レポート023 ハーレム― 接触厳禁
どれほど気高き存在であっても、その眼をひとたび見つめれば、
たちまち自分に狂おしいほどの愛を捧げるようになるユニークスキル『深愛の宮廷』。
転移者のセイジロウは、その絶対的な力を使って、複数の「従者」を従え、
都市の郊外にある豪華な屋敷でハーレム生活を送っていた。
「俺の嫁はみんな本当に可愛いよ。世界一の美女ばかりさ。
毎日彼女たちに囲まれて、愛を囁かれているだけで、もうこれ以上の幸せなんていらないね」
屋敷を訪れた転移者の友人やギルドの使者に対して、心底幸せそうに、自慢げに微笑んでいた。
彼の隣には、金髪碧眼のグラマーな美女、可憐な獣耳を持つ美少女、愛おしいエルフの姫。
「彼女たちの瞳は本当に綺麗でさ。な、そう思うだろ?」
彼にはそう見えていた。
――その両脇に、この世のものとは思えない「何か」をはべらせながら。
彼の屋敷を覗き込んだ者が目撃するのは、悪夢そのものだった。
髪を撫で、頬ずりをしているのは、粘着質で緑色の粘液を滴らせ、無数の悍ましい単眼を不規則に明滅させる、肥大化した芋虫のような肉塊だった。
甘えん坊の猫耳少女として膝に乗せているのは、人間の頭骨をいくつも組み合わせたような硬い甲殻を持ち、鋭いカマのような脚を忙しなく擦り合わせる、巨大な異形の節足動物だった。
「ほら、お前たち、俺にばかりくっついて恥ずかしがらないで挨拶しなよ」
優しく促すと、彼を狂信的に愛している「何か」たちは、彼の衣服にべっとりと、腐臭のする体液を愛おしそうに擦り付けながら、「ギチギチギチ……」「シュルシュル、ジュルリ……」と、卒倒しそうな不快な音を立てる。
セイジロウは、それを「ふふ、可愛い声で鳴くなよ」と、うっとりした表情で聞き惚れているのだ。
あまりの悍ましさと狂気に、屋敷の周囲には誰も近づけず、セイジロウの『楽園』は、『生き地獄』と揶揄されるようになった。
* * * * *
「……ホリィさん、次の案件ですが……例の『セイジロウの屋敷』の件です。
近隣住民から『夜な夜な地獄の底から響くような怪音が聞こえる』
『屋敷の隙間から、見たこともない巨大な足や触手が見える』と、泣きつかれまして……。
衛兵たちも、門をくぐっただけで、あまりに臭くて、嘔吐して戻ってくる始末なんです」
エドが、吐きそうな顔で報告書を差し出す。
「本人は、健在なのよね?」
「はい……毎日、楽しそうに笑い声が聞こえるそうです。それが余計に気味が悪くて……あの」
「続きを聞きたくないわ。ねぇエド。私、この仕事、辞めてもいいかしら?
あ、良いこと思いついた。今日だけ役割を交代しましょう」
「勘弁してください」
「ちょっと、私のセリフを先に言わないでよ」
ホリィは渋々現場となった街外れの豪邸を訪れた。
門をくぐった瞬間から、鼻を突くのは肉が腐敗したような、それでいて妙に甘ったるい、嗅いだことのない悪臭。
窓から覗く屋敷の奥では、セイジロウが床に座り込み、天井に届くほど巨大な「灰色に脈打つ肉の塊」を、慈しむように強く抱きしめていた。肉塊から伸びた無数の細い触手が、愛おしそうに彼の体を包み込んでいる。
ホリィは、静かに眼鏡を外した。
世界の輪郭が、わずかに揺れる。
彼のスキルは本物だった。彼はその強大すぎるチート能力で、「異形の怪物たち」を本当に魅了し、完璧に従えていたのだ。ただ、彼の狂った眼が、それらを『絶世の美少女』だと認識して、自ら進んで怪異の巣窟へ飛び込んだだけで。
ホリィの視線に気づいたのか、セイジロウの背後で、天井を埋め尽くしていた「肉塊」の亀裂が、ズルリと裂けた。
中から現れたのは、人間の歯が数千本もびっしりと生え揃った、巨大な『裂け口』。
口は、最愛の主に近づくホリィを威嚇するように、ギチギチと牙を鳴らした。
彼はそれに気づかず、肉塊に頬を寄せている。
「おや、どうしたんだい? 急に激しく脈打って……。あー、なるほど。俺が他の女を見たから、嫉妬してるのかい? 可愛い奴だな」
ホリィは一切の表情を崩さず、静かに眼鏡をかけ直した。
そこにはただ、暗がりで化け物たちと幸せそうに微笑み合う男が一人いるだけだった。
「……調査、終了」
振り返ることなく、即座に屋敷の敷地を出た。
「ホリィさん、やはり討伐隊を組んで、あの屋敷を焼き払うべきでしょうか……!」
資料編纂室に戻ると、エドが青い顔で詰め寄ってきた。
「やめておきなさい。本人はあれを『天国』だと信じて、これ以上ないほど満足してるわ。
もし彼を殺してスキルが解かれるようになれば……あの化け物たちの矛先が私たちに向いて、どうなるか」
「そんな……じゃあ、あのままにしておくしか……!」
「ええ。本人が世界一幸せで、街の安全も保たれている。なら、それでいいじゃない。
私たちにとって、あれが悪夢だとしてもね」
(対象の精神異常、および隔離推奨。危険度S。接触厳禁)
ホリィ書類に現状を綴ると、判を押した。
冷えた珈琲を啜り、口の中に広がる苦味で、鼻の奥にこびりついたあの豪邸の甘ったるい腐臭を強引に上書きしながら、窓の外を見る。
ハーレムは男の夢だなんて言われることもあり、若い冒険者たちも、一つのゴールとして
いつか自分も、と夢を語り合っている。
その「理想の相手」が、どんな姿をして自分の前に現れるかも、知らないまま。




