第23話 水泳特訓
「ヒロシ。少しこっちへ来てちょうだい」
大聖堂での歴史的な告発から数日後。見習い聖女寮の談話室で、平和な午後の日差しを浴びてうたた寝をしていた私は、エルザの凛とした声で目を覚ました。
「ミャア?」
寝ぼけ眼で顔を上げると、風紀委員の腕章をピシッとつけたエルザが、メジャーを片手に仁王立ちしている。
彼女は私の前足を掴んで二本足で立たせると、ポンポコリンに膨らんだ私の腹回りにメジャーをぐるりと巻き付けた。
「……やはり。先週測った時よりも、さらに三センチ増えています」
エルザは眉間に深い皺を寄せ、深刻な表情で告げた。
「クレアの作る高カロリーなおやつや、ルミナとの不健康な夜更かしが原因なのは明らかです。聖女寮の猫たるもの、常に清潔であると同時に、健康的な肉体を維持しなければなりません。このままでは、ただの不健康なメタボ猫になってしまいます!」
「ニャォ……(いや、ただのって言うか、元からメタボな中年なんですが……)」
私が抗議の声を上げるのも虚しく、エルザの風紀委員としての熱血指導に火がついてしまった。
そこへ、元気な足音と共にミーシャが談話室へ飛び込んできた。
「おっ、エルザ、ヒロシの身体測定っすか? うわ、マジか。ヒロシ、お腹タップンタップンじゃん!」
ミーシャは私の腹の肉を遠慮なく揉みくちゃにして笑った。
「健康が第一ですね。私としたことが、日々の清掃に気を取られ、ヒロシの体調管理を怠っていました。食事制限と運動を取り入れなければ」
「運動ならウチに任せろって! そうだ、今日は天気もいいし、屋上プールで水泳特訓しようぜ!」
「水泳ですか。全身運動としては最適ですね。よろしい、直ちに実行に移しましょう」
「ミャ、ミャァァ!?(ちょ、待って! 水泳!?)」
私は必死に後ずさりしたが、二人の連携の前に逃げ道はなかった。
ミーシャに首根っこを掴まれ、私はそのまま屋上へと強制連行された。
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見習い聖女寮の屋上には、青々とした水が張られた広々としたプールがあった。
水着に着替えたミーシャとエルザが姿を現す。教会の戒律に従った、露出の少ないワンピースタイプの清らかな水着姿ではあるが、十代の美少女二人の眩しさに、四十路のおっさんである私の理性は早くも警鐘を鳴らし始めていた。
「さあヒロシ、まずは消毒層よ! 清潔第一ですからね!」
エルザが私を抱え上げ、プールの入り口にある腰の深さほどの消毒槽へと向かう。
おっさんとして生きてきて、水泳前の腰洗い槽など何十年ぶりだろうか。あの独特の塩素の匂いと冷たさを思い出し、私は全力でジタバタと暴れた。
「ミャー!!(嫌だ! 冷たいのは嫌だ!)」
「こら、暴れないで! 全く、お風呂の時もそうですが、水に濡れるのが嫌いなのは猫の性でしょうか……仕方ありませんね」
エルザは私の抵抗をものともせず、なんと私をしっかりと抱き抱えたまま、自らザブッと消毒層の中へと入ったのだ。
「ミャッ!?」
冷たい水と消毒液の匂い、そして何より、水着越しに伝わってくるエルザの柔らかい体の感触に、私は羞恥とパニックで完全にフリーズした。
「ほら、これで怖くありませんよ。しっかり消毒しましょうね」
エルザは風紀委員としての使命感に燃え、真面目な顔で私の全身をくまなくバシャバシャと濡らし始めた。おっさんの尊厳と理性が、消毒液と共にゴリゴリと削られていく。
「よし、消毒完了! 次は特訓だぞヒロシ!」
消毒層から解放されるや否や、今度はミーシャが私をプールの中央へと放り投げた。
「ミャボボボッ!?」
「さあ、こっちまで泳いでおいで! 手を休めたら沈むぞ!」
そこからは、まさに地獄の水泳特訓だった。
ミーシャの指導は容赦という言葉を知らない。私がプールの端にたどり着こうとすると、無邪気な笑顔で私を再び中央へと押し戻す。
「まだまだ! 体脂肪を燃やすんだ!」
「ミーシャ、少しペースが速すぎませんか? ヒロシが溺れてしまいます! ほらヒロシ、私のところへ!」
エルザも特訓に加わり、私を呼ぶ。二人の間を行ったり来たりさせられ、犬かきならぬ猫かきで必死に水をかく。
四十二歳の運動不足の肉体は、すぐに悲鳴を上げた。息は上がり、手足は鉛のように重くなる。
「ミャァ……(もう……勘弁してくれ……)」
「あはは! ヒロシ、必死な顔もかわいいなオイ!」
ミーシャのスパルタ指導に付き合わされ、気づけば私を心配して伴走していたエルザまで息を切らしていた。




