


 食事をとり、すやすや眠る。身体的な不自由は何一つない生活が始まった。


 異世界の食事に慣れてきたころ、ダングロウドさんから提案を受けた。

「ヒロシさん。ここの施設は一時的な保護シェルターとしての役割でしかありません。あなたがこの世界で生きるには、こちらの世界の人間に養ってもらう必要があります。そのための譲渡会に参加してもらってもいいですか?」


 どうやら私は犬や猫のように飼ってもらう立場のようだ。確かにこの世界の事は何もわからず、魔法や剣技が無いと生きていけないようだ。

 私は断る理由はないので彼が開催している「譲渡会」なるものに、毎日参加することとした。もちろん、もらわれる側として。

 

 しかし、数日が経つにつれ、私はどうしようもない違和感――いや、明確な不気味さを感じるようになっていた。

 ダングロウドさんは私たち「保護おっさん」と会話を交わすことはほとんどない。彼はいつも施設の隅でこそこそと書類をまとめており、私が誰にも引き取られず部屋にいるのを確認すると、なぜか喜ぶようにほくそ笑むのだ。その笑顔には、人を人として見ている温かさが微塵もないのだ。


 +++


 数日後。

 いつものように施設の中庭で「保護おっさん譲渡会」が開催される。

 広場には、着飾った異世界人の貴族や裕福な平民たちが集まり、私たちおっさんを品定めしていく。まるで、盆栽の品評会のようだった。


「あら、この方、すごく渋くて素敵じゃない?」

「こっちの筋肉質な方も、護衛や庭師にちょうど良さそうね」


 たまに運ばれてくる保護された「イケオジ」や「マッチョオジ」の前にはすぐに人だかりができ、彼らはすぐに引き取り手が現れて施設を去っていく。命を救う場であるはずなのに、結局は見栄えの良いおっさんに人気が集中する。


 一方、よれたスーツ姿でメタボ、おまけに薄毛の私を見ると、異世界人たちはギョッとした顔をして足早に去っていく。


「あれはちょっとアレねぇ。逆に同情しちゃうわ」

「チートもないみたいだし、ただ飯食らいになるだけだしねぇ」


 心無い言葉が耳に突き刺さる。日本で中間管理職として働き、なんとか社会の歯車として生きてきた私のプライドは、ここで完全に粉砕された。


 結局、誰も引き取り手が現れないまま数日が経ち、屈辱的な譲渡会を何度も経験することになった。

 ダングロウドさんは、売れ残った私を見て「いやあ、残念だったね。でも安心していい、ここは君の家なのだから」と、口元を歪めて笑った。

 私をダシにして何かを企んでいるような嫌な目つきでそう言った。


 +++


 そんな絶望的な日々が続く中、ある日の譲渡会に一人の女性が現れた。

 深いフードを目深に被り、身分を隠しているようだが、その凛とした佇まいは周囲の貴族たちとは異なる異彩を放っていた。


「ローラ」と名乗ったその女性は、ひどく優しい目をしていた。

 彼女に拾ってもらえたら、何とも心地よいだろうなぁと、妄想を膨らませたが、恐らく無理だろう。


 彼女は広場をぐるりと見渡した後、誰も寄り付かない私の前でピタリと足を止めた。そして、まるで値踏みするような、しかしどこか過去の自分を懐かしむような強い瞳で私を見据えた。チートがないからとポイ捨てされ、売れ残りと品定めされる私の姿に共感したような表情だった。


「あなた、とてもいい目しているわね。気に入りました」


 彼女はそう呟くと、真っ直ぐにダングロウドさんの元へ歩み寄った。

「この方を引き取りたいのだけれど」

 私を指差す彼女の言葉に、ダングロウドさんは一瞬ギョッとした後、すぐに愛想笑いを浮かべて立ちはだかった。


「おお、それは素晴らしい! しかしローラ様、当団体では迷い人の命を守るため、非常に厳しい審査を設けております。年収、間取り、勤務先はもちろん、独身不可や高齢者不可などの条件がございます」


 ダングロウドさんはもったいぶった態度で、審査の長さなどを理由に譲渡を渋り始めた。さらに彼は、ワクチン代や不妊手術代、医療費の積立という名目で、数万ギロアの譲渡費用まで請求していたのだ。


 あからさまな嫌がらせだった。こんな法外な初期費用と面倒な審査を吹っ掛けられれば、普通の人間は諦める。ダングロウドはそうやって私を手元に残し、悪だくみをしていることが明白となった。


 しかし、彼女は涼しい顔をして鼻で笑った。

 彼女はダングロウドの目を盗んで袖口でこっそりと指を動かすと、なにやら魔法を発動させたようだ。


「こちらが私の身分証明と、住居の証明書よ。年収も条件もすべて満たしているはずだけれど? ああ、もちろん譲渡費用も全額キャッシュでここに用意してあるわ」


 彼女は完璧な書類の束と、ずっしりと重い金貨の袋をダングロウドのデスクに叩きつけた。開示された情報は、ダングロウドが突きつけたすべての難題を軽々とクリアしていたようだ。


「な、なんと……! しかし、これは……」


 ダングロウドは書類と金貨を前に、冷や汗を流して言葉を失った。反論の余地は完全に塞がれていたようだった。


「これで文句はないわね? 彼のもらい手は私よ」


 こうして、ローラと名乗る女性は費用も支払い、即日で私を引き取ることになったのだ。


「ダングロウドさん。お世話になりました」


 私は彼にお礼を言ってお辞儀をしたが、彼は忌々しそうに顔を背けた。


 施設を出る時、ダングロウドの憎々しげな視線が背中に突き刺さるのを感じたが、私はただただこの不気味な場所から抜け出せたことに安堵していた。

 だが、私を引き取ったこの美しい女性が一体何の意図をもって中年小太りうっすらハゲのおっさんを引き取ってくれたのか、この時の私はまだ知る由もなかったのだ。

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