レポート024 剣に転生 ― 永久幽閉
――目が覚めたら、聖剣になっていた。
最初は、よくある異世界転生だと思った。
意識があり、視界がある。鑑定能力が脳内に表示されている。
きっと、どこかの勇者が自分を拾って二人三脚で魔王を倒す。そんなサクセスストーリーを夢見た。
ただ、剣であることで様々な制限があった。
話せない。動けない。死ねない。
前世の記憶を持ったまま、永遠に思考し続ける自我だけが存在した。
サクセスストーリーは、いとも容易く実現することができた。彼は一人の勇者に拾われた。
共に戦場を駆け、魔王軍を打ち破り、世界を救う英雄の武器として讃えられた。だが、彼がその旅路で感じていたのは、栄誉ではない。
男が自分を振るって魔物を斬るたびに伝わる、肉が裂け、骨が砕ける不快な振動。
浴びせられる生温かい返り血の鉄臭さ。それらが、剣の身を通じて、鮮明な解像度で思考に直接流れ込んでくる。
その生理的な嫌悪感に、彼は暗闇の中でずっと狂い叫んでいた。
魔王が死に、やがて勇者も寿命で死んだ。
聖剣は役目を終えた。
勇者は、死ぬ前に「魔王が復活する時、この聖剣を持つにふさわしい者が現れ、次代の勇者となるだろう」と、王都の外れにある、見晴らしの良い美しい丘の台座に聖剣を封印した。
それから、さらに数百年の時が流れた。
頑丈すぎる聖剣の身体は、錆びつくことも、朽ち果てることもない。魔王も現れなければ、聖剣の封印を解き、引き抜くことができる者も、現れなかった。
毎日、ただ同じ丘からの景色を見つめ、風の音を聞き、夜が来て、朝が来るのを数えるだけの永劫の孤独。
叫ぶ声は誰にも届かず、泥のように重い思考だけが、彼の頭の中でぐるぐると空回りし続けていた。
* * * * *
よく晴れた休日。
王都を見下ろす緑豊かな丘を、エドはホリィを伴って静かに歩いていた。
「いやぁ、最高の散歩日和ですね。たまにはこうして、外の空気を吸わないと体に悪いですよ」
「あなたに連れ回されなければ、私は部屋に溜まった羊皮紙の整理をしていたいのだけれどね」
呆れたような声を出しながらも、ホリィは心地よい風に髪を揺らしながら歩みを進める。
ふと、丘の頂、歴史の重みを感じさせる古びた石造りの台座の前に、二人は足を止めた。
そこに突き刺さっているのは、一振りの剣だった。かつて世界を救ったとされる、誰も抜くことのできない伝説の聖剣。
ホリィは無言で、静かに眼鏡を外した。
世界の輪郭が揺れる。
彼女の「眼」が捉えたのは、美しい意匠が施された剣の身の奥で、真っ黒な涙を流し、何百年分もの発狂した絶望を撒き散らしながら、今もなお「出せ、ここから出せ、殺してくれ」と無音で狂い叫び続けている、歪な人間の魂の形だった。
(……転生者!?)
同じ故郷の匂いを感じ取り、ホリィの胸に小さな波紋が広がる。彼は一体、いつの時代の日本からここへ来たのか。
「あなたは……西暦何年から?」
無意識のうちに、声が口から漏れていた。
その瞬間、届くはずのない問いかけが脳裏に響いたのか、聖剣の奥の魂が、カッと目を見開いたように激しく震えた。
『……あ? ……せい……れき? にほんじん……?ああ、あああぁ! 聞こえる!?おい、そこの女、 頼む、抜いてくれ、壊してくれ、俺を、おれを――』
狂喜乱舞し、歓喜の返答が脳裏へ返ってくる。
「いつ見ても美しい刀身ですよね。そう思いません?」
エドの声に、ホリィは、ピクリとも表情を動かさないまま、即座に眼鏡を掛け直した。
世界の輪郭が、冷酷に閉じる。
男の叫びは、一瞬でぶつりと途切れた。
「……ホリィさん、どうしたんです?さっき何か言いませんでした?」
隣でエドが、不思議そうに彼女の顔を覗き込んできた。
「いいえ、何でもないわ」
ホリィはいつもの表情を崩さないまま、何でもない風を装って歩き出す。
助ける義理も、手段もない。報告書にまとめる必要すらない。あれはただの、世界に産み落とされた不壊の置物だ。
「さあ、いきましょ」
「あ、待ってくださいよ! 美味いパイの店があるんです。帰りに寄りませんか?」
弾んだエドの声が、穏やかな丘に響く。
ホリィは二度と振り返ることはなかった。
見晴らしの良い美しい丘の真ん中。
聖剣は再び訪れた完全な沈黙の中で、永遠に終わらない暗闇の底へと、静かに、深く、沈んでいった。




