1.設定過多が過ぎますわ!
「あわわわわ」
「だ、大丈夫!?姉様!?」
私は、思わず、あわわわわと言っていた。
人間本当にアワアワするとそんな言葉が口をついて出てくるのね。
知らなかった。
知りたくなかったな~~~~~!!
☆
今、私たちはミリアとアシェルが長年お世話になっている暗殺者ギルドに足を運んでいた。
あの後──ミリアを捕獲……ではなく、彼女と合流した私たちは、暗殺者ギルド【オー・ヴォワール】に向かったのだ。
「オー・ヴォワールの意味は、次会うときは、地獄でね、って意味が含まれてるらしいよ」
地下へ続く階段を降りながら、アシェルが名前の意味を説明する。私の隣ではミリアが名残惜しそうに私を呼んでいた。
「姉様~~……本当に高飛びしないの?」
「し・な・いって。言ったでしょう?ミリア、私は逃げたくないの。それに──」
そこで、私は手に持ったランタンでミリアの顔を照らす。ミリアは納得がいかないような、不満気な顔をしていた。頬が膨らんでいる。
「ミリアには、光の当たる場所で過ごして欲しいのよ。隠れ住むような真似、私があなたにさせると思って?」
逃げは、確かに一番の近道だ。
穏やかな日々を過ごせるなら、確かにそれがいい。
だけど私は──自分だけならともかくとして。
アシェルとミリアには、そんな真似はさせたくなかった。
名も身分も捨てて、追っ手を警戒する日々は窮屈だろう。
自由とは名ばかりだ。
私の言葉に、ミリアが目をうるっと潤ませた。
「姉様ぁっ……!!」
「そろそろ着くよ。ミリア、足元」
「分かってるわよ!アシェル!空気読んでよね!」
アシェルに冷静な注意を受けて、ミリアが拗ねた声を出す。
そのまま進めば、見慣れた光景が広がっていた。
王都の地下に広がる巨大市場。それが、ギルド【オー・ヴォワール】の拠点だ。
王家は気がついてもいないのだという。
王家の地下に、こんなに大きな市場を作られていることを。
オー・ヴォワールの歴史は長く、王家の暗殺部隊も兼ねている。つまり二重スパイだ。
部隊は大きくふたつに分かれていて、本来の仕事を担う実働部隊と、王家の暗殺部隊を担う特殊部隊にと別れているらしい。
王妃陛下手ずから、双子はオー・ヴォワールに託され、王家と顔を合わせることの無い実働部隊に回された。
広場の中心に、大きな邸が構えてある。
ここだけ見れば──空がないことを除けば。まるで、ひとつの街のようだ。
邸を警備する兵も、明らかに表社会の人間ではない。頭まですっぽりフードで被り、顔を隠した彼らは、兵というよりも暗殺者だ。
当然か。ここは暗殺者ギルドなのだから。
邸の中に入った時、アシェルがふと足を止めた。
(……?どうしたのかしら?)
不思議に思って私も顔を上げた、その時。
頭の中に、強い電流が流れたような感覚に陥った──。
「やあ、こんにちは。アシェル、ミリア、健やかそうだね」
黄金を溶かしこんだような髪を揺らして、そのひとは微笑みを浮かべた。
「──」
穏やかな声。落ち着いた声。
柔らかく透き通ったその声を聞けば、誰もが心を落ち着かせるのだという。
なぜ私はその事を知っているのか?
それは──
「あわわわわ」
人間本当にアワアワするとそんな言葉が口をついて出てくるのね。
知らなかった。
知りたくなかったな~~~~~!!
ここのひとの名前は。
(ヴァレシス・レルエピシア……!!!!)
隣国の本物の王太子、だ……!!!!
(うわあああ!そうよ!そういうことか!!
そうなのね、ここに繋がるのね!?)
私は混乱と衝撃のあまり、頭を抱えそうになっていた。
私の挙動不審にミリアが焦っている。
「姉様!?どうしたの!?そんな溺れた時みたいな声を出して!」
「姉さん、具合悪い?ここの空気は、慣れないひとには辛いみたいだから」
アシェルとミリアの気遣いに、私は首を横に振る。ぶんぶん振りすぎたせいで、ちょっとしたそういうおもちゃのようになってしまったけど、それどころではない。
(隣国の王太子──そのひとは、偽物だった)
細かい事情は省くけど、彼は取り替え子なのだった。
隣国レルエピシアには、正当な後継者の体に紋章が浮かび上がるという。
だけど、隣国の王太子にはそれがない。
彼はそれを巧みに隠していたけど、秘密があることは、彼をじわじわと蝕んでいった。
彼はひとを信じられなかったのだ。
(そこで、都合よく現れた、立場も身分もない女──小説の、私)
隣国の王太子は、フローラに依存し、何もかも失って絶望していたフローラもまた、彼に依存した。
共依存のような関係。
それが、彼らの関係値だった。
(だけど!ねえ!?まさか)
真打ち登場とばかりに、ここで会うとは思わないじゃない!?!?
ちょっと、そういうことはちゃんと小説に書いておいてくれないかしら……!?
ネロワローの暗殺者ギルドに、ヴァレシスが出入りしてるって!!
私は何とかこの衝撃と驚きを受け流した。
というのも、感情が紐解かれるように、するすると霧散していったのだ。
「……?」
突然の感情の変化に私自身が混乱していると、本物のレルエピシアの王太子であるヴァレシスと目が合った。
彼は、空色の瞳に慈愛を浮かべて私を見ている。
(……そう、なのね。これが)
ヴァレシスの力、なのだろう。
精神鎮静。
それがヴァレシスの持つスキルだ。
「……取り乱してごめんなさい。もう大丈夫よ」
心配そうにこちらを見る双子に声をかける。
ミリアとアシェルはそれでも心配そうにしていたが、それぞれヴァレシスに挨拶をした。
「こんにちは、ヴァレシスさん。珍しいですね、ここに来るなんて」
「うん。……ちょっと、調べ物をしにね」
ヴァレシスの言葉に、私はピンときた。
彼の言う調べ物とは、自身の生い立ちについてだろう。ヴァレシスは長年、自分がレルエピシアの王太子であるということを忘れて育った。
だけど、ふとした時に知るのだ。
自分がレルエピシアの正当な後継者だと──。
ちなみに、それを解決するのが小説の本題だったりする。
突然現れた本物の王太子にてんやわんやして、あれこれやって丸く治まって、大団円という構成だ。
「ちょうど良かった。ヴァレシスさんに聞きたいことがあるのですわ」
ミリアが尋ねる。
それに、ヴァレシスはおっとりと首を傾げた。
「私に?」
「はい」
答えた後、ミリアはさり気なく、本当に自然な仕草で私に近付くと、アシェルの陰に隠れた。そうやってヴァレシスから口の動きが見えないようにすると、ミリアは声を潜めて私に尋ねた。
「姉様、ヴァレシスさんはオー・ヴォワールのトップなの。彼なら何か知ってるかもしれないわ。聞いてみてもいい?」
「ええ。お願い」
(マジ?)
答えながら、私は唖然としていた。
つい前世の言葉が口をついて出てしまうくらいには驚いた。驚いたわ。
(暗殺者ギルドのトップってヴァレシスなの……!?)
本当に!?嘘でしょ!?
設定過多すぎない!?!?
確か小説では
『どうして身分を捨てられる?執着しない?』
と偽物王太子に尋ねられて、
『私には守るものがある。……守りたいものが。だから、帰るだけだ』
とヴァレシスが答えていた。
(もしかして、守りたいものって……ギルド!?)
思わぬ繋がりを見て、私は頭がクラクラした。
情報量が多い……!!




