レポート007 ランダム召喚 ― 入れ替わり
四人パーティー『暁の風』は、ダンジョン中間の安全地帯で、奥に進むか、引き返すかの議論を続けていた。
「回復アイテムは心許ないが行けそうか?」
「MPも厳しいし、ちょっと無理かも」
「私もー」
リーダーのガッシュの問いに、魔導師のリナと、僧侶のミーシャが続ける。
「なぁ、聞いてくれ。さっきレベルが上がってランダム召喚を覚えたんだが……」
召喚士のトビアスが割って入る。
このスキルは、何が来るのか分からないという点で評価が分かれるものだった。
「MPの残りを考えると、使えるのは一回。聖獣なり、強そうなのが出れば潜る、そうでなければ帰る。どうだ?」
「面白ぇ。やってくれ」
ガッシュの返答に、残りの2人も頷く。
トビアスは、印を結び、術を発動させる。
「頼む、強いやつ、来い……!」
魔方陣が強く輝き……そして、消えた。
「何も出てこない?」
「……ちっ、外れかよ。よし、帰還するぞ」
「みんな、すまない……」
ガッシュの声を皮切りに、帰り支度を始める。
(……発動失敗なんて、そんなことがあるのか?)
四人は苦労をしつつも、ダンジョンを脱出。
異変は、地上に戻った直後の食事処で起きた。
「はい、五名様ですね。こちらのテーブルにどうぞ」
店員が当然のように並べた五つのコップ。
「……おい、俺たちは四人だぞ」
ガッシュが指摘したが、店員は不思議そうな顔をした後、「失礼しました」と一つだけコップを下げた。
その夜、宿屋の受付も迷わず鍵を二つ渡してきた。
「トリプルとダブルのお部屋ですね」
四人は「疲れているんだろう」と笑い飛ばしたが、トビアスだけは、部屋の隅に自分たちを見つめる気配があるのを感じていた。
翌朝、召喚士トビアスは、宿のベッドで事切れていた。
まるで全身の精力を一滴残らず吸い取られたかのように、乾いた流木のような姿になって。
* * * * *
ホリィは、宿で死体が見つかったとの連絡を受け、ギルド職員のエドとともに、現場に向かった。
宿のロビーにいたのは、パーティー『暁の風』。
四人を座らせ、聞き取り調査を行う。
「俺たちがいた部屋で死人が出た?朝から騒がしいと思ったらそんなことが。
え?パーティーメンバーが?いやいや、そんなわけないだろ」
「トビアスはあなた達のメンバーでは?」
「トビ……何だって?誰だそいつは。暁の風は、結成当初から今までずっと、この四人だぜ?
数が合わなくなるじゃねぇか。ホリィさんだっけ……俺たちが犯人だと疑ってるのか?」
リーダーのガッシュは、苛立ちを隠そうともせず、ホリィを見返した。
「なあ、リナ、ミーシャ。お前らもそう思うだろ?」
「ええ。足を引っ張りたいパーティーが変な噂でも撒いてるのかしら」
隣に座る魔導師のリナの返答に、僧侶のミーシャが頷く。
そして、彼女たちの影に隠れるように座っている、髪の長い弓使いの女も、無言で深く首を縦に振った。
ホリィは、手元の公式名簿に目を落とす。
そこには確かに四人の名前がある。だが、召喚士トビアスの欄だけが、水に濡れたように滲んで読み取れなくなっている。
そして、眼鏡をズラしながら、資料と四人の顔を交互に比べる。
眼鏡の隙間から見える女の顔には、眉も、鼻も、もなく、ただの平らな皮膚の上に、おもちゃのような目と口が不自然に貼り付いているだけだった。
「……そうみたいですね。誤情報だったようです。失礼いたしました。
この後、参考人として取り調べがあるかと思いますので、ご協力ください。
私はこれで。エド、行きましょう。」
ホリィは事務的に書類を閉じると、軽く会釈して宿を出た。
「……ホリィさん、どうしたんですか?急に飛び出して」
足早に歩くホリィに、背後から、ひょろりと背の高い黒髪の頭が追い付く。
ホリィは足を止めず、言った。
「エド、さっきのパーティー、何人いたか言ってみて?」
「え?ガッシュと、リナ、ミーシャ……それに、弓使いの女性。
四人パーティーですよね?それがどうかしたんですか?」
「私たちは、何をしに来たんだったかしら?」
「いや、それは宿で変死体が見つかったからでしょう。リーダーも言ってましたが、
疑うにしても、パーティメンバーが死んだ、は流石に……ホリィさんらしくないですね」
ホリィは、背筋に走る戦慄を抑えられなかった。
「……さっきのやり取りは忘れて頂戴。あとは私抜きで続けて」
「え?ちょっとちょっと、ホリィさん!?置いてかないでくださいよ!」
背後からの声を無視して、一人、資料編纂室に戻る。
ギルドの公式記録では、『暁の風』は「男性二名、女性二名」の四人だった。トビアスがいなくなった穴に、いつの間にかあの女が収まり、周囲の記憶まで書き換えて居座っている。エドの記憶すらも、もう書き換わってしまった。
ホリィは報告書の「生存者数」の欄を、一度書いては消し、結局、空欄にした。
暁の風にいる『何か』は、もう誰にも追い出せない。
自分たちの隣に誰が座っていたのかを思い出すことも二度とないだろう。
ホリィ達が立ち去った宿からは、楽しげな「四人」の笑い声が、いつまでも響いていた。




