レポート026 未来視 ― 自殺
数秒先から数日先の未来を、完璧に予見できるユニークスキル『神の瞬き』。
敵の攻撃をあらかじめ察知して回避し、あらゆる死亡フラグを事前にへし折る、最強クラスのチートスキル。
異世界に転移してきた、青年トキヤは、その力を使ってすべての危機を未然に防ぎ、絶対に傷を負わない無敵の冒険者として名を馳せていた。
「次の曲がり角に、不意打ちを狙う魔物が三匹。……ほらね、言った通りだろ?」
彼は周囲の仲間たちに全能感を見せつけ、未来を都合よく書き換えながら、イージーモードの異世界を謳歌していた。
ある日、トキヤはいつものように何気なく自分の『一週間後の未来』を覗き見た。
それが、終わりの始まりだった。
脳裏に再生されたのは、宿屋の自室のベッドの上で、首が不自然に真後ろまでねじ切れ、両目が深くくり抜かれた、凄惨な自分の死体だった。
(なんだよ、これ。誰に殺されるんだ……!?)
トキヤは考えた。
ここを引き払って、別の宿に移れば、そして引きこもれば回避ができるのではないか。
早速宿を変え、それから数日、部屋の鍵を厳重に閉め切り、一歩も外に出ず、武器を構えて極限の警戒を続けた。
スキルを何度も発動し、「死なない未来」へとルートを変えようと抗う。
しかし、何度脳裏に『神の瞬き』を走らせても、再生されるのは【首をへし折られて両目を失っている自分】の、寸分違わぬ映像だけだった。
そればかりか、スキルを使えば使うほど、その「死の映像」の解像度がどんどんと上がっていく。
しまいには、自分の首がメキメキと折れる生々しい骨の音や、目から溢れる血の温かさ、視界が暗転していく恐怖までが、リアルな「既知の記憶」として彼の脳に直接焼き付いていった。
運命の日の当日。
「おかみさん、前の部屋は空いてるかな。一泊お願いしたい」
(嫌だ――!違う、そうじゃないんだ!俺の口、勝手に喋るな!)
「あら、トキヤ。また泊まってってくれるのかい。空いてるよ。使っとくれ」
「ありがとう」
(頼むから、誰か止めてくれ!――)
トキヤは避難先の宿から、元の宿、同じ部屋に戻ってきていた。
窓もドアも施錠し、部屋の真ん中で、恐怖のあまりガタガタと震えながら時計の針を見つめることしかできなかった。
「その時間」になった瞬間。
彼の両腕が、カチカチと機械的に動き出した。
「あ、あああ、いやだ、動くな、俺の手、止まれ、止まってくれよおぉぉぉッ!」
絶叫しながら必死に抗うが、彼の肉体は「すでに確定している未来の再生ビデオ」のように、ただ正確に駆動していく。
トキヤは自分の両手の指を、自らの両目に深く突き立てた。グチャリと不快な音が響き、視界が漆黒に染まる。
激痛に狂いながら、最後は自身の両手で自らの顎を掴み、凄まじい腕力で、首を真後ろへと――メキ、とへし折った。
彼が見ていたものは、選択によって変わり得る「可能性の未来」などではなかった。
未来視とは、ただの「未来死」だった。
* * * * *
翌日。現場となった宿屋の部屋。
ホリィは無言で、ベッドの上の無惨な遺体を見つめ、静かに眼鏡を外した。
世界の輪郭が、わずかに揺れる。
彼女の「眼」が捉えたのは、死体の周囲にまとわりつく、古い映画のフィルムのネガのような、無数の「時間の残像」。
それは、この男が何度も、何度も、自らの死の瞬間を『覗き見(上書き)』し続けた、絶望の澱だった。
ホリィは一切の表情を崩さないまま、すぐに眼鏡を掛け直した。ノイズは消え、ただの狂言自殺の死体がそこに転がっているだけになった。
「……調査、終了」
* * * * *
「ホリィさん、お疲れ様です。珈琲、淹れましたよ」
資料編纂室に戻ると、エドが温かいカップを差し出した。
「どうでした? 部屋は密室で、呪いや暗殺の痕跡も一切なかったみたいですけど……」
ホリィは報告書の死因の欄に『突発的な精神錯乱による自害』とだけ淡々と書き込み、死亡届の判を押す。
「未来が見えるなんて、一見すると羨ましい気もしますけど、もし自分が死ぬところが見えちゃったら、生きた心地がしないですよね」
エドが小さく身震いしながら言う。
ホリィは珈琲を啜り、窓の外を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「見えても見えなくても、同じ。私たちはみんな、引き返せない一本の線の上を、ただ歩かされているだけなんだから」
「ほんとですか?僕、ホリィさんの未来を変えられる気がするんですよね……今晩、ご飯どうですか?」
エドの少し真剣さの含まれた声に、思わずエドを見つめる。
「へえ。私をご飯に誘う未来が確定していて、その通りに動いてるだけじゃないの?私が断る可能性は考えなかった?」
「ホリィさんなら、そんな選択はしません!……と僕の未来視が告げてます」
「……外れね」
ホリィは感情の読めない目のまま、報告書に視線を落とす。
「私の未来視によれば、今夜は、溜まった羊皮紙とデートをすることになっているわ。それをエドが手伝ってくれるの」
「それは未来視じゃなくて、ただの押し付けですよ、ホリィさん」
「明日の夜の未来は変わるかもしれないわよ?」
「……僕の未来視でも同じ映像が見えました!頑張ります!」
窓の外の広場では、若い冒険者たちが「明日のクエストの予習は完璧だ」と、楽しそうに笑いながら歩いている。
自分たちが進むその足元に、すでに逃れられない一本のデッドラインが引かれていることも、知らないまま。




