9.全てのきっかけとなったアイスキル
フローラ、ミリア、アシェルが自室に戻ったあと。私は、回収してきた魔道具の記録を複製しようと試みている、マルセルに尋ねた。
「アシェルとミリアはともかく、フローラはきっと思ってますよ。どうして、我々がそんなことまで知っているのかと」
マルセルは人生の先達だ。
私が生まれた時、既に彼はこのオー・ヴォワールにいた。
彼女らが退室したので、私の対面に座り直し、マルセルは、にっこりと穏やかに微笑む。
「ここは、特殊な場所だよ?情報を得るためのパイプをいくつも持っているんだ、と思ってくれればいいのだけど」
「希望的観測じゃないですか……」
私はため息交じりに、マルセルがいれたローズヒップティーに口をつける。やはり、酸味が強い。
苦々しい顔をしていたのを見て、マルセルがからからと笑った。
「まだ、苦手かい?」
「……少し」
「ふふ。私も昔は苦手だったものだよ」
その昔、は一体何年──いや、何十、何百年前の話なのだろうか。
私はふと、顔を上げて、彼が手にしている楽譜のようなものに視線を向けた。それこそが、記録の魔道具。千年前、三国間で造られたもの。
「それ……外せるのですね。あの、譜面台から」
この魔道具は、一度設置したら、その後の移動は不可能な造りになっていると聞いた。
魔道具の隠蔽を防ぐためだ。
私の質問に、マルセルは鼻歌交じりに答えた。
「本来は、できない。だけど、これの製造者は私だよ。ああ、この言い方だと誤解を招くかな。あくまで私は、研究開発チームに参加しただけだから、携わった、と言う方が正しい」
──そう。
ミリアとアシェルは、薄々は勘づいているだろうけどフローラは知らないはずだろう。
マルセルは、この、ネロワロー王国の建国当時から今に至るまで、長く長く、その歴史を見てきた。
文字通りの生き字引であり、生きた化石だ。
彼は永くを生きている。
ふと、記録魔道具を確認するマルセルの手が止まり、憂いを帯びた顔で呟いた。
「このまま、ネロワロー王国が潰えてしまうのは、寂しいからね」
元々、ネロワロー王国は二国から疑いをかけられていたのだという。
近年、ネロワロー国は魔道具開発に力を入れ、軍事力は飛躍的に上がった。
それに、警戒するのは隣国として当然のことだ。
二国がネロワロー王国に『軍事同盟を結んだ時に贈呈された魔道具を確認させろ』と言っても、のらりくらりとかわされる始末。
痺れを切らした二国が、手を組んで強襲を仕掛けてくるのも、もはや時間の問題だった。
このままネロワロー王国の破滅を見届けるしかないか、とマルセルが思っていたところで、このアジトにやってきたのがフローラだった。
彼女が地下に足を運ぶことを(私経由で)聞いたマルセルは、もしかしたら、と考えたのだ。
フローラの、目的に至るまでの道に、マルセルの長年、所在を追っていたものがあるかもしれない、と。
それが記録の魔道具。
だからこそ、彼はフローラたちの窮地に駆けつけた。私ひとりでは、彼らを救い出すのは至難の業だっただろう。
何せ、オー・ヴォワールの暗殺者を動かせば、こちらの素性が王家側に露見する可能性がある。
それにもともと、オー・ヴォワールは暗殺者ギルドだ。
そのような組織に、助け合いなどない。
個人的に、あの双子には思い入れがあるけれど──ただ、それだけ。
任務に失敗した暗殺者は、情報を吐かされる前に、自ら始末をつける。ここはこういうところで、みな、そういう風に教育を受けている。
マルセルだってそれを知っている。
だけどその彼が、自ら救出を提案したのだ。
『あの子たちの手伝いを、しに行こうか』
私もまた──彼らの避難経路くらいは手配していたが、王国軍に囲まれた彼らを救出することはしなかったし、できなかっただろう。
(本来、マルセルはアジトから滅多に出ない)
それこそ、ミリアに引きこもり、とあだ名をつけられるほど。
『マルセルは、どうしていつも引きこもっているの?彼、吸血鬼なの?』
今から十年以上前。
それこそ、ミリアとアシェルが、引き取られる前の話だ。
幼いミリアに、そう尋ねられたことがある。
マルセルが、アイスキルを使うところを私は初めて見た。【洗脳】のアイスキル。
それに、私はなんて返したのだっけ。
吸血鬼とは、言い得て妙かもしれない。
実際、彼はひとの理から外れているのだから。
私がそう考えていると、マルセルは譜面に視線を落としたまま、言った。
「……別に、大したことでは無いよ」
「え……」
思考を読まれたような言葉に、目を瞬く。
それに、マルセルが顔を上げて、微笑んだ。
「気になるかい?私がなぜ、長くを生きるに至ったか」
「聞いても、よろしいのですか?」
「ふふ。構わないよ。……きみは本当に優しい子だ。悲観もせず、真っ直ぐに育った」
それが、何の話をしているかを悟り、私は苦笑する。
先日、私は自身のルーツを辿り、レルエピシア王国に渡った。
そこで知った事実は、私が取り替え子だったということ。
私が生まれた頃、レルエピシア王国は酷く荒れていたらしい。
誰が敵か、誰が味方かも分からない混沌とした状況で、母は、私を影武者と取り替えることにした。まだ、私に自我が芽生える前の話だ。
そして、内政が落ち着いた頃に私を呼び寄せるつもりが──母は病で命を落としてしまった。
結果、本物の王子は行方不明、という情報だけ残り、私は自身の出生など知らずにここで育った。
しかし、ある日マルセルに、レルエピシア王国に送り込まれた。
彼は知っていたのだろう。私の出自を。
私が幼い頃から持っている、この指輪。
これが──レルエピシア王家の家紋だと。
「私は伝承者なんだ」
ふと、マルセルの声が聞こえて、私は顔を上げた。
マルセルは壁にかけられた絵画を見つめていた。
「【ひとの命を魔石化する】というアイスキル。知ってるよね?」
「……はい」
それが、ネロワロー王家が儀式を執り行うきっかけとなった。私が頷くと、マルセルも微笑む。
「生命を、魔力に。……魔力を、生命に」
「は──」
「僕は、彼女の成功作品だ。誰にも、言うつもりはなかったし、現に今まで、誰にも話したことはなかったのだけど」
マルセルの言い方で、例のアイスキルを持っていたひとは、女性だったのだと知った。そして、マルセルが自分を【僕】と呼んだのも、私は初めて聞いた。
人命を、魔力に変換するアイスキル。
てっきりそれは、不可逆だと思っていた。
だけど──
(魔力を、人命に変換もできる……というのか?)
にわかには信じられない。
だけど、今、まさに目の前に、その成功体験がある。信じざるを得なかった。
私が驚きを呑み込んでいる間に、マルセルは過去の思い出話に終止符を打ったらしい。ゆっくり瞬きをすると、彼は話を終えるようにゆっくりと言った。
「……さて。後は、あの子たちの返事を待つことにしようか」
「そう、ですね」
マルセルの言う、返事とは──あの双子が王位を継ぐかどうか。
その選択だ。




