3.人形に自我は要らない 【後】
長い付き合いだ。
それだけでメルンシアは俺が隠し事をしていことを見破った。
「やっぱり……!うそつき、うそつき!」
彼女は僕の胸元をポカポカと拳で殴り付けた。
だけどちっとも痛くない。
彼女が非力だからだ。
だけど、メルンシアが腕を痛めてしまうかもしれない。
僕は彼女の両手首をそれぞれ掴んだ。
「う……嘘じゃない!」
今はまだ、言えないんだ。
だけどフローラが死ねば──儀式の生贄になり、俺が男寡になれば。
儀式の内容までは明かせないとしても、こういうことだったと説明できるだろう。
「僕を信じられないのか!?」
必死だった。
だけどそれは、メルンシアも同じだ。
「信じたいわっ……!それなら、信じさせてよ……!!」
メルンシアは泣きながら、必死に言葉を綴った。
「…………ごめん」
僕は、メルンシアを傷つけている。
本当にメルンシアを大切に思うなら、きっと、彼女に手を出すべきではなかった。
──フローラが死ぬまで、待つべきだった。
だけど──そうしているうちに、もし、メルンシアが婚約したら?
結婚してしまったら?
そんなの耐えられない。
「すまない、メルンシア。だけど今だけは……」
今だけは、僕を信じて欲しい。
世界は僕たちが結ばれることを許さなかった。
僕には運命があった。
フローラと結婚しなければならないのだ。
それが王族の責務で、義務だから。
メルンシアが嗚咽を零しながら、必死に言った。
「フローラなんてっ……だいきらいっ……!」
「……ごめん」
「どうして、あなたが謝るのっ……ネイサンは、わたしのものなのに……っ。そう、でしょ!?」
泣きながら僕に縋るその姿は痛々しくて、僕は彼女のくちびるを塞いだ。もうそれ以上、自分を傷つける言葉を口にしないで欲しかった。
もっと、フローラの存在を消すべきだった。
メルンシアが気にしないほどに、影を薄くするべきだった。
ああ、そういえばネイサンには婚約者がいたわね──そう言ってしまうほどに、フローラの影を消せたのなら。
(僕は間違えたんだ)
もっとやり方は他にもあった。
例えば、そうだ。
フローラを邸に閉じ込めておくようローレンシア公爵に命じるべきだった。
「あの子ばかり、ずるい!いつもそう!私には持っていないものばかり……持ってて、それなのに、フローラは」
「…………」
「フローラだって……あの子だって……!!不幸になればいい。何もかも、失って……──みたいに。可哀想になればいい……!惨めになっちゃえ……!!」
今まで溜まっていたものもあるんだろう。
メルンシアは苦しげに泣いた。本当に、辛そうだった。
「……分かった」
僕は、メルンシアの背を撫でている手を止めた。
不思議に思ったメルンシアが顔を上げる。
「フローラに復讐をしよう」
「え……?」
「彼女などどうでも良かったけど、事情が変わった。それなら──とびきり、フローラが不幸になれば……。そうすれば、きみは幸せかい?」
僕の質問に、メルンシアは唖然としていた。
だけどすぐに、彼女は笑う。
ふわりと、泡沫が弾けるような淡さで。
「ええ……!!」
それを聞いて、僕の気持ちは決まった。
メルンシアをこんなにも追い詰め、傷つけたんだ。
報いを受けてもらう。
(フローラ、きみもさ)
それくらいの覚悟、持ってるよね?
だいたい、道具のくせに自我を持つのがおかしい。
公爵にも、何度も釘を指したはずだ。
フローラに自我を持たせるな、と。
それなのに──この始末。
許せないんだよ。
メルンシアを傷つけるものは誰一人許さない。
僕が、彼女を守るんだ。
理不尽なこの世界で、僕だけが、メルンシアを。




