3.人形ではない
羽根ペンを取って、今まさに書き始めようとした時。
扉がノックされた。
「姉さん、起きてる?」
「まだ寝てるかしら……」
弟のアシェルと妹のミリアの声だ。
「起きてるわ。今、開けるわね」
扉を開けると、そこにはふたりの姿があった。
アシェルとミリアは双子の兄妹で、ふたりとも、黒い髪をしている。
アシェルは黒髪にはちみつ色の瞳。
ミリアは黒髪に桃色の瞳。
私と髪色が違うのは──理由は単純だ。
私と彼女たちの母が違うから。
ミリアとアシェルは、私の異母妹と異母弟だった。
私が部屋を出ると、ミリアが私に飛びついてきた。
あまりの勢いにたたらを踏む。
「姉様!!」
「あ!おい!」
アシェルが制止するも少し遅い。
私は何とか後ろに倒れ込まないようにミリアを抱きしめた。
幼い時からの、ミリアの癖だ。
不安なことがあると、すぐ私に抱きついてくる。
(大きくなっても変わらないわね……)
思わず微笑ましくなってしまう。
ミリアは社交界デビューし、アシェルもひとりの紳士として社交界の仲間入りを果たしたというのに。ふたりは何ら変わらない。
もちろん、外ではちゃんと振る舞うのだけど。
「良かったああ!!姉様がっ、倒れたって聞いて!!わたしっ、わたし……!!死んじゃうのかと……!」
「こらこら、姉様を殺さないで。生きてるわよ?」
「……本当に?本当に、姉様、死なない?」
確かめるように言葉を区切ってミリアが尋ねてくる。
そのミリアの目瞳は、不安からか潤んでいた。
(もう十六歳だというのに……)
全く、いつまでたっても可愛い妹である。
ひしっと抱きしめてくるミリアを宥めるように軽くその背を叩いた。
「大丈夫よ、姉様は死なないわ」
「絶対よ!?絶対だからね!死んだら恨むからっ!!」
柔らかな、鈴が鳴るような声でミリアが不穏なことを言う。
その必死さに、私はくすくす笑ってしまう。
「ふふ、ミリアは本当に私のことが大好きね」
「っ……姉様は私のこと、好きじゃないの!?」
ムッとしたようにミリアが顔を上げる。
まるで面倒な彼女である。
甘えるミリアに、私は思わず吹き出してしまった。
「ふっ……ふふふふ。好きよ?大好きよ。ミリアも、アシェルもね」
「……………。アシェルも?」
どうやら、自分が一番でないことに不満を抱いたらしい。
可愛らしい嫉妬に、私はポンポン、と彼女の頭を軽く撫でる。
「それで、どうしたの?」
そして、こういう時は話を変えるに限る。
私にとって、アシェルもミリアも大切な妹であり、弟であることには変わりないからだ。
だけどそれを言うとミリアは「私が一番じゃないの!?一番でしょ!」と拗ねるのは目に見えている。
私の言葉に、ミリアがハッとしたように顔を上げる。
「あっ……そうそう!あのね……ハーブティーの用意があるの。姉様、飲めそう……?」
「ハーブティー?」
「姉さんは倒れたばっかだぜ?って言ったんだけどね。ごめん、聞かなくて」
アシェルの言葉に、ミリアが憤慨したように振り返った。
「アシェルだって、クッキーを食べて元気になって欲しいって言ったじゃない!」
「そうだけど。でも姉さんの顔色、悪そうだ」
「うう、それは……。……そうだけど」
ミリアが歯切れ悪く言葉を途切らせる。
フローラが心配だけど、一緒にハーブティーを飲みたい──。
そんな気持ちが強く伝わってきて、私はふたたびくすくす笑ってしまう。
(さっきまであんなに気分が悪かったのに)
ミリアとアシェルのおかげかしら?
すっかり、胸のつかえがとれていた。
胸のムカムカ感──不快感は消えていた。
「ありがとう、ふたりとも。もう大丈夫よ」
「本当……!?」
「姉さん、無理してない?」
「してないわ。ふたりは凄いわね。私にとって、何よりの薬かも」
笑み交じりに言うとミリアは嬉しそうに、アシェルはホッとしたように顔を和らげた。
私はふたりを促して、部屋を出る。
「ハーブティーはサロンに用意されているのかしら?じゃあ、行きましょうか」
「ええ!姉様が好きなクッキーもあるのよ?あのね、私が焼いたの!」
「そうなの?お父様がよく許したわね?」
アシェルとミリアの母は、父の愛人だ。
お父様が愛したひとの子。
それが、ミリアとアシェル。
母親そっくりに育ったふたりを、お父様はそれはもう、目に入れても痛くないほどに溺愛している。
ミリアがキッチンに立ち入るなんて……よくお父様が許したものだ。
怪我をしてはいけないから、とミリアとアシェルはお父様からキッチンに入ることを禁じられている。
私の疑問に、ふたりはそれぞれ顔を見合わせる。
それから、ミリアが悪戯っぽく笑った。
「もちろんあのひとには言ってないわ。そもそもこれ、邸で作ったわけじゃないもの」
「外に、そういう場所があるんだよ。これはそこで作ったんだ」
「あのひとに知られたら面倒だもの。それに私、まだ許してないわ。お父様の……あの発言!!」
それから、ミリアは何かを思い出したように声を荒らげる。
アシェルも、父の愛人によく似た顔立ちをしているけれど、ミリアは女の子だからだろうか。まさに瓜二つと言っていいほどに、彼女に似ているらしい。
だけどそのミリアは、お父様を毛嫌いしてきる。
愛したひとの忘れ形見、そして顔がそっくりのミリアに冷たくされて、お父様には相当こらえているらしい。
困ったように眉を下げ、口を噤むお父様の姿を、何度も見たことがある。
ミリアは眉を寄せ、苛立ちをぶつけるように言った。
「『ただ黙っていればいい』
……って、何!?姉様はものじゃないわ!人形じゃないわ!あのひとは姉様のこと、なんだと思ってるの!?」
あの時──私がお父様に、ネイサンの相談をした時のこと。
あれは、邸の図書室のことだった。
偶然会ったお父様に、私は相談したのだ。
『せめて……公の場では、一緒にいて欲しいのです。メルンシアのところではなく……』
控えめに申し出たつもりだった。
だけど、お父様は私の希望を一蹴した。
呆れたように本をバタン、とわざと乱暴に閉じて、お父様があからさまにため息を吐く。
『王太子殿下をあまり困らせるんじゃない。お前はただ黙っていればいい。それがお前の役目だ』
それを、ミリアは聞いてしまったのだ。
気が付かなかったけれど、彼女も図書室に来ていたのだった。
(その時のミリアの怒りようは凄まじかった……)
突然飛び出して、お父様を糾弾し始めたのだ。
『黙っていればいいって何!?姉様はインテリアでもアクセサリーでもないわ!人間なのよ!!』
だけどお父様はまともにミリアの相手をしなかった。
困ったものを見る目で、諭すようにミリアに言ったのだ。
『ミリア。お前は部屋に戻りなさい。……お前が口を挟む話ではない!!』
一喝されたミリアは、怒りから一転。
心底軽蔑したようにお父様を見て、それから私の手を引いて図書室を出た。
「姉様は、早くこんな家を出るべきよ……!」
怒りに震えるミリアが、パタパタと先を行く。
それに続いて、アシェルが私を見てそっと言った。
「……姉さん。この後、時間ある?」
「……この後?」
予想外の発言に、目を瞬いた。
アシェルとミリアが邸に迎え入れられたのは、今から十年前。
私が十歳、ふたりが六歳の時の話だ。
当時、アシェルは腕も足も細くて、女の子のように華奢だった。
中性的な顔立ちは今も変わらないけれど、ずいぶん背が伸びた。
いつからか、私はアシェルと話す時、見上げるようになっていた。
長い黒髪を胸元で緩くひとつに結んでいるアシェルが、悪戯っぽく笑う。
その顔は、ミリアによく似ていた。
「そ。作戦会議☆しよう?
このクソッタレな家から、姉さんが逃れるための──ね」




