5.消費されるくらいなら
その時、場の空気を変えるようにミリアがパチン!と手を叩いた。
「じゃあ!今の話が本当なら、人攫いは王家……ってことでしょ?人間相手なら怖くないわ!どこからでもかかってきなさいっていうのよ!」
ミリアのその様子に、私はため息を吐いた。
「もー。ミリアが強いのはわかるけど、あなたは女の子なんだから。あまり無理をしてはダメよ?」
「えー?でも本当のことよ?」
ミリアは。
そして、アシェルは。
六歳まで暗殺者ギルドにいた。
王妃陛下は、暗部を通して、彼らをそこに隠したのだ。
そして、そこでふたりはエヴァリーナに会ったという。
三十分も歩けば、目的地が見えてきた。
ここには何度となく足を運んでいるので迷うことはない。
(とはいえ、何回来ても慣れないわね……)
夜の山は真っ暗で、土地勘がなければ確実に迷う。
アシェルがランタンを翳し、私たちは洞窟の奥へと足を踏み入れた。
「わっ……ずいぶん寒いのね」
ミリアは肌寒いのか、腕を擦っている。
「ええ、そうなの。奥に行けば行くほど、どんどん寒くなるのよ。この辺りでいいかしら」
あたりをつけて、足を止める。
私は、シャトレーヌに繋げたポシェットから、目当てのものを出した。
アイスピックのように細いそれは──石砕きだ。
今日この洞窟に来たのは、魔石の原石採取のためだった。
私の、本日のお楽しみがこれだ。
(……私は昔から時間を持て余すことが多かった)
王妃教育とは名ばかりで、教師たちからは自習のみ命じられてきた。彼らの授業を、本当の意味で受けたことは無い。
『フローラ様はとても賢くていらっしゃいますから、おひとりでできますわよね?』
それは、拒否を許さない声だった。
教師は、教本を置いていくこともせず、退室した。
後は、永遠に続く自習の時間だ。
教師は一度来たきり、もう足を運ばない。
『ひとりでは、わかりません』
お父様に、ふたたび教師を呼んで欲しいと言ったことがある。
だけどそれは徒労に終わった。
『それはお前が無能だからではないか?』
『っ……ひとりでは、限界があります。せめて最初くらいは、説明を──』
それに、お父様は激昂した。
食事の席だったから、音を立てて椅子から立ち上がるお父様に、私は怯えた。
当時、私は五歳を少し過ぎたくらいだった。
『何度も同じことを言わせるな!!いいか?教師の言うことを聞け。私の手を煩わせるな……!全く、気分を悪くした。おい!部屋に食事を用意させろ!こんな席で食おうとは思えん!』
そう言って、お父様は部屋を出ていってしまった。
後に残されるのは、呆然とした私だけ。
(……だから、私は今まで、独学で学ぶしか無かった)
不幸中の幸いというべきか、図書室には参考資料がたくさんあった。
学びたいという気持ちさえあれば、環境は整っていたのだ。
お父様は、私に教育を受けさせる気などなかったのだろう。
ただ、その日まで生きていてくれさえすれば、それで良かったのだ。
私は儀式に捧げられるためだけに、育てられたのだから。
まるで養殖魚のよう。
いつからだっただろう。
お父様の目の冷たさに、気がついてしまったのは。
お父様の愛を……諦めたのは。
そうだ。
ちょうど、寒い冬の日。
酷い吹雪で、暖炉に火を入れてても凍えてしまいそうなほど寒かった、あの日。
子供が出来た、と言ってお父様の愛人が、公爵邸を訪ねてきたのだ。
その時、初めて私はアシェルとミリアに会った。
「姉様?」
「っ!」
ミリアに声をかけられて、意識が戻ってくる。
私は心配そうに見るミリアとアシェルに笑いかけた。
「……どこにしようか迷っていたの」
感傷に浸っていた、とは気付かれたくない。
取り繕った笑みにふたりは気がついていたようだけど、私に気を使ったのだろう。
ふたりが深く聞いてくることはなかった。
この岩壁は、一見するとただの石だ。
だけど、実は魔石が隠れている。
私の趣味は、魔石採取だ。
私には、二種類の【瞳の力】がある。
(ふたつあるのは、オッドアイだからなのかしら?)
ふたつあることは、お父様には伝えていない。
アシェルに言われたからだ。
『だめだ!あのひとには言っちゃダメだよ』
『……どうして?アイスキルが現れたら、家長に報告しなければならないと本には書いてあったわ』
図書室で見つけたマナーの教本にはそう書いてあった。発行年はつい数年前のもので、突然その常識が覆ったとも思えない。
私の質問に、アシェルは首を横に振った。
彼の黒髪が揺れる度に、なんだか私は懐かしい気持ちになった。
『そんなの利用されるだけだ!いいか?姉さん。絶対、あのひとには言ってはいけない』
『でも』
『でももだってもない!姉さんのそのアイスキルは悪用される……。金の卵を産む鶏のような扱いを受けるだけだ。姉さんに待ってるのは、飼い殺しの生活だ。首輪をつけられて、逃げることも許されず……。ひたすら消費される毎日だ。姉さんだって、そんなのは嫌だろ……』
『……』
『約束してくれ。その力は、絶対にあのひとには言わない、って』
アシェルのこんなに必死なところを見たのは、私はその時が初めてだった。
『わかったわ……』
有無を言わせない彼の様子に、私は頷いたのだった。
今考えると、その選択はやはり正解だったのだと思う。
(……アシェルのおかげだわ)
アシェルは、ランタンを手に私を見ていた。
アシェルの目は優しい。
いつも、私を見守ってくれている。
彼の忠告に従わずお父様に報告していたら──きっと、今頃私はボロ雑巾のように使い潰されていた。それこそ本当に、道具として消費されていたに違いない。
私は手を真っ直ぐ前に伸ばした。
「……じゃあ、始めるわ」
私の右目──ピンク色の瞳に宿るアイスキルは【魔石探知能力】だった。
アイスキルの使用中は、右目が眼精疲労を覚えたような感覚になるので、右目のスキルなのだと思う。
「──……開示」
心を落ち着かせて、能力を発動する。
直後、私の手のひらから蝶が生まれた。
それは淡い光を伴って、ゆらゆらと飛んでいく。
蝶が羽ばたく度に、青白い銀粉が舞う。
これは魔力でできた、蝶だ。
その蝶は、ゆっくりと石壁に吸い込まれていった。
蝶が吸い込まれていった石壁は、場所を示すように淡く光っている。
魔石はここだということだ。
私はゆっくり石砕きを岩壁に突き刺した。




