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第14話 地下書庫

 裏口の扉を抜け、薄暗い通路を進む。ノノが幼い頃の記憶を頼りに事前に描いてくれた精巧な地図によれば、この先に地下書庫へと繋がる通気口ルートがあるはずだ。

 私はクレア手作りの赤迷彩服の尻のフリルを揺らしながら、二足歩行で先頭を歩いた。小太り猫の姿の私が前を、アリシアが背後を警戒するという見事なフォーメーションで、我々は目的の通気口から地下書庫の最奥へと到達した。


 大人一人がギリギリ通れるかどうかの狭い通気口の中は、埃っぽくカビの臭いが充満していた。

「ミャ、ミャァ……(狭い、狭すぎます)」

 私の声は猫の鳴き声に変換されているが、後ろを這い進むアリシアには、おっさんの愚痴として正確に届いている。

「文句を言わないの。保護おっさん譲渡会で最後まで取り残されていたことを思えば、これくらいどうってことないでしょ」

 アリシアの言葉に、私は押し黙った。確かに、あの時の惨めさを思えば、私のメタボ腹が少しつっかえる程度の苦労など知れたものだ。


 やがて、通気口の出口らしき鉄格子が見えてきた。私が前足でそっと格子を押し開けると、そこは冷たい空気が漂う広大な地下書庫だった。天井まで届く巨大な本棚が幾つも立ち並び、途方もない量の書類の山が眠っている。

「着いたわね。さあ、ダングロウドの実施報告書を探すわよ」

 アリシアは小声で指示を出し、膨大な書類の山を手分けして調べ始めた。


 +++


 地下書庫の中は静まり返っており、紙をめくる微かな音だけが響いている。私は猫の姿のまま器用に前足を使い、床に積まれた書類の束を一つ一つ確認していった。

 中間管理職として長年、決裁書類の山と格闘してきた私の事務処理能力が、まさかこんな異世界の地下で役立つとは思わなかった。不自然な日付、水増しされた数字、不可解な印鑑の位置。不正な書類が放つ独特のにおいは、日本の会社でもこの世界でも変わらない。


「ヒロシ、こっちよ!」

 アリシアの弾んだ声に、私は小走りで駆け寄った。彼女の手には、分厚い羊皮紙の束が握られていた。

「見つけたわ。これよ……おっさん愛護団体の、迷い人保護に関する実施報告書」

 その書類の表面には、ダングロウドの傲慢なサインがしっかりと記されている。

「これで、彼らが国や教会から補助金を騙し取っている決定的な証拠を押さえたわ。私たちの勝ちよ」

 アリシアは悪女のような笑みを浮かべ、ダングロウドの実施報告書を発見・確保することに成功した。


「ミャオン(長居は無用です。すぐに撤収しましょう)」

 私の言葉にアリシアも力強く頷き、私たちは来た時と同じ通気口ルートを通って脱出を図った。


 ルミナの完璧な陽動魔法と、エルザの安全な導線ルート、ノノの精巧な地図、そして私とアリシアの連携。見習い聖女たちの見事な連携により、私たちは誰一人に見つかることなく、無事に証拠を手に入れて寮へと帰還することができたのだ。


 +++


 男子禁制の不可侵領域である見習い聖女寮へ戻ると、談話室では少女たちが不安そうな顔で私たちの帰りを待っていた。

 私とアリシアが扉を開けて姿を現すと、部屋の空気は一瞬で安堵のそれに変わった。


「先生! ヒロシちゃん!」

 クレアが泣きそうな顔で駆け寄り、私に抱きついてきた。

「ああ、無事でよかった……! あたいの作った赤迷彩服、役に立ったかしら?」

「ミャ、ミャァ(ええ、大いに)」

 月明かりの下であっても目立つだけの服だったとは口が裂けても言えないが、私は事なかれ主義の極みとして、満面の笑みを作って彼女の豊かな胸に顔を擦り付けた。


「先生、書類は……?」

 エルザが真剣な眼差しで尋ねると、アリシアは懐から実施報告書の束を取り出し、誇らしげに掲げた。

「完璧よ。あなたたちの協力のおかげで、すべて予定通りに確保できたわ」

 その言葉に、見習い聖女たちは一斉に歓声を上げた。これまでの張り詰めていた緊張が解け、全員で成功した達成感を分かち合う。


「ルミナの魔法、完璧なタイミングだったわ」

「……ルミナ、がんばった。ヒロシ、褒めて」

 無表情ながらも少し頬を赤らめたルミナが私に頭を差し出してきたので、私は前足で優しく彼女の銀髪をポンポンと撫でた。


「エルザの指示したルートも、ノノの地図も正確だったわ。本当に助かったわよ」

「風紀委員として当然の務めです」とエルザはツンとした態度を崩さないが、その耳は嬉しそうに赤くなっている。

「ふふっ、僕の計算に狂いはありませんよ。先生が無事で何よりです」とノノは丸眼鏡を押し上げながら、誇らしげに笑った。


 全員が笑顔で勝利の余韻に浸っている中、ミーシャが目をキラキラと輝かせながら、とんでもないことを言い出した。

「いやー、ウチら天才じゃん! スパイ大作戦、超大成功だね! この勢いで、次は王立銀行を攻略しちゃう?」


 その場にいた全員の動きがピタリと止まった。

「バカなこと言わないの!!」

 アリシア、クレア、エルザ、そしてノノまでもが見事なハモりで、調子に乗ったミーシャに強烈なツッコミを入れた。私は思わず「ミャハハ」とおっさん臭い笑い声を漏らしてしまった。


 夜の教会本部に潜入するという国家転覆スレスレのリスキーな作戦だったが、彼女たちの笑顔を守るためなら、私が泥を被るのも悪くない。

 小太り猫と大聖女、そして過酷な過去を持つ見習い聖女たちの奇妙な絆は、この一夜の作戦を通じて、より一層強く確かなものになっていた。

 だが、手に入れたこの証拠を突きつける舞台は、まだこれからなのだ。私は迫り来る次なる激務に向けて、そっと腹の肉を引き締めたのだった。

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