レポート019 無限再生 ― 再処理
少年オルフェ。
冒険者ギルドの期待を一身に背負う「神童」だ。
どんな絶望的な状況でも、彼は決して折れることがない。
どれだけ傷ついても、たとえ致命傷を負っても、心臓が止まったとしても……
彼だけが持つユニークスキル――『無限再生』があった。
死んでも、10秒も経たないうちに元の身体に戻る。
傷を負えば痛みもあるし、死ぬようなダメージを受けた時には、それだけで気絶しそうになる。
それでも、難攻不落のダンジョンや、数々の強敵と闘う中で、
何十回、何百回と死に続けた結果、死や痛みに対する恐怖を克服した。
彼にとって、もやは「死」は、単なる「やり直し」のスイッチに過ぎなかった。
いつもと違ったのは、通算一千回目の死を迎えた直後だった。
一瞬で戻るはずの意識が、真っ暗な空白のなかに放り出された。
(……おかしい。再生できない?)
やがて視界が開けた時、オルフェは「無数の、自身の死体」の上に転がっていることに気づいた。
首を跳ねられた自分、毒で顔を黒ずませた自分、罠で串刺しになった自分。
いずれも、身に覚えがある死因だ。
空はどんよりと赤黒く、風もないその亜空間には、鼻を突く血生臭さと、
機械的な重低音が響き渡っていた。
「……あ」
見上げた先には、牛の頭の怪物と、馬の頭の怪物。
牛の頭は、無感情な動作で、山から「自分(死体)」を一体ずつ拾い上げると、
巨大な家畜用シュレッダーの投入口へと放り込んでいく。
バリバリ、という硬い骨を砕く音が響き、出口からはぐちゃぐちゃに混ざり合った
ピンク色の肉塊が、コンベアに乗って吐き出されていく。
その先では、馬の頭が、慣れた手つきで肉塊を捏ね、
粘土細工のように「オルフェ」の形へと成形していた。
(俺は、俺の残骸で、作り直されて……)
意識があるまま、オルフェの身体も、化け物の太い指に掴み上げられた。
目の前に迫る無機質なシュレッダー。
そして、足から回転刃に巻き込まれ、
「痛い!俺は、まだ生きて――」
叫びは、シュレッダーと、自らの骨と肉が砕け、交じり合う轟音にかき消された。
* * * * *
数日後。ギルドの資料編纂室。
「……それで、オルフェ君との面談の結果はどうでした?」
手際よく書類を整理しながら、エドが尋ねる。
ホリィは、オルフェが死に戻りをした現場の座標を訪れ、空間の「継ぎ目」を、観察したあの日の地獄を思い出していた。
大量に積み重なったオルフェの死体。牛と馬の頭をした異形の化け物。
「問題無く良好だったわ。ただ、生き返る前後の記憶が最近曖昧なそうね。スキルの乱用か、まぁ……疲れでしょう。最近、休みなく戦ってるそうだから」
ホリィの手が、わずかに止まる。
「ホリィさん、ホリィさん? 大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。ちょっと考え事を」
心配そうに顔を覗き込んできたエドに、ホリィはいつもの鉄仮面を戻す。
エドは少し雰囲気を変えるように、明るい声を出した。
「あー、そうだ。ホリィさん、もしお疲れだったら、気晴らしに一緒にご飯行きませんか? 良い店を見つけたんです」
「そうね……おごり?」
「ええ、もちろん」
「本当に良い店かしら?やり直しは無しよ?」
「はい、きっと気に入ってもらえるかと」
「じゃ、案内よろしく」
ホリィはそう答えると、報告書に、軽度の疲労と短期間の休息を推奨と、当たり障りのないコメントを入れ、機械的な動作で「問題無し」の判を押した。
カチャン、と静かな音が響き、書類が閉じられる。
ギルドを出て、エドと共に西日が強くなりつつある広場を歩く。
「俺も、オルフェと同じ無限再生引けたわ。死んでもやり直せるって、最強でしょ!」
大通りの近くでは、また別の「幸運な」転生者が、自分の能力を仲間に自慢げに語っていた。
ホリィはそれを一瞥し、二度と振り返ることはなかった。
やり直しなど、この世界のどこにも、一度だって行われていないのだから。




