3.千年に亘る嘘
「お前も蝋人形にしてやるーって……ことね……」
やっと、理解した。
王家が秘匿したがっていた儀式。その内容。
私は、ゆっくりと説教台へと歩いていった。
メルンシアの体を起こし──ミリアが手伝ってくれた。その下には、やっぱり。
虹色に輝く、透明の水晶玉が隠れていた。きっと、これが全ての原因。
賛美歌の演奏は一際大きくなった。
パイプオルガンへと視線を向けると、演者不在のトムソン椅子の上で、ひとりでに譜面が捲られた。そして、羽根ペンもないのに、ページになにか、書きつけられていく。
譜面だから……書かれているのは、音符?
それも気になるけど、まずはこの水晶。
これが、メルンシアを蝋人形に変えた原因と見て間違いない。
「メルンシアからは感じないけど……あの、蝋人形たち。彼女たちからは、魔力を感じるわ」
だから、左目のアイスキルが反応した。
「王家の儀式は、花嫁を蝋人形にして……魔石化することだった」
そこまで言うと、アシェルが何かに気がついたように苦々しく言う。
「フローラのオッドアイには、ふたつのアイスキルが宿っている。ひとつは魔石探索。もうひとつは……魔力維持。まさか──」
「!!だから、吸収している魔力ごと、魔石化してしまおうって……そういうこと!?」
アシェルの言葉を引き継ぐようにミリアが言う。
「可能性のひとつよ。だけどもし、そうなら……最低の行いね。倫理に悖る。外道の行いよ」
既に、この場には十体……十人以上の蝋人形が並べられてある。彼女たちがもとは人間だった、というのなら。きっと、彼女たちは今までの儀式の犠牲者。そして、私もまた、ここに並べられる運命にあったのだ、本来は。
「そこに、きっと答えが書いてある。急いで確認しましょう」
顔を上げて、譜面台を見る。
そこでは、変わらず文字が書き付けられていた。
近づくと、そこに書かれているのは音符ではなく──文字。それも、古語。
【O聖歴 八月二十四日 二十一時十三分
フローラ・L・ローレンシア、アシェル・R・ローレンシア、ミリア・M・ローレンシア、三名、入室。
O聖歴1011年 八月二十四日 二十一時二十一分
フローラ・L・ローレンシア、アシェル・R・ローレンシア、ミリア・M・ローレンシア、三名が、メルンシア・メディリアンを発見。
魔石結晶を発見。
記録計を発見】
そこまで書かれて、文字は止まっている。
アシェルが懐中時計を確認すると、今の時刻は二十一時二十三分。
「姉様……音楽が止まっているわ。気をつけて」
ミリアに声をかけられて、頷いた、直後。
譜面に新たな文字が記された。
それは──
【Welcome。
What do you mean?】
「は……はぁ?」
古語ではなく、現代語になったものの、意味が読み取りにくい。
ミリアが困惑した声を出すと、ふたたび譜面に文字が記され始める。
【What do you want?】
そこで、私とミリア、アシェルは互いに目配せをした。
(この譜面──ううん。この、魔道具)
意思疎通が出来る。
そして、こちらが意図していない内容を、願望と取りかねない。会話は、慎重に行った方が良さそうだった。
私はじっと譜面を見つめて、発言する。
うかうかしている時間はない。
急がなければ、いつ王族が──ネイサンは寝ているから、陛下が足を踏み入れるか分からない。
その前に、全て終わらせなければ。
「歴史を。儀式を行うに至った経緯を記したページを、見せて」
答えると、譜面は静かにパラパラと捲れ始めた。
一見、厚みはなさそうなのに、捲れはじめると、とんでもないページがあった。
それも、そうか。
何せ、例の話が真実なら、この魔道具は千年ほどここに置かれていたことになる。
一分ほど経過しただろうか。
やがて、譜面の動きが止まる。
開かれたページに書かれていたのは、概ね予想通りの内容だった。
【O国歴23年 一月七日 八時九分
初代国王グレーディ・センデル・ネロワロー、───総勢二十名が記録魔道具を配置。
以下、記録開始。
O国歴23年 一月二十日 十三時一分
初代国王グレーディ・センデル・ネロワロー、───総勢十六名が魔力不足について相談。
回答不能】
それからまた、しばらく当時の王。
初代国王が魔力不足に悩む内容が書き進められ、ここで会議が行われたようだった。
最終的に、人間の持つ魔力を魔石化することができるアイスキルを持つ人間が、その能力を奮うことにより、解決策は図られた。
だけどそれは、焼け石に水。
当時は、魔力を汚染することで発生する魔獣や、魔力理由の疫病が流行していることもあり、根本的な解決には遠かった。
そこで、王は決意した。
「人間の命を、魔石化させる……ね」
書かれた文字を、ミリアが読み上げる。
人間の命を魔石化することができるアイスキルを、能力付与のアイスキルで魔道具にした。
それが、あの水晶のようだ。
ページが捲られて、次に書かれていた単語に、私は息を呑んだ。
「オッドアイはふたつのアイスキルを持っている」
自分のことだったから。
アシェルが静かに、読み上げる。
「【ひとつは魔石探索、ひとつは魔力維持。魔石を探索させて、それを吸収させ、それからその人間を魔石化させればいい。そうすることで、慢性的な魔力不足は解決する……それを唱えた王に、非人道的だという意見もあった……だが、王は、それを退け……彼は自身のアイスキル日月逆理で一ヶ月、ネロワローの天候を夜に固定することで、自身の望みを叶えた】」
「日月逆理?」
私が尋ねると、ミリアが眉を寄せる。
「それって……」
「王家に代々継承されるアイスキルがある……という話は聞いてたけど、本当だったんだ」
独り言のようにアシェルが言い、譜面のページが捲られる。次のページでは、初代国王が花嫁を娶り、彼女を夜明けの花嫁と称し、儀式に捧げたことが記されていた。
思わず、私は鍵盤に触れていた。
鍵盤をなぞるようにして、この儀式が始まった経緯を口にする。
「……つまり、自作自演、ということ」
太陽神の伝承は、嘘。
本当は、真実は。
「魔力が豊富な娘を魔石化して、利用するためについた、嘘……」
そして、今ここにいる蝋人形が、その犠牲者の数。唖然として、言葉もでない。
「……姉様、どうする?」
ミリアが伺うように聞いてくる。
答えは既に決まっていた。
「壊しましょう。最初から決めていたとおりに」
答えると、ミリアは「うん!」と強く頷いた。
それから、私は家から持ち出したもののひとつ。工具を取り出した。
私はその持ち手をぐっと握って、大きくふりかぶる。
それと同時に、唯一の出口である木の扉が開かれた。
バンッ!と扉が開かれるのと、私がそれを──トンカチを持ち上げるのは、ほぼ同時だった。
地下に現れたのは、国王陛下。
ネイサンの姿はない。まだ夢の中なのだろう。
陛下は私たちが魔道具の前に立っていることに気がつくと息を呑み、それから私が手に持っているものを見て、血相を変えた。
「待っ──」
「ていっ!!」
待つわけが、ないじゃない?
命を吸う、魔道具。
これは、存在していいものではない。
私は軽い掛け声とは裏腹に全力でトンカチを振るった。




