7.危機、のち、危機
「ゲホッ……ゴホッ…………!姉様大丈夫?アシェルも」
結界魔道具のおかげで、崩れた天井に押しつぶされることはなかった、けど。
「だっ……ゲホッ!!」
結界魔道具の上に山積みに重なる瓦礫のせいで……視界が全く見えない……!!
私たち三人は、くっつき合うようにしてしゃがみこんでいたのだけど、周囲が全くと言っていいほど見えない。
爆発も、今までの比ではない。今までの爆発が線香花火なら、さっきのは打ち上げ花火くらいの差があった。
圧死することは避けられたものの、上から降ってくる瓦礫にのしかかられて、結界が少し歪んだ。そのせいで、私たちはしゃがみこんでいるのである。
「…………私は大丈夫、だけど。これ、完全に崩落したわね……」
私は身動きが取れない中、微かな光を求めて視線を向けた。瓦礫を動かすのは困難だ。だけどこのままここにいても、捕まるだけ。早いところ脱出しなければ。
「あの魔道具はね、視覚撹乱の効果を付与したら、爆発の威力が重ねがけになってしまったの。爆発の威力は二倍よ。魔道具規約違反の基準値を大幅に超えるから、所持だけでも違法。でも、廃棄するのももったいなくて、引き出しにしまっておいたんだけど……」
ミリアが瓦礫に触れて、壁の厚さを確認するようにしながら言った。
「何があるか分からないから、最終兵器として持ってきたんだ。役に立ってよかったね」
アシェルが言い、ミリアがちょっと困ったように言った。
「でもあれ、本当にすごい威力だったわね。多分お城の上の方まで吹っ飛んでると思う。城内も崩落してると思うわ」
「幸運。そっちに人手が取られて、動きやすくなるんじゃない?」
アシェルが飄々と言い、ミリアが「また同じの作れるかなぁ。あれ、偶然の産物で生まれたものだから、再現性に乏しいの」と悩みながら言う。
そのふたりの様子は緊張感に欠けている。
でも、きっと、それはふたりが場馴れしているからだ。双子は物心ついた時には、暗殺者ギルドのオー・ヴォワールにいたという。
こういう、土壇場には強いのだろう。
(…………よし。私も、頑張らなきゃ)
双子がいつも通りの様子なのが心強い。
私もまた、平常心を取り戻すことができた。
そこで、アシェルがなにかに気がついたように言った。
「あ。こっちの方が、ほんの少し、壁が薄い。こっちから抜けよう」
そう言って、ふたりは武器を利用して、僅かな隙間を押し広げるように瓦礫を押しのけていく。
魔道具の耐久性──結界がいつまで持つかだけが心配だったけど、今のところ保っている。
もし今、ここで魔道具が寿命を迎えたら、おそらくその時が私たちの寿命である。
ヒヤヒヤハラハラして、私も手で押したり蹴ったりと尽力したけど、あまり力にはなれなかった。しまいには、双子に「姉様/フローラはそのままでいて!」と戦力外通告を受けてしまい、魔道具を保つことに尽力した。
そして、ようやく瓦礫の山を抜けた先、では──。
「あちゃあ」
「少し遅かったか」
ミリアとアシェルがそれぞれ広がる光景を見て、呟いた。
私もまた、眼前に広がる光景に、表情を引き締める。
……少し、遅かったみたい。
地下から抜け出した先。
出入口をぐるりと囲うように、近衛が前方に、後方には魔道士が控えている。
王国軍の騎士が隊列を作って、私たちを待っていたのだ。完全に待ち伏せされていた。
「ふぅん……?」
ミリアが、武器を構え直す。
だけど、この人数差ではまず、間違いなく私たちに勝ちの目はない。
(どうする?)
こちらの魔道具は、あとふたつ。
相手に魔道士が揃っているとなると、それも無効化される可能性が高い。
(投降、する……?)
「──」
陛下は、私の魔力維持を求めている。私が投降して、交渉すれば──そんなことを考えて、頭を振る。
いや。投降なんて、絶対にしない。
こちらから降伏なんてしたら、どんな扱いを受けるか分からない。
考えろ。考えるのよ。なにか、策が──……!
ミリアとアシェルがそれぞれ武器を構え、私もまた、自身の魔石探索のアイスキルで視覚撹乱を狙えないか、と身構えた時だった。
突然、騎士たちの隊列が崩れ始めた。
「え?」
「あっ」
私の困惑した声と、ミリアとアシェルの声が重なる。何か知ってるのかとふたりに視線を向けたのと、さながらモーゼの海割りのように人が来が割れたのはほぼ同時だった。
「え──」
突然のことについていけない私が目を瞬いていると、人垣を割って現れたのは、金髪の青年だった。
「ヴァレシスさん!やっぱり来たんですね」
ミリアが、大剣の柄を両手で握りながら言う。
その反応に、彼女はヴァレシス──オー・ヴォワールのトップであり、レルエピシアの本当の王太子である彼の登場を予期していたことを知る。さらに仰天して目を瞬く私に、ミリアが困ったように苦笑した。
「来るかなぁ、とは思っていたわ。でも、ただの勘、というか、予想、というか。来るかもしれない、でも、来ないかも、って感じだったから、姉様には言わなかったの。不確定情報で、ぬか喜びさせたくないし……」
「以下同文」
アシェルが頷いて、私はさらに困惑した。
(えっ?えっ?双子はヴァレシスが来るかもしれないって思ってた、ってこと!?)
全くの予想外は私だけ!?
それに、何だか違和感が──ううん。
間違いなく、おかしいわ……!!
だって。
「騎士たちの、動きが止まってる……」
止まってる、どころではない。
相対する近衛の視線は胡乱で、どこを見ているか分からない。後方にいるので、魔道士たちがどうしているか詳細には分からないけど、彼らも動きを止めているようだった。
困惑している間に、ヴァレシスが私たちの前まで歩いてきた。
そこで、気がつく。
ヴァレシスの後ろに、彼の背の半分ほどしかない少年がいることに。
「こんばんは、フローラ。素敵な夜ですね」
素敵……かしら?
物騒の間違いでは?
ふんわりと微笑んだヴァレシスの後ろで、少年が顔を出す。
「ヴァレシス。流石にこの数を長時間は無理だ。急ごう」
銀髪の少年は、くるりと弧を描く長い髪を黒のリボンでひとつに束ねていた。薄青の瞳をこちらに向けて、微かに微笑む。
「初めまして、フローラ・L・ローレンシア嬢。まずはあなたに感謝を。あなたのおかげで、こうして僕らは労することなく目的のものを手に入れることができる」
「目的の、もの?」
私が聞き返すと、答えたのは少年ではなく、ヴァレシスだった。彼が頷いて、長い金髪が肩にかかる。
「記録の魔道具です」
「ですが、地下への道は──」
完全に、埋もれてしまった。
私の言葉に、ヴァレシスが微笑んだ。
「手立てはあります。それより、あなたがたは早くこの場を去った方がよろしい。マルセルのアイスキルも長くは保ちません」
「この人数じゃ、流石にねぇ。この人数を相手にできること自体、すごいことなんだよ?」
マルセル、と呼ばれた少年が後ろ手を組んで、私を見上げた。
「幸運を呼ぶお嬢さん。私の名前はマルセル・アドリアン=ロシュフォール。【洗脳】のアイスキルを持つ」
洗脳!?
そんなアイスキル、存在してたの……!?存在するものなの!?
王妃教育の一環で、アイスキルについては、その成り立ちと歴史も一通り学んだけれど……。そんなアイスキルを持って生まれるひとがいる、なんて聞いたことがない。
(歴史から……消されている?)
本来、そんなことは考えないのだけど、あの王家なら……目的のためなら、存在を、記録を抹消することもやりかねない。
私がそう思っていると、マルセルが人差し指を口元に当てて微笑んだ。
「これは秘密だよ?私は滅多に、オー・ヴォワールの地下から出ないんだから」
「引きこもりですものね」
「やかましいよ、ミリア」
穏やかにマルセルが答えて、私はそのやり取りに困惑した。
ミリアがマルセルを敬っている、ということは、オー・ヴォワールでも上層部、あるいは幹部の肩書きを持つ人間、ということ。
だけどこの少年、どう見ても──
(十二、三歳にしか見ないのだけど……!?)
混乱に拍車がかかる私に、マルセルが、私の困惑を察したかのようにくすくすと笑った。
「私はこれでも長生きなんだ。ヴァレシスは、私の子供みたいなものだよ。もちろん、ミリアも、アシェルも。フローラ、きみもね」
「わ、私もですか?」
というか、この少年…………少年?
一体いくつなのだろう……。
(こんな情報、私知らないわよ……!!)
前世読んでいた小説に転生したというのに、知らないことが多すぎる……!!転生特典というものがあるのなら、あまりにも塩っぱい、と思う、けど。儀式の内容を知れただけ御の字というやつかしらね。そう思うことにして、私とアシェル、ミリアはひとまず、その場からの離脱を決めた。




