表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/31

レポート020 上限突破 ― 精神崩壊

 「ついに、レベル150だ!」

 異世界転移者で、職業は勇者。タクマは、ついに大台に到達し、

 全身から溢れ出す圧倒的な魔力のオーラを纏い、高揚した声で笑った。


 異世界人だけの特権。それは、この世界の住人の限界値(レベル99)を超えて成長できること。

 それが「選ばれし者達」の証だと、誰もが信じて疑わなかった。



「……タクマ君。最近、体調はどう? 物忘れが激しいって聞いたけど」

 

 ギルド内の応接室。

 ホリィの問いに、タクマは一瞬だけ、何かに怯えるような目をした。


「……ああ。大したことじゃない。ただ、ちょっとね。……昨日、自分の実家の住所を思い出せなくなったんだ。いや、住所どころか、県の名前も、通っていた学校の名前も、親父の顔も……」

 彼は震える手で頭を抱えた。


「でも、レベルが上がれば全部解決するはずなんだ。もっと強く、もっと高いレベルになれば、きっと何とかなる……そうだろ?」

「そうね……」


 ホリィは否定も肯定もせず、書類に目を落とした。



* * * * *



 魔王軍幹部との決戦。

 タクマは、幹部を撃破し、レベル200を超えていた。


 歓喜に沸く兵士たち。だが、その中心に立つタクマだけは、血濡れの剣を握ったまま、

 石像のように微動だにせず、虚空を見つめていた。



 勝利の凱旋。そこに、タクマの姿はなく、周囲の目を忍んでギルド最奥の秘密部屋へと連れてこられていた。


 ホリィは、静まり返った部屋で彼を鑑定する。

 

 『予備燃料スロット:前世記憶 0.00%』


 異世界人が限界を突破できる理由。それは、異世界人が持つ「前世の膨大な記憶」を、

 「高純度の燃料」として使い、レベルアップの上限突破として消費するからだった。


 彼は魔族を倒すための最後の出力を得るために、「自分が人間であった」という最後の記憶すらも、青い炎へと変えて焼き尽くしていた。


「……タクマ君?」

 ホリィが声をかける。


 最強の勇者は、ゆっくりと首を捻った。

 その瞳には、光がない。口は半開きになり、涎が垂れ、胸元を汚している。


「……タク……マ……?」


 彼の脳内にはもう、日本の風景も、好きだった漫画も、元の世界に帰りたかった理由も、何一つ残っていない。


 コンコン――


 部屋がノックされ、ギルド長と、職員二名が入室してくる。


「残念ですが……」

 ホリィはギルド長と目を合わせると、首を横に振る。

 

「よし、連れてけ」

 ギルド長の声と共に、タクマの顔にフード掛けられ……

 両脇を抱えるように、ギルド員が彼をどこかに連れていく。



「ホリィ君、わかってるね?」

 部屋を出るホリィに、ギルド長が釘を刺した。


* * * * *



 ギルドの資料編纂室。


 ホリィは、遠くから微かに聞こえる凱旋パレードの喧騒を耳にしながら、手元の報告書に事務的に引判を押した。



 ――勇者タクマ。魔族との戦闘中の負傷により、帰還後、死亡。



 異世界人が世界の理(上限)を突破した末路は、例外なく闇に葬り去られなければならない。


 カチャ、とペンを置く。

「……あれ。私、さっき何を思い出そうとしてたんだっけ」


 ホリィは、自分の記憶の端を懸命に探る。

 少し前まで鮮明に思い出せたはずの、日本のコンビニのコーヒーの香り。それが、今日は霧の向こうに隠れているように薄い。

 彼女は震える手でデスクの引き出しの奥を開け、一枚の、ひどく古びたメモを取り出した。

 そこには、いつかの自分が忘れないように書き留めた、この世界には存在しない文字(漢字)が記されている。


『 堀井 ……』


「……ほり、い。私の、名前……」

 この世界で生きる、あるいは世界の歪みを観測し続けること自体が、自身の魂を燃料として磨り減らしていく行為なのかもしれない。


 しんと静まり返った部屋。

 ホリィは、デスクに残されていた、すっかり冷え切った珈琲を一気に飲み干した。


 口の中に広がる、容赦のない冷たい苦味。

 まだ「自分」の輪郭が残っているうちに。


 彼女はメモを再び引き出しの奥へと仕舞い込むと、新しい羊皮紙に向かって、狂ったように静かに羽根ペンを走らせ始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ