表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/20

第13話 迷彩服

「警備の薄いルートなら、僕が案内できます」

 ぽつりと、自分の体より大きな本を抱えたノノが前に進み出た。彼女は大きな丸眼鏡を指で押し上げながら、淡々とした口調で言葉を紡いだ。


「本部の地下書庫には、通気口を通って入れる裏口があります。あそこなら、警備の目をかいくぐって通り抜けられるはずです。内部の構造と地図も、完璧に描けますよ」


「ノノ……あなた、どうしてそんなに本部の地下に詳しいの?」

 アリシアが驚いたように尋ねると、ノノは少しだけ目を伏せ、何でもないことのように言った。


「幼い頃、親に捨てられて……あそこの地下の暗がりで、ずっと本を読んで隠れ住んでいたからです。寒くて、埃っぽくて、誰も来ない場所だったから、僕にとっては都合の良い隠れ家だったんです。……先生に拾われるまでは」


 その過酷な過去をさらりと口にするノノの言葉に、談話室の空気が一瞬だけ重くなった。

 暗く冷たい地下書庫で、たった一人、親の温もりも知らずに本だけを抱きしめて生きていた孤独。彼女がどれほどの思いでその日々を耐え抜いたのか、私には想像することしかできない。

 しかし、同情の言葉をかけるのは、今の彼女の決意に対して野暮というものだ。


 私は四つん這いのままノノの足元へ近づき、膝立ちになると、ぽんっと彼女の小さな手の上に自分の前足を重ねた。

「ミャオン(君の知識が、最大の武器になります。頼りにしていますよ)」

 私は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、無言の肯定と励ましを送った。

 私の意図が伝わったのか、ノノは少しだけ目を丸くした後、ふっと嬉しそうに微笑んで「任せてください、相棒」と私の頭を撫でてくれた。


「……ルミナも、やる」

 いつの間にか私の背後に立っていたルミナが、私のよれた服の裾をぎゅっと握りしめていた。

「ルミナの魔法、先生とヒロシのために使う。見回りの人たちの目を逸らすための、陽動の魔法……ルミナなら、遠くからでもできる」

 極度の寂しがり屋で、夜を恐れていた彼女が、自ら暗闇の中での任務を買って出てくれたのだ。これほど心強いことはない。


「ありがとう、みんな……! 本当にありがとう!」

 アリシアは感極まったように、少女たちを一人一人力強く抱きしめた。

 教会の見せかけのトップである彼女に、組織の権限は何もないかもしれない。だが、彼女の足元には、圧倒的な信頼関係で結ばれた最高の実働部隊が存在していたのだ。


「さあ、そうと決まれば準備よ! あたい、ヒロシちゃんのためにとびきりの潜入服を作ってあげる!」

 しんみりとした空気を吹き飛ばすように、クレアが目を輝かせて裁縫箱を取り出した。

 潜入服。その言葉を聞いて、私は少しだけ期待した。漆黒の忍者装束のような、闇に溶け込むクールな衣装を作ってくれるのだろうか。


 数十分後、クレアが「できたわ!」と満面の笑みで掲げたそれを見て、私は言葉を失った。


「どう!? 教会本部の廊下には、最高級の赤い絨毯が敷き詰められているってエルザから聞いたの! だから、その赤絨毯に完全に溶け込むための、特製・赤迷彩服よ!」


 クレアの手には、ド派手な赤色を基調としつつ、微妙に濃淡の違う赤い斑点模様が描かれた、奇妙極まりない迷彩服が握られていた。ご丁寧に、お尻の部分には赤いフリルのリボンまで付いている。


「ミャ、ミャァァ……!?(どこがスパイ服だ! 余計に目立つだろ!)」

 私は全力で後ずさりしたが、逃げられるはずもなかった。

「さあヒロシちゃん、今着ているその服を脱いで。フィッティングするわよ!」

「ヒロシ、似合うと思うぞ! ほら、バンザイしろ!」


 クレアとミーシャに両脇を固められ、私はあっという間によれた服を剥ぎ取られ、ド派手な赤迷彩服を無理やり着せられてしまった。四十路のおっさんが着るには、あまりにも前衛的すぎるファッションだ。

「あら、可愛いじゃない。これで絨毯の上を這えば、絶対にバレないわね」

 アリシアまで真顔でそんなことを言っている。異世界人の美的感覚はどうなっているんだ。


 ともあれ、こうして見習い聖女たちの特技が見事に結集し、私たちは万全(?)の態勢で、決戦の夜を迎えることとなったのだった。


 +++


 深い闇に包まれた教会本部。私たちは、ついに決戦の地へと足を踏み入れていた。

 私の体には、クレア特製のド派手な赤い迷彩服がしっかりと着せられている。潜入任務にこんな目立つ衣装を選ぶ異世界人のセンスには閉口するが、ここは彼女たちの厚意を無下にするわけにはいかない。事なかれ主義の私は、言われるがままその服を身に纏い、アリシアと共に闇夜に紛れていた。


「いいわね、ヒロシ。夜闇に乗じて作戦を開始するわよ」

 アリシアが私の耳元で囁いた。大聖女である彼女の表情は、普段の慈愛に満ちたものとは打って変わり、悪徳貴族ダングロウドを追い詰めるための鋭い狩人のそれに変わっている。


 少し離れた場所から、ドォンという小さな爆発音とともに、まばゆい光の幻影が夜空を照らした。ルミナの放った陽動の魔法だ。強力な魔力を持つ彼女が見回りの神官たちを見事に陽動してくれたおかげで、周辺の警備は一気に手薄になった。

「今よ、行くわよ」

 私たちはエルザが事前に指示してくれた安全な導線に従い、音を立てずに裏口へと潜入した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ