8.メルンシア・メルディアンという娘 【後】
「どうしたんだね、そんな暗い顔をして」
お父様の声に、ハッとする。
お父様は、月のように眩い銀髪。……ネイサンと同じ髪色。私だけ、仲間外れ。
フローラのような綺麗な桃色でもない。
地味で目立たない、栗毛。
鼻にはソバカスがあるし、グレーの瞳はぼやけて見える。
間違っても、私は【可愛い】の部類には入れない女だった。
(ううん、私は可愛い……可愛いわ)
可愛いけど……フローラには、劣る。
それが分かるから、嫌だ。
フローラの隣に並びたくない。
彼女と一緒にいると……とても、惨めな気持ちになるから。
青い血を持つ、フローラ。
派手でオシャレな色の髪を持つ、フローラ。
誰もが可愛いと持て囃す顔を持つ、フローラ。
健康体で、色違いの瞳をしていて……しかも、ネイサンの婚約者で。
彼女は、私が持っていないものばかり持っている。
神様は、不公平だわ。
フローラは……ずるい。
(少しくらい……私に、くれても……いいじゃない)
それは決して、おかしな提案では無いはずだ。
私の願いは、何らおかしなことではない。
秤にかけたら、きっと彼女の方が深く沈む。
だって、フローラは、色んなものを持ってるんだから。
だから少しくらい、くれてもいいと思うの。
むしろ、何も持たない私に与えるのだから善行じゃない?
でも、フローラはそれを拒否した。
まるで、とんでもない強突く張りを前にしたかのように表情を消し、彼女は断った。
「……苦しい」
私は胸を押えて、その場に蹲った。
「苦しいの。お父様……」
「メルンシア!!今、お医者様を呼ぶから!……おい、すぐキドリー先生を呼べ!今すぐにだ!!」
怒鳴るお父様に、私は首を横に振る。
メイドたちの視線が苦しい。
突き刺さる。
またあの子の発作よ。
本当迷惑。
……そんな、顔を向けてくる。
お父様に頼んで、私の悪口を言っていたメイドたちはクビにしてもらった。
だけど新たにひとを雇っても、だめだった。
彼女らが私を見る目は冷たい。
どうして、そんな目で私を見るの?
どうして、私に優しくしてくれないの?
酷い、酷い、酷い。
世界は、いつも私に冷たい。
「ねえ、お父様。私っ……私、ネイサンの婚約者になりたい……!!」
だから、私は血を吐くように言った。
懸命の訴えに、お父様が私の背を撫でていた手を止める。
私がこのワガママを口にするのは二回目だ。
一回目は、初めてネイサンと会ってから数ヶ月が経過した時のこと。
私はお父様にフローラとネイサンの婚約解消をねだった。
『私の婚約者にして……!ネイサンもそれを望んでいるの』
『……それはできない』
しかし、いつも優しいお父様はその時ばかり、首を横に振った。
あの時は、ただただ絶望した。
どうして、お父様が私の願いを聞いてくれないのか分からなくて、嫌われたのかとすら思ったわ。
だけど今になって、ようやくその理由がわかった。
(お父様は……)
私が、自分の子供ではないと思っているんだわ。
私にアイスキルがないから。
私が、お父様の実子じゃないから。
だから、ネイサンの婚約者にはできないとそう思っているんだ。
辛くて、悔しくて、悲しくて。
自分ではどうしようもできない状況に歯噛みした。
呼吸が苦しくて、涙が滲む。
ぎゅう、と拳を強く握った時だった。
お父様の静かな声が聞こえてくる。
「……そうだな。確かに、婚約者はメルンシアでもいいはずだ」
「っ……!?お父様!?」
悲鳴のような声が出た。
だってお父様は、私が本当の子供だとは思っていないはず──。
私が顔を上げると、お父様は優しい顔をして私を見ていた。
「元々、私はあの婚約に納得がいっていなかったんだ。ただ、物珍しい瞳をしているからという理由だけで婚約者に決めるとは、どうなんだね。早計が過ぎるとは思わんか?国王陛下にも再三言ったのだが……。それに、王太子殿下はきみに心を寄せているらしい。それなら、メルンシアと結ばれるのが彼の幸せだろう」
「お父様……!ええ、ええ。私、幸せになります……!」
ボロボロと涙が零れる。
滲んだ視界で、お父様が苦笑した。
「こらこら、お前に泣かれると、私は困ってしまう。ほら、笑って、メルンシア」
お父様に目元を拭われ、私は泣き笑いのような表情をうかべた。
「でも……でもね、お父様。ネイサンは、私との婚約は前向きじゃないみたなの。私を好きだって、愛してるって言ったのに……」
「メルンシア……」
「だから、だからね。私、思うの……もしかしたら──」
ネイサンは、ローレンシア公爵家になにか、脅されているんじゃないか、って。
私の推測に、お父様は唖然とした。
「──っそういえば」
そして、何かに思い当たったように、顎に手を当てた。
「……王城には、厳重な警備を敷かれているエリアが一箇所あるんだ」
「?プライベートエリアではないの?」
王族が生活する空間。
そのエリアはプライベートエリアと呼ばれ、騎士の中でも、近衛騎士のみが警備に当たっていると聞いた。
そのことを言ってるのかと思ったけど、そうではないらしい。お父様は首を横に振る。
「いや……。地下だ。地下に、騎士さえも立ち入りを許されない場所が、王城にはある」
「地下……?」
王城に、地下室があるなんて知らなかった。
ネイサンからも、そんな話は聞いたことがない。
驚きに目を見開くと、お父様は私の反応を見てひとつ結論づけた。
「王太子殿下は、お前にも言ってないのだな。……とすると、どうあっても秘匿したい場所。……頑なに、ローレンシア公爵家との婚約を解消しない王家。なにか理由があるのではと思っていたが……そうか、地下か」
納得したように言うお父様に、私は気がつけば口走っていた。
「お父様。私、行ってみるわ」
もし、ネイサンがフローラに──ローレンシア公爵家になにか、脅されているのなら。
婚約解消できない理由があるのなら。
私が、その呪縛から解いてあげたい。
ネイサンのことを考える時だけは、私は強くなれる。
何にだってなれる気がするのだ。
お父様は、眉を寄せた。
「メルンシア。だけどお前のその体では」
私は首を横に振る。
「私だからこそ、だわ。私みたいな病人が……そんな無茶しないって誰もが思うでしょ?だから、逆に動ける」
「しかし」
「お願い、お父様。私も……お父様みたいに、恋に生きたい。この恋に、命をかけるって……そう決めたの……!!」
私が懇願すると、お父様は熟考の末、深くため息を吐いた。そして、困ったように笑い、私の頭を撫でた。
「……それなら、好きにしなさい。お前は本当に、アンジェリカによく似ている。そういう、頑固なところもね」
「ありがとう……!お父様」
声が弾んだ。
だけどその直後、酷く咳き込んでしまう。
今日は長く外にいたし、夜の森は冷えた。
それに、全力で走ったことが、思いのほか響いていた。
ぜえぜえと喘鳴音を零す私に、お父様が焦る。
「早く薬を!いつものやつだ!」
バタバタとひとの足音。
お父様に抱きしめられながら、私はホッとしていた。
これで──ネイサンの秘密がわかる。
(ネイサンと……フローラだけの秘密なんて、そんなの許せない)
ネイサンの一番は私だ。
彼の愛は私のものなのだから。
フローラは、たくさん持ってるじゃない。
何でも持ってるじゃない……!
それならひとつくらい、譲ってよ……!!
「うっ……げほ、ごほ!っは、ぁ」
ひゅー、と喘鳴がする。
苦しさから、涙が滲んだ。
その後、私は従僕の手によって部屋に運ばれ、いつもの薬を飲んで眠りについた。
その翌日の事だった。
ネイサンがフローラとの婚約を解消し、フローラの妹ミリアと、婚約を結び直すと、報告を受けたのは。




