レポート022 経験値ブースト×歩くだけでレベルアップ ― 老衰
魔物を倒さずとも、ただ「歩く」だけで経験値が手に入るユニークスキル。
さらに、そのすべてが「10倍」になって加算される、夢のような能力の掛け算。
青年、キョウヤは、20歳の、エネルギーに満ちた若者だった。
不慮の事故による転移の際に、神様に頼んで得た二つの力。
「いやあ、本当に楽な世界っすわ。毎日街をぶらぶら散歩してるだけで、勝手にレベルが上がって
強くなれるんすから。努力とか、マジでバカバカしいっすよ」
異世界に来たばかりの彼は、周囲を冷笑しながらも、強大なスキルの力の掛け合わせで、驚異的な早さで成長を続けていた。だが、その全能感もまた、あっという間にすり潰されていくことになる。
徐々に彼を蝕んでいた異変を自覚はじめたのは、異世界に来て半年が過ぎる頃だった。
ある日、鏡の前に立ったキョウヤは、目元や口元に皺が増え、肌のツヤが失われ始めたことに気づいた。
この世界に来た頃とは違う、精悍な顔つきに、引き締まった肉体。
周囲と比較にならない速度でのレベルアップによる変化が、異変の兆しを見落とすきっかけになった。
それから更に半年。
キョウヤは気づいた。顔の彫りと皺が深くなり、肌がパサパサになったことを。
髪に白いものが大量に混じっていたことを。
彼が手に入れたユニークスキル。その輝かしい包装紙の裏に隠されていた代償。
『経験値10倍』の裏の『老化10倍』。
『歩くだけでレベルアップ』の裏の『老化4倍』。
重複した能力は、「40倍」の速度で、彼の肉体時間を爆進させていた。
キョウヤは、宿屋の部屋に引きこもるようになった。
だが、「歩くのをやめる」だけでは、死への坂道は止まらない。
異世界に来て、まだたったの1年。
彼は、ベッドの上で、白髪に覆われた壮年の体になり、ただ天井を見つめていた。
* * * * *
「……ホリィさん、次の案件ですが、キョウヤさんってご存知ですか?」
「ええ、同郷よ。彼が転移した頃に会ったことがあるわ。もう1年以上前ね。
20歳で転移したって言ってたから、少し年下になるのかしら。彼がどうかしたの?」
「はい、急速な『老化』が進んでいるようでして。宿の個室に引きこもったままなんです。
宿の主人の話では、部屋から聞こえる声が、どうしてもお爺さんのものにしか聞こえないらしくて……一度見てほしいと」
エドが、怪訝な表情で報告書を差し出す。
「……老人が出来上がった、と。別人ではなく?」
「はい。呪いや病術の類も検知されず、手の施しようがなくて。一度会いに行ってもらえませんか?」
ホリィは彼の部屋を訪れた。
「入るわよ」
部屋の空気は、どことかくすんだ、枯れ葉のような匂いが満ちていた。
ベッドの上に横たわっていたのは、深く皺の刻まれた、よぼよぼの老人だ。
かつてのキョウヤの面影は、その瞳の奥の絶望に、ほんの僅かに残るだけだった。
「キョウヤ、久しぶり」
「おぉ……ホリィ……さん」
気配を察したのか、キョウヤがゆっくりと、枯れ木のような首を向け、応えた。
完全に老人になってしまった、掠れた声。
ホリィは、静かに眼鏡を外した。
世界の輪郭が、わずかに揺れる。
老人の肉体から、目に見えない「時間」の粒子が、凄まじい勢いでメラメラと立ち上り、天に吸い込まれ続けている。
「……レベルは上がってるんだ。誰よりも強いはずなのに……なのに、どうして……
け、剣も握れない……。寝て起きるだけで、また歳を取るんだ……助けてくれぇ……」
キョウヤは、自分の、シミだらけの細い手を凝視しながら、がたがたと震えていた。
「……俺、来年には、死んでるのかな……」
ホリィは答えず、ただ静かに眼鏡をかけ直した。
「じゃあね」
キョウヤが亡くなったとギルドに報告が入ったのは、その翌月だった。
老衰だった。
* * * * *
「ホリィさん、彼は……解呪の術師でも何とかできなかったんですかね」
エドが尋ねてきた。
「無理だったわね。呪われていたわけじゃないもの。彼はただ、人より少し早く、自分の人生を『消費』し尽くしただけね」
「まだ1年だったんですよね……」
「……強い力を得るということは、そういうことよ。誰も、何も支払わずに強くなれるわけがないの。」
ホリィは事務的に、死亡届に判を押し、冷えた珈琲に口を付ける。
「エド、あなたは死ぬまでにやりたいことはある?」
「え、何ですか急に。そうだなぁ……とりあえず、まだ行ったことのない、美味しいと評判の人気店を制覇したいですね。
……ということで、ホリィさん、良かったら今晩、一緒にどうです?」
「あら、あなたも生き急ぎたいの?」
「ちょっと、からかわないでくださいよ」
ホリィはケラケラと笑う。
「仕事が早く終わりそうなら、考えてあげる」
「言いましたね。よしっ!手伝います!」
窓の外の広場では、今日も若い冒険者たちが「効率のいい経験値稼ぎ」について、楽しそうに談笑している。自分たちが一歩進むたびに、どれだけの命の砂時計がひっくり返っているかも、知らないまま。




