レポート027 必中の弓 ― 惨殺
その弓から放たれた矢は、いかなる生物の急所をも必ず穿つ。
ユニークスキルを持たない凡夫でも、一瞬で英雄へと塗り替える至高のチート武器――『必中の魔弓』。
他人の手柄を横取りすることで成り上がってきた冒険者クーガー。
霧の濃い日の路地で、怪しい露店でそれを買い叩いた時、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
露天の主、老婆にも、若かくも見える女。深いフードの奥から覗く、濁った眼球で彼を見つめ、三日月のような笑みを浮かべ、ひび割れた声で警告を口にしていた。
「いいかい、絶対に獲物のいない『虚空』に向けて弦を引いちゃいけないよ。この弓は“空振り”が大嫌いだからね。必ず、誰かしらに当たっちまうよ」
「へっ、外れねえなら狙う必要すらねえってことだろ。最高じゃねえか」
クーガーは女の手を振り払い、忠告を鼻で笑った。彼の頭にあるのは、これから手に入る名声と金のことだけだった。
* * *
王都の外れ、暗い森の奥。
地響きのような咆哮が響き、猛烈な土煙と煙幕が辺りを支配していた。
凶悪な高ランク魔物「グランド・ベア」の討伐依頼に、命がけで戦っていたのは、王都でも名の知れたAランクパーティ『疾風の翼』だった。魔法使いが土魔法で足止めし、リーダーのアルゴが見事な剣技で魔物を追い詰める。立ち上る砂煙の中でトドメを刺さんとしていた。
『疾風の翼』を追いかけ、物陰に潜んでいたクーガーは、下品な笑みを浮かべて『必中の魔弓』を構えていた。
「大物討伐の栄誉も報酬も、最後にトドメを刺した俺のモノだ!」
視界は土煙で完全に遮られ、魔物の姿は見えない。だが、関係ない。
「必ず命中する」のだから。クーガーは狙いも定めず、魔物がいるであろう前方の空間に向けて、傲慢に指を離した。
ヒュン、と風を裂く音が響く。
クーガーは気付いていなかった。その一瞬前、パーティの完璧な連携によって、魔物は既に絶命していたことを。
放たれた矢は、敵を見失い、無人の虚空を突き抜けると、ピタッ、と不自然に静止した。
矢はグニャリと反転し、恐ろしい速度で猛加速した。「生物に必ず命中する」という因果を強引に成立させるため、それは土煙を割って、その場に立ち尽くしていたリーダー、アルゴの胸へと吸い込まれるように突き刺さった。
「なっ……!?」
血を吐いて崩れ落ちるアルゴ。
やがて、土煙が完全に晴れる。
そこには、誰もいない空間に向けて弓を構えたまま、呆然と立ち尽くしているクーガーの姿が、白日の下に晒されていた。
「てめえ……! アルゴさんを暗殺しようとしたな!?」
「ち、違う! 俺は魔物を狙ったんだ! 勝手に矢が曲がって――」
クーガーは顔を真っ青にして叫んだが、その言い訳が通じるはずもなかった。他人の手柄を奪おうとした卑しいクズは、弁解の余地なき「確定大罪人」として、逆上したパーティの面々によってその場で囲まれ、なすすべなく、文字通り肉塊になるまで惨殺された。
* * *
「手柄を横取りしようとして、魔物がいないからって他人のリーダーを射抜いて、その場で返り討ちですか。……因果応報とはいえ、救えないクズですね」
アルゴは、幸いにも、防具のおかげで矢は心臓を逸れ、一命を取り留めた。ただ、戦線復帰には相当時間が掛かるだろう。
資料編纂室では、エドが呆れたように報告書をめくり、手際よく珈琲を淹れる。
ホリィは淡々と死亡届に『暗殺未遂による返り討ちで、現場にて死亡』と記すと、いつものように判を押し、眼鏡を外して窓の外を見た。
「クズにも使い道はあるわ。彼が身を挺して『あの弓の仕様』を証明してくれたもの」
「仕様、ですか?」
「ええ。あれは『必中の弓』なんかじゃない。……ただの『人食いの呪具』よ。最初から、使い手を破滅させるためのね。どこからこんなものが出回ったのか……」
ホリィは珈琲を啜り、感情の読めない目のまま、報告書を引き出しにしまいこんだ。




