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レポート021 自動マッピング ― 行方不明

 見知らぬ土地を歩いたり、ダンジョンを攻略する者にとって、頭の中に、

 直接、寸分狂わぬ地形が描かれていく『自動マッピング(地図化)』は、

 まさに神からの至高の贈り物である。


 斥候のアニー。その能力のおかげでどんな険しい未踏の地からでも、パーティを連れて

 生還する女として信頼されていた。


 あの日、彼女が宿屋の自室で、いつものように頭の中の「白地図」を眺めるまでは。



 その日、アニーは一歩も部屋から出ていなかった。

 なのに、脳裏にある地図の余白が、勝手に、猛烈な勢いで「線」を紡ぎ始める。


(……なによこれ。どこを描いてるの?)



 訪れたこともない、この世界のどこにも存在しないはずの歪な地形。

 幾度も折れ曲がる歪な通路。

 幾何学的な、だが明らかに人間のものではない巨大な建造物の群れ。


 頭から消そうとしても、閉じようとしても、インクが染みるように地図は広がり続ける。


 次に、地形のあちこちに、奇妙な「印」が打たれはじめた。


 最初は、ただの黒いシミだと思った。

 だが、そのシミは、地図の拡大と共に、おぞましい形を成していく。

 異常に長い無数の腕を持つ影。

 顔のない人型の群れ。

 それらが、地図のあちこちに、無数に、びっしりと描き込まれていく。



「……き、消えて……!」


 止まらないスキルの使用に、強烈な頭痛が伴い、耳の奥で「シャリ、シャリ」と

 乾いた羊皮紙にペンを走らせるような不快な音が響き、止まらない。



 この世とは思えない、地獄のような世界が、彼女の脳内で完成していく。


 そして。


 地図の端に、ぽつんと、新しい「印」が描き足された。

 ベッドの上で頭を抱えて震えている、アニー自身の後ろ姿の絵だった。


「ひっ……!」


 息を呑んだ瞬間、彼女の足元から、「床」の感触が消え、地図に描かれていた、

 じっとりと濡れた、どす黒い結晶の地面へと変わっている。


 見渡すと、部屋の壁は消失し、どこまでも続く、醜く蠢く天井が広がっていた。

 

 近くの通路の陰から、地図に描かれていた「あの影」が、無数の腕を伸ばしながら這い出てくるのが見えた。


 アニーが最後に理解したのは、スキルを通して「向こう側の世界」がこちら側を測量し、

 自分を引きずり込むための呼び水になったということだけだった。



* * * * *



「……ホリィさん、おはようございます。眠そうですね」

「うーん……最近寝付けなくて。それで、今日は?」

「はい、こちらが今回の件です。宿屋の個室から、Bランク斥候のアニーが忽然と姿を消しました。

 荷物も武器もそのままで、窓もドアも内側から施錠されていたそうです」

 

 エドが差し出した書類を、珈琲を啜りながら眺める。


「完全な行方不明、ね」

「部屋には争った形跡すらなくて……。ただ、妙なものが残されていたんです」

「私に見に行ってほしいと」

「はい、今日もお願いしますね。お気をつけて!」



 午後、ホリィは現場となった宿屋の部屋を訪れた。


 エドの言う通り、部屋は何一つ荒らされていない。

 ただ、宿の壁に、べったりと「黒いインク」のようなもので、乱雑な線が幾重にも書かれていた。それは、狂ったように何度も折れ曲がる、歪な通路の『地図』のようにも見えた。


 ホリィは、静かに眼鏡を外して、目を凝らす。

 世界の輪郭が、わずかに揺れる。



 おぞましい異形の化け物が跋扈する、地獄のような世界が見える。

 中央の広場に、恐怖に顔をゆがめ事切れたアニーらしき姿。

 

 ホリィは表情を変えないまま、眼鏡を掛け直した。


(……調査、終了)



「ただいま」

「お疲れ様でした。どうでした、ホリィさん。何か手がかりは?」

 資料編纂室で待っていたエドが、身を乗り出す。


「いいえ、何も。部屋に落書きがあったけど、ただの悪戯ね。

 夜逃げか、あるいは突発的な転移魔術の暴走でしょう」

「そんな……。彼女すごく優秀な斥候だったんですよ?」


 ホリィは『行方不明』として報告書に判を押し、冷えた珈琲を啜った。


「……どれだけ優秀でも、迷い込んではいけない場所に入ってしまったのなら、

 もう誰も連れ戻せないわね」

 

 窓の外では、冒険者たちが「この先のダンジョンの地図を手に入れた」と、

 嬉しそうに笑いながら歩いている。その地図の余白に、何が描かれているかも知らないまま。

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