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第25話 クーデターの決意

「……元老院から、決定が下されたわ。来月にはこの寮は解体され、あなたたちは後日、各地の辺境部署へ強制的に再配置されることになったの」


 その言葉が落ちた瞬間、少女たちの時が止まった。

「嘘……ですよね? 先生」

 クレアが震える声で尋ねるが、アリシアは唇を噛み締め、首を横に振ることしかできない。

「どうして!? ウチら、何も悪いことしてないじゃん!」

 ミーシャが叫び、エルザは絶望に目を見開いたままその場にへたり込んだ。ルミナは私の首元に顔を埋め、声を殺して泣き始めた。ノノは手から本を落とし、ただ呆然と立ち尽くしている。


 彼女たちにとって、この寮は外界の悪意から身を守る唯一の安全な居場所だった。過酷な過去を持ち、ようやく手に入れた安寧の地が、権力者たちの身勝手な都合によって今、理不尽に奪われようとしているのだ。


 私は、泣き崩れる少女たちと、己の無力さに打ちひしがれるアリシアの姿を、部屋の隅から静かに見つめていた。

 その光景は、私の中に深く封印していた、ある苦い記憶をフラッシュバックさせた。


 波風を立てず、ただ平穏にやり過ごす「事なかれ主義」。

 私はその処世術で自分を守ってきたつもりだった。しかし、私が見て見ぬフリをした結果、大切な部下を失うという最大の「事」を起こしてしまったのだ。


 そして今、異世界で再び同じ状況――上層部の理不尽による現場の切り捨て――に直面している。

 教会上層部は、アリシアへの報復という自分たちの都合だけで、現場で必死に生きるこの少女たちを切り捨てようとしている。

 ここで私が再び「事なかれ」を貫き、見て見ぬフリをすれば、彼女たちは再び地獄へ落とされるだろう。クレアの無償の優しさも、ミーシャの笑顔も、エルザの安堵も、すべてが泥に踏みにじられる。


「……ミャァ」

 私は短く鳴き、ゆっくりと立ち上がった。

 私の胸の奥で、かつての後悔と、おっさんとしての静かなる怒りが一つの炎となって燃え上がっていく。

「もう二度と、自分の目の前で部下を理不尽に奪わせない」

 私は誰にも聞こえない心の声で、静かに、しかし強固な決意を固めた。


 だが、誤解してはならない。私は勇者でもなければ、熱い正義感に燃える英雄でもない。

 私の目的は「正義感」からではなく、「最も確実に『波風の立たない平穏な生活(寮での安泰なペットライフ)』を取り戻すための、最短ルートの業務遂行」なのだ。


 元老院の脅しに屈し、トカゲの尻尾切りを許せば、奴らはまた別の難癖をつけて新たな問題を起こすだろう。

「なら、本社(元老院)の社長首をすげ替えるのが一番手っ取り早くて、今後のトラブル(事)も起きない(なかれ)」

 それが、四十二年間社会の歯車として生きてきた私が導き出した、究極に合理的な事なかれ主義の結論だった。


 剣や魔法で正面から戦う必要はない。

 私が使うべきは、徹底した「根回し」「接待」「利害関係の調整」という、中間管理職の最強のスキルだ。敵への包囲網を水面下で完成させ、元老院という腐った上層部を完全に包囲してやる。

 私は泣きじゃくるルミナの涙を前足でそっと拭いながら、来るべき反撃のシナリオを頭の中で冷徹に組み上げ始めていた。


 +++


 同刻。

 教会本部の地下深くにある、元老院の秘密会議室。

 筆頭枢機卿ゲルドバは、魔導スクリーンの前に立ち、忌々しげに舌打ちをした。


「……あのアリシアの小娘め。寮の解体を通達したというのに、まだ徹底抗戦の構えを見せているようだな。各部署へ嘆願書を送りつけ、王国の貴族たちにも働きかけているらしい」

 大聖女としての実権はなくても、彼女の持つ「民衆からのカリスマ性」は厄介だ。万が一、同情した王国側の役人や信者たちが彼女の味方につけば、元老院としても寮の強引な解体に時間を取られる可能性がある。


「ならば、物理的にあの寮を灰にするまでだ。……おい、聞こえているか」

 ゲルドバが声をかけると、魔導スクリーンの向こう側に、魔王軍の連絡係である悪魔の姿が浮かび上がった。


「ええ、繋がっておりますよ、ゲルドバ枢機卿」

「急ぎの依頼だ。明後日の朝、魔王軍の精鋭を率いて『見習い聖女寮』を襲撃しろ」

 ゲルドバは冷酷な笑みを浮かべ、決定的な一手を口にした。


「これは我々が手引きする『出来レース』だ。防衛の結界は我々が事前に解いておく。大聖女の庇護下にあるはずの寮が、魔族の襲撃であっけなく壊滅したとなれば、彼女の『無能さ』を全世界に晒し出すことができる。そうなれば、誰も彼女を支持しなくなるだろう」

「なるほど。大聖女を完全に失脚させるための、前哨戦というわけですね。……承知いたしました。我々魔王軍が、ご要望通りにあの寮を瓦礫の山に変えてご覧に入れましょう」

「頼んだぞ。報酬は弾む」


 通信が切れ、魔導スクリーンが暗転する。

 ゲルドバは満足げにワイングラスを傾けた。

「これで終わりだ、アリシア。お前のような小娘が、我々元老院に逆らったことを瓦礫の中で後悔するがいい」


 大聖女を完全に失脚させるため、元老院が仕組んだ「寮の襲撃」という非道な出来レース。

 圧倒的な暴力と権力による包囲網が、事なかれ主義のおっさんと見習い聖女たちに容赦なく迫りつつあった。

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