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第16話 大規模ミサ

 開演の鐘が重々しく鳴り響く。

 私は恥ずかしい特注ケープを翻し、再び「可愛い小太り猫」の仮面を被って四つん這いになった。

 教会のトップである大聖女と、元中間管理職のおっさんによる、腐敗した権力者へノーを突き付ける準備は整った。


 +++


 大聖堂の内部は、信者たちの熱気と、パイプオルガンの荘厳な音色に包まれていた。

 数千人は下らない群衆が、ステンドグラスから差し込む光を浴びて静かに祈りを捧げている。この大規模ミサは、教会の権威を示す最大のイベントだ。最前列の来賓席には、着飾った王国の役人や貴族たちがずらりと並んでいる。

 その中には、「おっさん愛護団体」の代表、ダングロウド男爵の姿もあった。彼は信者からの純粋な浄財である聖布金と、王国からの税金を巻き上げている張本人であるにもかかわらず、さも慈悲深き篤志家であるかのように、芝居がかった手つきで祈りのポーズをとっていた。


 パイプオルガンの演奏が止み、静寂が訪れる。

 中央の巨大な扉が開き、純白の祭服に身を包んだ大聖女アリシアが姿を現した。彼女の歩みは堂々としており、清廉潔白で慈愛に満ちたその姿に、信者たちから感嘆の溜息が漏れる。

 私はその彼女の足元にぴったりと寄り添い、四つん這いで祭壇への大理石の階段を上っていった。クレア特製のシルクのケープと巨大な赤いリボンが歩くたびにフリフリと揺れるが、今の私は「大聖女に仕える清らかな聖獣」を演じきらなければならない。心の中で「俺は威厳あるライオンだ」と自己暗示をかけながら、優雅な足取りを心がけた。


 祭壇の中央に立ったアリシアは、ゆっくりと会場を見渡した。彼女の視線が最前列のダングロウドを捉えた瞬間、空気が僅かに冷え込んだのを私は感じ取った。


「光に導かれし迷える子羊たちよ。今日この日、皆さんと共に祈りを捧げられることを、心から嬉しく思います」

 アリシアの透き通るような声が大聖堂全体に響き渡る。

 彼女は初め、神の教えや慈愛について、台本通りの美しい説教を続けていた。しかし、中盤に差し掛かったところで、彼女の声音がスッと一段階低く、研ぎ澄まされた刃のような響きに変わった。


「しかし、嘆かわしいことに、神の慈悲を逆手に取り、己の私腹を肥やす者がこの聖なる都に存在しています」

 会場がざわめき始めた。予定にはない大聖女の言葉に、最前列の貴族や役人たちも顔を見合わせている。


 アリシアは夜の作戦で手に入れた証拠を手に、大規模ミサの場でダングロウドの不正を公に糾弾し始めた。

「教会が支給している『迷い人』保護のための多額の補助金。それは本来、過酷な運命に翻弄された哀れな人々を救済するためのものです。しかし、ある保護団体の代表は、その迷い人たちに架空の重病をでっち上げ、緊急手術や高額なワクチン接種といった名目で、莫大な補助金を国や教会から騙し取っています」


 数千人の視線が、一斉に最前列へと注がれた。

 アリシアは、壇上からダングロウドを真っ直ぐに指差した。

「ダングロウド男爵。あなたが提出した実施報告書は、神を冒涜する悪質な虚偽です。彼らを保護の対象ではなく、金を生み出す家畜として扱っているではありませんか」


 会場にどよめきが走った。教会のトップである大聖女が、公の場で貴族を名指しして横領罪を告発したのだ。これは事実上の宣戦布告である。

 私はアリシアの足元で、ダングロウドの反応を冷静に観察していた。普通の人間なら、ここで顔面蒼白になって震え上がるはずだ。


 しかし、拝金主義の没落貴族であるダングロウドは、慌てるどころか、ゆっくりと席を立ち上がった。彼の顔には、薄ら笑いすら浮かんでいる。

「おお、慈悲深き大聖女様。何を勘違いされているのか存じませんが、それはあまりにも酷い言いがかりというものですぞ」

 ダングロウドは芝居がかった身振りで胸に手を当て、さも自分が被害者であるかのように声を張り上げた。


「我が『おっさん愛護団体』は、適法な手続きに則り、正式な書類を提出して補助金を頂戴しております。迷い人たちは異世界の病に弱く、度重なる手術や治療が必要なのです。私とて、身銭を切って彼らを救おうと必死なのですぞ。それを架空請求などと……ああ、神よ!この献身がなぜ伝わらないのでしょうか!」


 彼の見え透いた三文芝居に、私は思わず「ミャァ(よくもまぁ、そこまで舌が回るな)」と呆れた声を出してしまった。

 典型的な、現場を知らないふりをして書類の体裁だけで言い逃れようとする悪徳経営者の手口だ。


 ダングロウドは目を細め、狡猾な笑みを浮かべてアリシアを見据えた。

「大聖女様ともあろうお方が、このような公の場で、一介の貴族を名誉毀損されるとは。もしそれが真実であるというのなら、動かぬ証拠を見せていただきましょうか。まさか、その書類の数字がおかしいというだけの推測で、私を罪に問うつもりではありますまいね?」


 彼が証拠を求めた瞬間、会場は水を打ったような静寂に包まれた。

 完璧な書類の体裁を整えている以上、書類上の矛盾だけでは「治療方針の違いだ」と言い逃れされてしまう。だからこそ、物理的に矛盾を証明する「決定的な証拠」が必要なのだ。


 しゃがんでいた私はゆっくりと四本足で立ち上がり、首元の巨大な赤いリボンを揺らしながら、アリシアを見上げた。


「ええ、お見せしましょう。あなたが絶対に言い逃れできない、真実の姿を」

 アリシアが自信に満ちた笑みを浮かべ、私に向かってそっと手を差し伸べた。


 事なかれ主義だった中間管理職の、反撃の時が来た。

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