8.王家の隠し事
あの後、城を離れた私たちは、オー・ヴォワールのアジトへ向かった。私の自宅は、軍に見張られているだろうし、まさかローレンシアの邸に戻れるはずがない。
私がお尋ね者になってしまった以上、ミリアとアシェルも、ローレンシア邸に戻ったら、拘束される可能性がある。そう説明すると、ミリアはむう、と頬をふくらませた。大剣を胸に抱えながら、ミリアが不満そうに言った。
「姉様ったら、まだそんなこと言ってるの?あんな家、私だってもう、戻るつもりない!」
「同感。あなたのいるところが、僕らのいるところだよ。切り離して考えないで」
アシェルにもそう言われて、私は喜んでいいのか、巻き込んだことを申し訳なく思えばいいのかで、感情が二律背反したのだった。
そして、無事に所用を済ませたヴァレシスさんとマルセルさんがオー・ヴォワールに戻ってきて、ようやく訳を説明してくれた。
オー・ヴォワールの応接室のようなところに通されて、マルセルさん手ずから、紅茶を入れてくれる。
「ローズヒップティー、飲めるかい?」
「愛飲してます」
「私も好きですわ」
「僕も好きです」
マルセルさんに尋ねられて返答すると、ひとり、ヴァレシスさんだけ鼻にしわを寄せた。
「私は苦手なのですが……」
「そのうち慣れるよ。蜂蜜を入れるかい?」
「子供扱いするのはやめてください」
「私にとっては今も昔も変わらず、お前は小さな子供のように見えるけどね」
と、言いながらマルセルがティーカップにハーブティーを注いでいく。
席次は、ぐるりと円を描くように、左からミリア、アシェル、お誕生日席に私、斜向かいにヴァレシスという順番。そして、ヴァレシスの隣にマルセルが座った。
(どうして私、お誕生日席なのかしら……)
メンバーがメンバーなのもあって、落ち着かない。
ソワソワしながら、私はマルセルの話を待った。
それぞれにハーブティーが配膳されると、僅かな沈黙の末、ヴァレシスは蜂蜜に手を伸ばしていた。
続けて小間使いがハーブを練りこんだクッキーを運んでくる。ヴァレシスが長い金髪を鬱陶しそうにざっくりとかきあげて、それをひとつに束ねながら言った。
「マルセルは、相変わらず爺臭い趣味をしていますね……」
「ハーブクッキー、美味しいじゃない。バターとかナッツとかはね、どうにも胃がもたれてしまうんだ」
さっそくマルセルがハーブクッキーに手を伸ばして、サクサクと咀嚼する。
「ドライフルーツとか練り込むのはどうですか?」
「シンプルなのがいいよ」
「ジンジャーとか合いそうですね」
「あ、それいいね。採用」
ミリアとアシェルの提案にそれぞれマルセルが答えて、穏やかな空気の中、話題は先日の話へと移り変った。
「さて。きみたちも気になっているだろうけど、先日の騒ぎについて報告がいくつかあるよ。まずひとつめ」
さっそく、一枚目のハーブクッキーをぺろりと食したマルセルが、指についたクッキーの破片を舐めとって、言う。
「ネロワロー王家は、三国間の不可侵条約を破りました。それについて、レルエピシア王国とロガルダ王国は、ネロワロー王家に強く抗議した。現国王は、王位を退く他なくなるでしょう」
「は……?」
「はぇっ!?」
「どういうことですか?」
思わぬ言葉に私は目を見開き、三枚目のクッキーを頬張つていたミリアがもごもごしながら驚きの声を上げる。
アシェルの質問に、マルセルが足を組んだ。
「以前、この子が、三国間で結ばれた軍事同盟の話をしたと思うのだけど」
あっさり、ヴァレシスを【この子】呼びしたマルセルは、見た目だけで言うならこの場で誰よりも幼い……と思うのだけど。
(実際は何歳なのかしら……?)
それが気になって、上手く話が頭に入らない。
「三国間の友好を願って、共同で魔道具を開発した。それが、あの記録の魔道具だ」
「はい。……マルセルさんとヴァレシスさんは、それを確認しに向かわれたのですわよね?」
私が尋ねると、マルセルが頷いた。
「ああ。あの魔道具が造られた経緯はね、もうひとつ理由があるんだ。そのあたりは、見なかった?」
記録を確認しなかったか、と聞かれているのだろう。私たちは首を横に振った。そんな余裕は、時間的にも、精神的にもなかった。
「そっか。三国間の友好を願って、だったら別に魔道具に限らずとも、それぞれの国の民芸品だったり、特産品だったりを贈り合うでもいいと思わないかい?たとえば、果物の苗、とかね。それなら手入れさえ怠らなければ千年くらい保つ。だけど、そうはせず、耐久性が不安視される、魔道具を選んだ。理由は、ひとつしかない」
「──監視」
ぽつり、と言ったのはアシェルだ。
それに、マルセルがパチン、と指を鳴らす。
「惜しい!90点!ほぼ正解だよ。三国間のうち、ひとつの国家が疑わしき行いを取った場合、残る二国に、記録魔道具を提出すること。これが、軍事同盟の条項に盛り込まれてる」
マルセルがそこまで言った時、私はハッとした。
マルセルは、記録の魔道具を求めて城に現れた。ヴァレシスも同様だ。
そして、ヴァレシスは、レルエピシアの本来の王太子。
そこから導き出されることは──。
「まさか……ネロワローは、提出しなかった?なにかのきっかけで、ネロワローは、軍事同盟条約違反の嫌疑をかけられた。だけど」
「そう。その通り。ネロワロー国は
『記録の魔道具うちは受け取っていない』
『古い遺物だ、とうの昔に失われてしまったのだろう』とか、のらりくらりと交わして、二国を欺こうとした」
私はヴァレシスの素性を知っているから、その情報がヴァレシス経由からもたらされたのだろうと察するけど、ミリアとアシェルは情報の出処気になっていることだろう。
とはいえ、マルセルなら機密事項を知っていてもおかしくはないな、という空気を、彼は持っている。
不思議な説得力、というか。圧力、というか。
「そこで、私たちはネロワロー城内のどこかにあるだろう記録の魔道具を探していた。ちょうど、どこぞのお嬢さんが行方不明になったあたりの頃かな」
「メルンシア・メルディアンですわね?」
「そうそう。そんな名前だったかな」
ということは、最初、ヴァレシスから記録の魔道具の話をされた時、彼も三国間でそのようなことになっていたことを知らなかったのね……。
アシェルが、ローズヒップティーを一口飲んでから、マルセルに尋ねた。
「それで、どうだったんですか?記録の魔道具のほうは」
それに、マルセルが朗らかに答える。
「バッチリ。あれくらいの衝撃では壊れないようにできてるからね。悲しいことに、ネロワロー国は自国民を触媒に、二国を出し抜くつもりだったんだ。言葉を選ばずに言うと、今まで、ネロワロー国は儀式を行っていただろう?自分の妻である花嫁を、生贄に捧げる……というものだね。だけど実態は、その命を魔石化することだった」
マルセルの説明に、私も、アシェルも、ミリアも頷いた。
「今までの記録も、検めたよ。確かに昔は、国のため。国防のために、魔力を必要としていたのがわかる。だけど、時を重ねるにつれ──」
まさか、と言いかけた言葉は、音にならなかった。
さっきまで、ハーブティーを口にしていたというのに、喉がカラカラだ。
だって、もし、そうなら。
何のために、花嫁は。
今までの花嫁は──。
悲しげに、マルセルは肩を落として言った。
「他国を出し抜くための戦力にするようになった」
「──!!」
ガシャン、と音がする。
ハッとしたのは、その音の発生源が、私の足元だったから。咄嗟に、私は立ち上がってしまっていたようだった。
今の音は、私の足が、机にぶつかった音だった。
「失礼しました。……ですが」
私は、膝の上に手を揃えて、じっとそれを見つめる。微かに、声は震えてしまった。
「それなら、今までの、犠牲者は」
果たして、私の当たって欲しくない推測は、残酷にも肯定されてしまった。
「そうだね。彼らは、ネロワロー王国を守るために犠牲になったのではない。……他国を侵略するための、エネルギー源にされたんだ」
「最悪だ。反吐が出る」
答えたのはアシェルで、私は言葉が続かなかった。
必要のない、犠牲だった。
『ネロワローという国を、潰すつもり……か?』
『お前は、ネロワロー国の生命線を絶ったも同然……』
潰すも何も。
生命線を絶ったも同然?
「ふざけてる……」
ぽつりと呟い声は、あまりに唖然としていた。
他国を、侵略するための養分にされていた。
怒りのためか、衝撃のためか、呼吸が浅くなる私に、マルセルがまつ毛を伏せる。
「それが、明るみになったんだ。だから、レルエピシア王国とロガルダ王国は、連名でネロワロー王国を強く批判している。王の退位はもちろん、今の王太子が王位を継承するのも、難しいだろうね……」
「ネロワロー王国のためとかいって、結局、それが理由で自国を危険に晒してるんじゃ、世話ないわね。……世界の恥さらしだわ」
ミリアはぽつり、ぽつりと口にする。
言いながらも、彼女は考えたのだろう。
【でも、自分にもネロワロー王家の血が流れている】と。
それに『ネロワロー王家と、あなたたちは違うわ』と、口にすることは簡単だ。
だけど、それはただの気休めにしかならないことを私は知っている。言葉を探して、だけど私もまた、先程の衝撃が抜けきっておらずも、頭が回らない。
応接室に重たい空気が広がったところで、話の主導権を握っているマルセルが、パンッと手を打った。
「と!いうわけで。このままだとネロワロー王国は、レルエピシア王国、あるいはロガルダ王国両国に吸収合併される可能性がある。そうなると王朝も潰えるね。ネロワロー王国の国民がどんな扱いを受けるかも分からない。これはあくまで未来の話だけど……恐らく、近い未来の話だよ」
そこまでマルセルは言うと、選択肢を差し出すように私たちに尋ねた。
「きみたちは、どうする?」




