7.メルンシア・メルディアンという娘 【前】
「メルンシア!ようやく戻ったのか。顔色が悪いようだな?」
私が自邸に帰ると、お父様が慌てた様子で玄関ホールに飛び出してきた。
お母様は、ずいぶん昔に亡くなってしまった。私は母の顔を知らない。
「お前は本当に……日に日に、アンジェリカに似ていくなぁ」
お父様は、私を見て懐かしそうに目を細める。
私の母は、父の愛人だった。
恋は愛人とするもの。
それが、このネロワロー国の常識とはいえ、明確なルールがあった。
それは、愛人は本妻よりも先に子供を持ってはいけない。
恋は愛人とするもの。
だけど、血は繋がなければならない。
貴族の血は青く、尊い。
だから不純物の血は、できるだけいれてはならないのだ。
だけど、お父様はそのルールを破ってしまった。
公爵夫人より先に、お母様は子を身ごもってしまったのだ。
公爵夫人はそれに怒り、実家に帰ってしまった。そして、自分もまた恋人と戯れる道を選んだのだとか。
そういうわけで、この邸には今、私とお父様のふたりしかいない。
公爵夫人が今、どうしているのかわからない。
世間体のため、ふたりは離縁していない。
そもそも、貴族の離縁は並大抵の理由がなければ認められない。それこそ、死別くらいしか別れることは出来ないのだ。
お父様は表向き、私を公爵夫人の子供だと公表しているらしい。
そしてそれを、公爵夫人も否定していない。
自分の子ではないと知られて、自分の名誉が傷つくことを恐れたのだと思う。
お父様は私を猫可愛がりしている。
この茶色い髪は、お母様にそっくりなのだそうだ。
(私が……公爵夫人に全く似ていないと、誰もが気付いているのに)
だから、フローラが羨ましかった。
あの子はローレンシア公爵とその夫人の子供だから。
私のような劣等感なんて、ないんでしょうね。
生まれた時に、その瞳の稀有さが理由で……王太子の婚約者になった。
特別な子。
『紹介するよ、彼女はフローラ。僕の婚約者だ』
そう言われた時の絶望なんて、きっと、彼女には分からないのでしょうね──。
『フローラ様の目、見たことあります?』
『色違いの瞳でしょう!?初めて見ました。色違いの瞳といえば、やっぱりあの伝承を思い出しますわね』
メイドたちの話を、偶然立ち聞きした。
彼女らは気が付かない。
私が部屋を抜け出すことなんて滅多にないから、油断しているのだ。
『色違いの瞳の乙女と、王家の方は惹かれ合うようにできているのかもしれませんね。まさに……運命ですわ』
【運命】。
ドクン、と心臓が音を立てる。
『フローラ様と王太子殿下は幼馴染だとか。幼馴染で運命だなんて?ロマンティックですわ』
『あら、でもお嬢様もそうでしょ?三人とも、幼い頃からの付き合いよね?』
『あー……メルンシアお嬢様?彼女……本当に奥様の子供なのかしら?いえそもそも、閣下の子供なの?だって彼女、アイスキルがないのでしょう?』
「──」
息を、呑む。
胸元を、抑える。
心臓が、痛い。
今すぐ、この場を離れたかった。
『しっ!!誰が聞いてるのかわからないのよ?……口を慎みなさい』
そう咎める彼女も、否定はしなかった。
その時、知った。
私はこの邸の人間に、嫌われている──。
もともと、ここの使用人の半分は、公爵夫人に仕えていたらしい。
彼女が実家に戻ったことで、彼らも戻ろうと思ったそうだけど、公爵夫人の命令で留まることにしたのだとか。
(きらわれて、いる)
彼らは知っているのだ。
私のこの、血の汚さを──。
貴族は大半、アイスキルを持つものだ。
その血が濃ければ濃いほど、アイスキルは強力なものになるという。
貴族間の政略結婚は、このアイスキルを継承するためのものでもあった。
(もし……私がお父様の子供じゃなかったら……)
ただの平民なら。
私とネイサンが結ばれることは、ない。
王族の妃に、平民の血が選ばれることは無い。
それはたとえ、平民の娘を養女にしたとて同じだ。求められるのはその血なのだから。
私には、アイスキルがない。
アイスキルの所有者は、瞳に特徴的な光が宿っている。
その光は、フローラも、ネイサンも、お父様も持っている。
だけど私にはそれがない。
それは、この体に貴族の血が流れていない証左に思えて仕方なかった。




