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第21話 元老院の癒着

 聖都の中心にそびえ立つ大聖堂。その地下深く、一般の神官や見習い聖女たちには存在すら知られていない広大な秘密の空間があった。

 冷たい石造りの壁には松明たいまつが等間隔で掲げられているものの、光は奥まで届かず、底知れぬ闇が広がっている。

 その中央に置かれた円卓を囲むように、三つの影が落ちていた。


 一人は、純白に金の刺繍が施された豪奢な祭服をまとう筆頭枢機卿ゲルドバ。彼は教会の実権を握る元老院のトップであり、事実上の支配者であった。

 もう一人は、王国財務局長バルデス。王国側の財政を取り仕切る彼は、貴族特有の傲慢さを隠そうともせず、分厚い葉巻をくゆらせている。

 そして最後の一人は、円卓の上に浮かび上がる青白い魔導スクリーンの中にいた。発信元を完全に隠蔽する特殊な暗号魔法がかけられたスクリーンの向こう側には、禍々《まがまが》しいオーラを放つ魔王軍の幹部が映し出されている。


「ダングロウドの阿呆が捕まったそうだな。全く、詰めが甘い男だ」

 バルデスが葉巻の煙を吐き出しながら、忌々しげに口を開いた。

「彼が立ち上げた『おっさん愛護団体』は、なかなか良い資金源だったのだがな。王国から出る補助金のキックバックが減るのは少々痛手だ」

「案ずることはありません、バルデス卿。あのようなトカゲの尻尾など、いくらでも代わりは用意できます」

 ゲルドバが薄く笑いながら応じる。彼の声には、末端の貴族が一人破滅したことへの同情など微塵も含まれていなかった。


「それよりも、だ」

 魔導スクリーン越しの魔王軍幹部が、低くしゃがれた声で口を挟む。

「我々魔王軍としては、人間どもを適度に脅かす『興行』の対価を、きっちりと頂ければそれでいい。教会が信者から巻き上げている聖布金や、防衛支援金の一部。それに、用済みになった異世界人の奴隷だ。ダングロウドが潰れたことで、我々への上納が滞るようなことはないだろうな?」

「もちろんですとも。我々三者の『卿官魔蜜月同盟』は盤石です」

 ゲルドバはうやうやしく頭を下げた。


 彼らは長年にわたり、巨大なマッチポンプの仕組みを構築していた。

 魔王軍が適度に人間領へ侵攻し、魔族の脅威を煽る。教会と王国はそれを理由に民衆から多額の資金を徴収し、裏で魔王軍へ報酬を支払う。さらに、システムが劣化して地球人のおっさんばかりが巻き込まれる不完全な「勇者召喚」を逆手に取り、市民には「希望」を偽装しつつ、あぶれたおっさんたちを補助金ビジネスの道具や魔族への裏の報酬として利用する。

 すべては、彼らが私腹を肥やし、体制を維持するための狂ったシステムであった。


「しかし、一つ懸念事項がある」


 バルデスが眉をひそめた。

「あのお飾りの大聖女だ。アリシアの小娘が、最近どうも調子に乗っている。今回のダングロウド摘発も、奴が裏で嗅ぎ回っていた結果だろう。これ以上、我々の利権に首を突っ込まれては目障りだ」


「ええ、その件につきましては、すでに手は打ってあります」

 ゲルドバは冷酷な笑みを深めた。

「あの小娘は、自分が正義だと信じて疑わない。しかし、彼女には最大の『弱点』がある。大聖女などという肩書は名ばかりで、実権は何一つ持っていないという事実。そして……彼女が何よりも大切にしている、箱庭の存在です」


「ほう。急所があるというわけか」

「はい。彼女から大聖女の座を剥奪すると同時に、彼女が庇護ひごしている『聖女寮』を解体する。それが元老院の決定事項として、間もなく奴の元へ通達される手はずとなっております」

 ゲルドバの言葉に、バルデスも魔王軍幹部も満足げに喉を鳴らした。


「見習い聖女たちは各地の過酷な部署へ強制的に再配置し、二度と集まれないようにしてやりましょう。これで、あの小娘も己の無力さを思い知り、二度と我々に逆らおうとはしなくなるはずです」

 地下空間に、三者の淀んだ笑い声が響き渡った。


 +++


 大聖女執務室。

 分厚いマホガニーの机に向かっていたアリシアは、手元にある書類の山から顔を上げ、小さく息を吐いた。

 ダングロウドの告発を成功させ、教会に巣くう腐敗を一つ切り崩した。しかし、手放しで喜べる状況ではない。トカゲの尻尾切りで逃げた教会上層部や王国の悪徳官僚たちを完全に追い詰めるには、さらなる証拠と慎重な立ち回りが必要となる。


「次の一手はどうするか……」

 ペンを置き、こめかみを揉んだその時だった。

 執務室の重厚な扉がノックされ、元老院の使いの神官が事務的な足取りで入ってきた。

「アリシア様。元老院より、至急の通達がございます」

 神官は抑揚のない声でそう告げると、即日速達で届けられた教会の最高印章が押された羊皮紙の封筒を机の上に置き、一礼して退出していった。


「元老院から……? こんな時間に?」


 嫌な予感がアリシアの胸をよぎる。彼女はペーパーナイフで封を切り、中に入っていた羊皮紙を開いた。

 そこに記されていた流麗な文字を一読した瞬間、アリシアの全身から血の気が引いた。

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