5.さながらヘンゼルとグレーテル
「国のために喜んでその身を捧げよ、と?では、そう仰るから、御身自らその手本を示してくださるのですよね?」
「話にならんな」
吐き捨てるように陛下が言って、私は自身の考えが正しかったことを悟る。
つまり──
「やはり、あなたは、いいえ。あなたたちは、私を──夜明けの花嫁を、同じ人間として見ていない。あなたたちにとって、私たちは、ただの部品。魔道具を動かすための素材に変わりないのでしょうね」
だから、私たちの意志など、あってないようなものだと、言うのだろう。
「よく分かりました。話にならない、というのは私も同意見です。その上で、言いますが──ひとをバカにすのも大概にしていただきたいものだわ。無自覚の侮辱は、自分の品格を貶めるだけよ」
「なっッ……!!ッ近衛!!何をしている!?早くこの女を捕らえよ!!もはや、怪我の有無は問わん!!命さえあれば、何をしてもいい!!早く──」
「あら。陛下はご存知ないのですか?」
陛下の言葉を遮るように、私は笑みを浮かべた。
「あなた方はなぜ、私を夜明けの花嫁に選出なさったの?……私が、色違いの瞳だからではなくて?」
私はそっと、自分の目に触れた。
色違いの瞳。それは、アイスキルがふたつあることを示している。記録を見る限り、オッドアイを持って生まれた人間はみな、魔力維持と、魔石探索のアイスキルを所有している。
陛下は固唾を飲んで、私の話を聞いていた。
手で、近衛たちの動きを制している。
いちか、ばちか。
私はちらりと、アシェルに視線を向ける。
意図を理解して、アシェルが微かに頷いた。
「そう。私の持つアイスキルのひとつ。それは魔力維持。…………分かりますか?先程、私と同じオッドアイの女性十人の魔力が霧散しました。その魔力を全て、私が吸収した、としたら」
その場合、私の保持する魔力量は、ネロワローの国民全員に相当する、といっても過言ではない。
(その場合、だけど)
そう。普通に考えて、ひとりの人間が、自分の持つ魔力値×十倍を吸収できるはずがないのだ……!!
つまり、これは完全なハッタリ。
ここは地下で、魔道具のほとんどを先程の戦闘で使い切ってしまった。
客観的に考えて、普通に戦ったら私たちに勝ち目はない。だけど。
地下に来る前に、万が一に備えて、奥の手を用意しておいた。
いざとなれば、それが時間稼ぎに使えるはずだ。
「ふふ。では、始めましょうか。十名の魔力維持の魔力を吸収した私と、持久戦といきましょう?」
挑むように言って、私は魔石探索のアイスキルを使用する。左の瞳から、仄かな青い光を纏った蝶が次から次に、踊るように現れた。
それに狼狽えたのは、近衛騎士だ。
彼らは、間近で魔力探索のアイスキルを見たことがない。だから、この蝶は前哨戦のひとつだと考え、警戒しているのだろう。
陛下は私の言葉が真実かどうか探っているようで、鋭く私を睨みつけていた。
「…………よい。どちらにせよ、貴様には務めがある。ネロワローのために生きて死ぬ義務と、そして、祭壇を破壊した責任を、取ってもらう」
「ふふ。首に縄でもつけて、言うことをきかせますか?そうすれば、命を魔石化した時に比べれば、量は落ちるかもしれませんが、使い勝手がいいですものね」
私のアイスキルは、言ってしまえば魔力(魔石)を発見、吸収、そして保持する能力。
だから、王家は遠征の時にでも、私を連行させて、自前で魔石を調達させ、その魔力を使用させれば、私を魔石化させるより扱いやすいと考えたのだろう。
問題は、どうやって言うことを聞かせるか、だけど。そんなもの、いくらでも手段はある。
たとえば、脅迫。
一番手間がかからない方法だわ。
アシェルやミリアを人質にされら、私は従わざるを得ないもの。
それがわかっているからこそ、ここで負けるわけにはいかない。捕まるわけにもいかない。
それに。
「絶対にこのことは公にします。王家が、このような恐ろしいことをしていた、と」
私の宣言に近い言葉に、陛下は失笑した。
「ハッ!ハハッ…………ハハハハハハ!何を言うかと思えば……!!口だけは達者な女だな!道具として生まれ、道具として育った割に、生意気な!」
明らかに私を侮辱した言葉に、ミリアとアシェルが動きかける。
今度は私が彼らを手で制止する。
ミリアが抗議するように僅かに動いたけど──まだ。後、少し。
私はアシェルに視線を向けた。
後、もう少しだけ。
(騎士たちがこっちに踏み込んだら)
その時は。
「…………やれ!」
陛下が近衛をけしかけたのと、私がアシェルに合図を出したのはほぼ同時。私の頷きに反応して、アシェルが手をかすかに動かした。
次の瞬間。
ッドオオオオン……!!
という、激しい重低音が聞こえてきた。
それも、頭上から。
「なっ──!!」
これには流石の陛下も予想外だったのだろう。目を見開き、咄嗟に後退する。近衛騎士も同様だ。
私は、唖然とする陛下を見据えて、不敵に笑みを浮かべた。
できれば、この手は使いたくなかった。
なぜなら。
「あらあら……。どうしたのかしら?どこかで爆発が起きたみたい」
ゆっくり、私は首を傾げて、自身の顎に指で触れた。
「そう──。まるで、上の方で、爆発が起きたみたい。……どうなさいます?」
そう。これは賭け。
(一歩間違えたら私も、アシェルも、ミリアも死んでしまう一か八かの賭け……!!)
先程の『十人分の魔力持ってますけど』というデタラメは、もしかしたらこれに引いてくれたりしないかしらねー?という微かな希望を持っていたけど、きっとこれでは引かないだろうと考えていた。
だからこそ、アシェルと相談したのだ。
ネイサンの部屋を出る、直前に。
時は、今から1時間ほど前に遡る。
『今から地下に行くわけだけど……万が一に備えて、保険が欲しいわ』
儀式の祭壇は必ず破壊する。
だけど、破壊した後に、万が一、王国軍と鉢合わせしたら?手持ちの魔道具だけでは、不十分だ。何せ、こらちの人数は私とミリアとアシェルの三人。圧倒的人数不足。
『最悪のケースを考えて……逃げ道を確保しておきたい』
相談した私に、アシェルがそれなら、と言った。
首を傾げて、ふんわりと微笑んで。
『僕にいい案があるよ』
その、案、というのが。
魔道仕掛けの爆弾を仕掛けていく、というもの。ネイサンの応接室から始まって、そのまま私たちがたどってきたルートにそうように、爆弾を配置している。
さながら、ヘンゼルとグレーテル。
こんなヘンゼルとグレーテルは嫌だ。




