4.公爵令嬢フローラの選択
ガシャアアアン!!と、水晶玉が割れる音がして──
「きゃっ……!?」
(思ったよりかなり軽い感触だった!!軽い感触だったわ!!)
驚きのあまり、2回繰り返してしまう。
岩を砕くつもりで振るったのに、実際はガラス玉だったような、そんな衝撃!!
(そっか……!?とんでもない代物でも、器は水晶玉だものね!そんなに耐久力があるわけないか……!!)
「ぅ、わっ」
しかし、そう理解した時には、私はバランスを崩していた。
というのも──この魔道具を壊したことで、術式が崩れたから。
蝋人形に固定されていた魔力が霧散し、その場に高濃度の魔力が広がったのだ。
魔石探索のアイスキルを持つ私にはその魔力は痛いくらいで、さながら暴風雨に晒されたかのごとくになってしまう。足腰が!!立たない!!よろめく!!バランスが保てない、というか、まっすぐたてないわ!!
これは、魔石探索のアイスキルを持つ私だけではないようで、ミリアやアシェル、現れた国王陛下ならびにその護衛たちも少なからず影響を受けているようだった。
しかし、やはりいちばん酷いのは私。魔力維持を持つ……つまり、オッドアイ所有者の魔力量は、ひとりでも桁違いなのに、それが十人以上。
気を失わなかっただけ良かったレベルである。
一瞬、意識は遠のいたものの、誰かが痛いくらいに腕を掴んで、私の意識を引き戻した。
「フローラ!!!!」
「っ……!!」
「大丈夫!?ねえさっ……ふ、フローラ!」
姉様、といいかけたミリアが、正体の露見を防ぐために言い換える。少し、言いにくそうだけど。
霞がかる視界の中、私は腕を掴む、痛いくらいの感触に意識を向けて、何とか意識をたもった。
「だい……じょうぶ……」
多分、高い酸素濃度を吸った時みたいになってる気がする。体感、だけど。
目を瞑ると未だに、暗闇の視界の中、星が散る。
目眩を堪えながら、私はゆっくりと深呼吸をした。
「……………うん、大丈夫。ありがとう」
支えてくれていたのは、アシェルだった。
お礼を言って、ミリアを見る。
国王陛下は、と見ると、そちらも多少影響を受けたようだけど、意識は保っているみたい。
思わず内心、舌を打つ。
(気絶していてくれたら、離脱も楽だったのだけど……)
しかし、こうなったら仕方ない。
私はゆっくりと息を吐いて、呼吸を整えてから、陛下に向き合った。
そして、にっこりと愛想笑いを浮かべる。
陛下はよほど急いできたのだろう。寝巻きのままだ。
「ごきげんよう、陛下。夜分遅くにお会いするとは思いませんでしたわ」
「フローラ・L・ローレンシア……!!貴様は自分が何をしたのか分かっているのか!?」
震えた声は、信じられないから。
信じたくないから。
魔道具が壊れてしまった──。
それを意味することを、理解したくないから。
(だけど、私から言わせてもらえば、ね)
他人の命を利用しなければ保たない国に未来などない。
そんな、他力前提の国家など、早々に潰えてしまえばいいのよ。
「私がしたこと?そうですわね。十名の王妃陛下の名誉をお救いしたこと、でしょうか?」
「何を」
馬鹿なことを、と続くはずだったのだろう。
陛下の言葉を遮って、私は言った。
「もし、この方たちの献身があってこそ、このネロワローは存続しているのだ……と、そう仰るものなら失笑ものですが。流石に、そんなことは仰らないでしょう?陛下?」
「…………何がおかしい?お前は、ネロワロー国の生命線を絶ったも同然……!これは重罪である……!」
「あらあら。私の命を消費して、利用しようとしていたこと、既に存じ上げてますわよ?それとも、何です?ネロワロー国の民なら、その身を擲つべき、と仰る?それなら、陛下もまた、国のために命を賭す覚悟があるのですね?素晴らしいことです」
全く、これぽっちも思っていないことを感じ取ったのだろう。陛下が鼻にシワを寄せる。
それと同時にジリジリと、陛下の身を守る騎士たちが、徐々にこちらに距離を詰めてきた。
「ああ、そうだ。私はネロワロー国の王だ。この国のためなら、この身を捧げることも厭わん」
「でしたら、それが偽りではないと証明してみせてください」
私は、砕け散った水晶玉のガラス片を手に取った。
「この魔道具、私が完全に破壊しましたが、ありったけの魔力を注げば、あるいは……かもしれなくてよ。どうです、陛下。ネロワローのために命を捧げるお覚悟は?」
私の質問に答えたのは、陛下ではなく騎士だった。
「ふざけるな!!そんなことを、なぜ陛下がやらなければならない!?この方をどなただと思っている!」
「黙りなさい雑兵。誰が口を開いていいと言ったの」
「──」
ピシャリと叩き落とすようにいうと、言葉の内容よりも、恐らく私の声の鋭さに驚いたのだろう。僅かに騎士が息を詰めた。あの顔は、知っている。どこぞの貴族の子息だ。
驚きから冷めると、今度は何を言われたかを自覚した騎士が、屈辱から顔を歪めるのが見えた。
だけどそれに構わず、私は砕け散った水晶玉を手に取って、それを手のひらに置いて、覗き込む。
「どうして私がやらねばならないのです?私も同じ思いです。しかも、陛下。私は何も聞いておりませんでした。今回偶然、儀式の内容を知る運びとなりましたが、私が行動に移さなければ、私はまんまとこの命を消費させられていた。つまり、あなたがたに殺されていた。もう一度聞きます」
水晶玉からは、既に不思議な力は感じない。
物理で壊せるかは少し不安があったけど、器を破壊されたことで機能も停止したみたい。
私は水晶玉の破片を捨てて、顔を上げた。
陛下は──ううん。騎士たちも。
ミリアとアシェルもまた、ここでようやく気づいたようだった。
私は、ずっと怒っていたのだ。
最初から。前世の記憶を取り戻して、儀式の真実を知って。騙し討ちで殺される未来が待っていると、知った時から、きっと、ずっと。
陛下と対面して、王家の騎士に囲まれて、状況は悪いはずなのに。
ずっと言いたかったことだから、だろうか。
声は驚くほど落ち着いていた。
「どうして、私がこの国のために──いいえ。あなたたち王家のために、死ななければならないのです?」
「それが、貴族の責務だろう!ローレンシア公爵は一体どんな教育をしてきたんだッ!?」
お父様は、ちゃーんと、夜明けの花嫁に相応しくなるよう、教育してくださったわ。
自主性も、思考力も、全部育たないように。
意図的に、考えを持たないように育てられた。
私が、弾みで前世の記憶を取り戻したのは奇跡に近い。
私はその奇跡を手放すつもりはなかった。
良いように消費されたくない。
良いように利用されたくない。
そのために、対抗しよう。
できる限りのことをして、私は、私のために戦う。
既に選択していたのだ。
私は、自分の意思で。
このひととは──このひとたちとは、きっと、話しても分かり合えない。
だって、彼らは。




