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レポート008 影潜り ― 不慮の事故

 駆け出しパーティー「グリーン ファントム」の斥候、ルカ。


 彼が新しく手に入れた『影潜り』は、文字通り自分の体を影の中に沈め、

 気配を消して移動できる、戦術の幅が広がる強力なスキルだ。



 「なぁ、もし潜ってる間に、光を当てられて影が消えたら……どうなるんだ?」



 好奇心旺盛なメンバーからの、純粋な疑問だった。

 

 スキルを正しく把握しておくことは、パーティとしても必須。

 訓練の一環として、その「弱点」を検証することにした。



 宿の裏庭。


 万が一に備え、ルカの腰には頑丈な命綱のロープが括り付けられた。

 「よし、いくぞ。三、二、一……」


 ルカが建物から伸びる影へと、ズルリと沈み込む。


 「……ライトニング!」

 魔道士が強い光魔法を放ち、周囲を真昼のような輝きで満たした。


 一瞬、庭から影が消失する。



 ピンと張っていたロープが、まるで「最初から何も繋がっていなかった」かのように、

 力なく地面に落ちた。


 

 結び目は解けていない。ただ、ルカの体が、影と共に消えていた。



* * * * *



「なぁ、仲間が消えちまったんだ! 影を飛ばした瞬間に! 頼む、探すのを手伝ってくれ!」


 血相を変えてギルドに飛び込んできた仲間たちの叫びを、ホリィは資料編纂室で聞いていた。



「ホリィさん、至急ですみませんが、ご同行願います」

「……影潜り中に、光を当てて影を消した? 馬鹿なことを」


 ホリィは溜息をつき、机の上の冷えた珈琲を一気に飲み干すと、重い腰を上げた。



* * * * *


 現場の裏庭は、何の変哲もない、乾いた土の地面があるだけだった。


 ホリィは、静かに眼鏡を外した。

 世界の輪郭が、わずかに揺れる。


 青白くなった視界。


 その地中に、周囲の地層とは明らかに異なる「おぞましい塊」が埋もれていた。


 ルカだった。

 けれど、それはもう、人間としての形を保っていなかった。


 影という次元の隙間を失った彼の肉体は、元の座標にあった土や石、木の根と分子レベルで融解し、混ざり合っていた。石の中に眼球が埋まり、土の層に肺が練り込まれ、血管は粘土質の土壌と複雑に癒着している。


 彼は、この場所の「地面」そのものに変質していた。

 ホリィは静かに眼鏡を掛け直す。


「……見つけたわ。ただ……」

「いたんですか!? ルカはどこに!」

 希望に満ちた顔で詰め寄る仲間たちに、ホリィは無機質な視線を向けた。



「そこに。……あなた達の足元にね」

 ホリィが無表情に地面を指差す。



「本件、死亡事故として処理します。残念だけど、彼を元に戻す方法はないわ」

「そんな……っ、掘り出せば! 掘り出せば助かるはずだ!」

 仲間たちは泣き叫び、素手で、剣で、地面を猛烈に掘り返し始めた。


 だが、彼らが掘れば掘るほど、それはルカの肉であったはずの「土塊」を損壊し、削り取っているに過ぎなかった。


 土の中から覗いた、ルカの指先だったと思わしき小さな小石を、ホリィは一瞥する。それはもう、周囲の石灰岩と何ら変わりない無機質な質感になっていた。


「……浅はかな実験は事故の元。ギルドで事前に教育できたらいいんだけどね」


 ホリィは、狂ったように土を掻く少年たちを背に、踵を返した。

 影とは、光が遮られたただの暗闇ではない。本来、人が立ち入ってはいけない世界。


 明日にはあの場所から、「ルカだったもの」を栄養にした、立派な雑草が芽吹いていることだろう。

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