9.いつまでお人形だと思っているんですの?
アシェルからの手紙には、王家から書簡が届いたと書かれていた。
そこには、フローラとネイサンの婚約解消。
そして──ミリアとの再婚約を命じる旨が記されていた、と。
それを読んだ時の、私の気持ちは。
「ふぅん?へぇ……」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
私は、アシェルから届いた手紙を、白いテーブルの上に置いた。
私の目的は、あくまで穏便に生贄役を下りて、この儀式を終わらせること……だった。
私を生贄にできないなら、儀式自体取りやめるかもしれないと考えたのだ。
だけどもし、やめないのなら。
その時は──
「儀式自体、ぶち壊してやるわ」
自分の声とは思えないほど低い声がこぼれた。
あくまで穏便に。
だけどそれは、向こうが私とネイサンの婚約を解消し、儀式を中止することが前提だ。
だからもし、代役を立てて儀式を強行するつもりなら──
私は儀式自体をぶち壊すつもりだった。
しかも。
(よりによって、代役をミリアに?)
「ふ、ふふふ、ふふふふ」
とことん、馬鹿にしてくれる。
愉快な気持ちではないのに、怒りのあまり、笑みが零れてしまう。
私はクスクス笑いながら、顔を上げた。
そして王城の方を見て、覚悟を決めた。
「……そう」
そんなに、儀式を執り行いたいのか。
それなら──
「儀式を執り行えないよう、してしまえばいいのね…………?」
(まずは、ローレンシア公爵邸に行こう)
……お父様と会うのは非常に、心の底から、気が進まないけれど。
そうも言っていられない事態だ。
お父様はミリアを猫可愛がりしている。
だから、儀式の生贄に差し出すことはしないはず。
お父様の、私とミリアへの対応の落差に今まで悲しい気持ちになったこともあった。
だけど今は、お父様に感謝している。
私の場合ならともかく、相手がミリアなら、お父様は二つ返事をすることはないだろう。
だからまだ──間に合うはず。
婚約が成立する前に。早く。
私は、ソファの背にかけていたショールを掴むと、それを手早く羽織って家を出た。
朝食を作る前でよかった。
早朝、私は買ったばかりの家から飛び出したのだった。
☆
「フローラ!!お前、どの面下げて戻ってきた!!」
ビリビリとした怒声が、執務室に響く。
お父様は親の仇を見るような目で私を見ていた。
「貴様と話すことは無い!!今すぐこの邸を出ていけ!!この親不孝者めが!!」
「親孝行して欲しいと思うなら、娘が自主的に親孝行したくなる親であってくださいな……」
少なくとも私は、私を生贄にと差し出したお父様に感謝したいとは思わない。
ここまで育ててくれた恩は感じているけど─それは、出荷用の家畜が飼育員に感じるものと同じだ。
親愛とか、敬愛とか、そう言った感情を、私はこのひとに一切持ち合わせていない。
「──!?」
私のため息交じりの言葉に、お父様は怒りのあまり絶句した。
バン!!と机を叩いてお父様が立ち上がった。
(ああもう、こうなるから顔を合わせたくなかったのに……)
だけど仕方ない。
自体は一刻を争う。
このままお父様の言葉を待っていても良くて口論、最悪暴力沙汰になりかねない。
時間も惜しいので、私は本題に入ることにした。
「ミリアがネイサンの次期婚約者として内定を受けたと聞きました。真実ですか?」
「何をぬけぬけと。貴様が押し付けたのだろう。この悪魔が!ひとの形をした悪魔とは貴様のことを言うのだろうな!汚らわしい!生きていて申し訳ないと思わないのか!?」
(そこまで言われるもの??)
私は淡々と確認事項を口にした。
「それは断れないのですか?」
「断れるもんか。お前、王太子殿下に非礼を働いたらしいな。全てを明らかに?は、馬鹿め。お前にそんな頭があるはずがないだろう。王太子殿下も軽く流してくださればいいものを」
「………」
私は、手を顎に当てて考えた。
(ローレンシア公爵家は、一度王家からの要望を受け入れた手前、断りにくい……)
それに加え、あの取引は確かに王家を脅すものだった。
あれは、ネイサンのプライドを逆撫でしたことだろう。
だけど──その動きは、あまりに早かった。
昨日の今日よ?
(王家からローレンシア公爵家に連絡がいくことは、予測していた)
だからこそ、私はこの邸を出たのだから。
(お父様が王家からの書簡を受け取る時には、私は既にこの邸を出ている。だから王家とお父様は、言葉の真偽を確かめられない)
そうなってしまえば、後は待つだけだった。
何せ、百年に一度の儀式。
儀式は今年中に執り行わなければならない。
だから、星夜祭を迎える前に、王家は私とネイサンの婚約を解消するだろう、と思っていたのだけど。
(それが、ミリアと再婚約?)
王家は、儀式を遂行したいのだろう。
生贄は、誰でも良かったはず。
それなのにあえてミリアを指定してきた、ということは──
これは、当てつけだ。
私への。
フローラのせいで、妹が犠牲になるんだぞ、というネイサンのメッセージだ──。
「…………」
どこまでも、愚かな手を使ってくるものだわ。
私とミリアは、社交界で見ても仲のいい姉妹だものね。
本当、よく考えたものだわ。
本当に──卑怯で下劣で、くだらないことを考えるのが、得意ですこと。
あまりの手腕に脱帽だわ。
その時、お父様が怒鳴った。
「おい!!なんだその目は!?お前が全て悪いんだろう!?お前が、今更婚約を解消したいとか抜かすからだろうがァっ!!!!」
(あ)
ミリアの婚約についてずっと考えていて、お父様の話を全く聞いていなかった。
それに顔を真っ赤にさせて怒り狂ったお父様が、音を立てて立ち上がる。
あまりの勢いに、椅子が倒れた。
「今から謝ってこい!!最大限の誠意を持って、謝罪しろ!!可愛い妹のためだ。命をなげうって詫びてくるんだな!!」
「…………可愛い妹に命をかけるのは、やぶさかではありませんが」
「なんだなにか文句があるのか!?だいたいお前のような娘が生まれた時点で、殺しておくべきだった!!そうすればこんな自体は招かなかった!!全てお前が悪い!死んで償え!!」
お父様は私の話を遮ってしまう。
完全に頭に血が上っている。
(…これ以上、得られる情報はなさそうだし、一度家に帰りましょう)
やらなければならないことが山のようにあるのだから。
こんなところで時間を浪費している暇はない。
私は口を開くと、お父様に再度遮られる前に一息に言いきった。
「可愛い妹に命をかけるのはやぶさかではありませんが、あなたに命じられるのは不愉快です」
「なっ……!!!!」
今まで言い返すこともなく、唯唯諾諾と従ってきた私が逆らったのが、お父様は相当驚いたようだ。
顔を真っ赤にさせて、口をパクパクと開閉してる。タコのようだ。
「ですが、ミリアは私にとっても可愛い妹です。あの子を守るためなら、方法は選びませんわ」
これ以上ここに留まるのは時間の無駄だ。
そう思って踵を返そうとした時──空気が揺らいだ。
「貴様あぁぁぁぁ!!!!このクソ女!!!!」
振り返った時には、お父様の手が目前に迫っていた。
驚いた次の瞬間。
「ぎゃあ!!」
お父様が弾き飛ばされた。
「…………」
強かに背中を執務机に打ち付けて、痛そうだ。見事腰にヒットしたらしく、お父様は苦悶の声を上げてズルズルと座り込んだ。
「…………あら。大丈夫ですか?お父様?」
私の護身用の魔道具が発動したのである。
(独学で作ったから、効果の程は確かめられてないのよね……)
骨を折ってないといいんだけど。
今、お父様に伏せられるのは困るのだ。




