第12話 潜入作戦会議
「……わかりますよ。そのもどかしさ、痛いほどに」
私はゆっくりと深く頷き、アリシアの強い意志を秘めた目を真っ直ぐに見返した。
「上層部ってやつは、現場の泥水を知らないくせに、自分たちの都合のいいようにルールを押し付けてくる。立派な肩書だけを与えて、肝心な武器は持たせない。本当に、腹立たしいですよね。……昔の私は、そこで波風を立てるのが怖くて、事なかれ主義で逃げて、見込みのあった部下を失ってしまいました。でも、あなたにはそうはなってほしくない」
アリシアは少し驚いたように目を見開いた後、ふっと憑き物が落ちたような柔らかい笑みをこぼした。
「あんた……本当にいい目をしてるわね。保護施設で初めて会った時も思ったけれど、泥水を知っている人間の目よ。まさか、異世界から来た冴えない男にこんなに共感されるなんて思わなかったわ。少し、気が楽になった」
「伊達に四十二年間、社会の歯車をやっていませんからね。……アリシアさん、一つ提案があります」
私は、かつて事なかれ主義を貫き、部下を守れなかった苦い後悔を完全に振り払うように、静かに、しかし力強く口を開いた。
「正規のルート、つまり表玄関から入って断られるなら、裏口から入るってのはどうでしょう。稟議や申請なんてまどろっこしい手続きは無視して、直接その書類を抜き取りに行きましょう。教会本部の地下書庫への、非正規の潜入。やってみませんか?」
「潜入……? 私とあなたで、厳重な警備が敷かれている本部の地下に忍び込むって言うの?」
「私たちだけではありません。この見習い聖女寮には、過酷な過去を生き抜き、素晴らしい特技を持った優秀な『部下』たちがいるじゃありませんか。今こそ、彼女たちの力を借りるんです」
大義名分やルールに縛られない、徹底して実利を取るための裏工作。これこそが、中間管理職として私が培ってきた、理不尽な組織を出し抜くためのスキルだった。
アリシアは私の意図をすぐに理解したようで、先ほどまでの疲労感を吹き飛ばすように、まるで悪女のようにニヤリと口角を上げた。
「……賢い猫は嫌いじゃないよ。やってやろうじゃない。あのお高くとまった上層部どもの鼻を、思いっきり明かしてやるわ」
こうして、見せかけのトップである大聖女と、元中間管理職の小太りおっさんによる、教会本部への極秘潜入大作戦が動き出すことになった。
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アリシアと共に談話室へ戻ると、授業を終えた見習い聖女たちが全員揃ってくつろいでいた。
私がおっさんとしての四つん這い歩行に戻り、アリシアの足元にちょこんと座ると、彼女は生徒たちを見渡して静かに口を開いた。
「みんな、少し聞いてちょうだい。今日は先生から、あなたたちに大切なお願いがあるの」
大聖女としての威厳と、どこか頼りなさげな切実さが入り混じったアリシアの声に、少女たちは遊んでいた手を止めて真剣な表情になった。
アリシアは、悪徳貴族ダングロウドが不当に得ている補助金のこと、そしてそれを裏付ける決定的な証拠書類が教会本部の地下書庫に隠されていること、さらに上層部がそれを意図的に隠蔽しようとしていることを、隠さずにすべて打ち明けた。
「正規のルートでは、もうあの書類には手が届かない。だから、今夜……私とヒロシで、本部へ極秘に潜入して証拠を奪い取ろうと思うの。でも、本部周辺の警備は厳重で、私一人の力ではどうしても手が足りない。あなたたちに、危険な橋を渡らせてしまうかもしれないけれど……力を貸してくれないかしら」
アリシアが深く頭を下げるよりも早く、談話室に弾んだ声が響いた。
「頭を上げてください、先生! 先生のためなら、あたいら何だってやりますよ!」
真っ先に声を上げたのは、寮のリーダー的存在であるクレアだった。彼女は豊かな胸を張り、慈愛に満ちた笑顔で力強く頷いた。
「あたいも、ここにいるみんなも、先生に命と心を救われたんです。先生が困っているなら、恩返しをするのは当然じゃないですか」
「そうそう! ウチらみんな、先生の弟子であり味方だからね!」
ミーシャが元気よく立ち上がり、拳を突き上げた。
「夜の教会本部に潜入なんて、なんかスパイ大作戦みたいで面白そうじゃん! ウチ、そういうワクワクするの、大歓迎!」
「ミーシャ! 不謹慎ですよ!」
はしゃぐミーシャの頭に、エルザがピシャリと厳しい声を飛ばした。
「これは大聖女様と、教会の未来を左右する重大な任務です。決して遊びじゃありません! 少しでも気を抜けば、先生のお立場が危うくなるんですよ。……ですが先生、私たちが全力でサポートいたします」
エルザの頼もしい言葉に、アリシアはパッと顔を輝かせた。
彼女たちの忠誠心と結束力は、本物だ。過酷なバックボーンを持ち、一度は世界に絶望しかけた彼女たちだからこそ、自分を救い上げてくれたアリシアのためなら一切の躊躇を見せない。




