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レポート011 諸刃の刃と転生の札 ― 転生事故

 地方都市の下級貴族の長男ルーフ。

 町人の娘だった母に父親が手を出し、自身が生まれてからこれまで、虐げられる日々を過ごしていた。

 母の死、義理の母となる女性ミラとの再婚を期に、ついに家を追い出され、泥をすするような苦労を重ねてきた。



 ある霧の濃い夜のことだった。


 いつか父に復讐を。そう願いながら夜の底を歩くルーフの前に、老婆のようにも、美女のようにも見える謎の女性が現れた。


「そこの紳士の方」


 ルーフは物乞いの類だと思い、無視しようと決めたが、ふと足を止めてしまった。



「これはこれは、マグマよりも熱い、復讐の炎を滾らせておいでだ。

 よければ私が力になってやろうじゃないか」


 ヒッヒッヒッと笑い、布に包まれた「何か」を差し出した。



「……詐欺か?悪いが興味は無い」

「父親への復讐、したいんだろう?」

「なぜそれを!!どこで聞いた!」

「顔を見れば書いてあるさ。どうだい?これを使えば、望みは叶う。

 ひと突きで必ず相手を絶命させる……その代わり、それ以上の不幸が自分に跳ね返る、諸刃の短剣。

 確実にあんたも死ぬことになる。覚悟はあるかい?」


 ルーフが顔を歪めると、女はさらに、高級そうな白紙の札を差し出してきた。


「もし死ぬのが嫌なら……こんなのもあるがね。『転生の札』さ。

 これを持って死ねば、次の人生へ魂をパスできる。

 そうだね……二つ合わせて、あんたの全財産で譲ってやろう」


「……これが本物だという証拠は?」 

「ああ、やだやだ。これだから疑り深いのは」


 女は、大きなフードに隠れた懐から、素手で鼠を取り出した。

 そして、短剣を男に握らせる。


「軽く撫でてみな。何、死にはしないよ。命の価値が違い過ぎる。」


 恐る恐る、首根っこを掴まれ、暴れている鼠に刃を当てると……



 瞬く間に鼠は息絶え、

 男の心臓にチクッと痛みが走った。



「……ハハハハ、これは良いものを持ってるじゃないか。

 死ぬなら金なんかいらない。両方買わせてもらおう。」




 襲撃の夜。


 本家に現れたルーフの姿に、警備や屋敷の世話係が止めに入ったが、

 「父に話がある」の一言で、あっけなく書斎まで素通りできた。



 そこにいるのは、父と、お腹が大きくなった義理の母ミラ。


 復讐は、いともあっさりと終わった。


 父が何かを言い出す前に、ルーフが、彼の腹部にただ短剣を突き刺すだけ。

 父親は声もなく絶命した。



 すると、女が言った通り、呪いは即座にルーフの肉体を蝕み始める。

 内側から肉を噛みちぎられるような激痛。


 隣で叫ぶミラを見ながら、ルーフは薄れゆく意識の中で札を強く握りしめた。



* * * * *



 視界が白く染まる。圧倒的な光。

 慈悲に満ちた、耳障りの良い神々しい旋律が響く。



『……ここに来るとは、哀れな人の子よ。ほう?それは……理の外との契約。

 よかろう。それが汝の望みであるなら……』


(あぁ……良かった。あの女は本物だった。俺は、やり直せるんだ)

 ルーフは、温かな何かに抱かれるような多幸感の中で、深く、深く安堵した。



* * * * *




 気が付くと、彼は「箱」の中にいた。

 動かない。指一本、瞬き一つ、呼吸の調整すら自分ではできない。

 目は動くが、それだけ。意識は異様なほど冴え渡っている。



 視界の端から、見覚えのある顔が覗き込んできた。

 あの夜、屋敷で腹を大きく膨らませていた、懐妊中だった義母のミラだ。


 かつての慈愛に満ちた表情ではない。

 彼女の瞳には、ドロドロとした黒い澱みが溜まっていた。



「……あら、気が付いたのね。よかった。あの方の言った通りになったわ。

 おかえりなさい、『ルーフ』」

 ミラの冷たい手が、胎児の頬を撫でる。


 指先が触れるたび、そこから「嫌悪」という名の電流が走り、脳を焼いた。


「私の大事な赤ちゃん。ああ、おまえのせいで……早産になって、一生寝たきりに……」



 『転生の札』が導いた先は、他でもない、あの夜、ミラのお腹にいた「胎児」だったのだ。



 夫の遺産をすべて手に入れ、夫を殺した相手を身動きのできない肉体に閉じ込め、

 一生をかけて合法的にいたぶる権利を得たミラ。

 彼女の口元から、下卑た笑いが漏れる。


 ミラは、暖炉で温め過ぎたスープを掬い、躊躇いなく赤子の口の中にゆっくりと入れた。

 その瞬間、言葉にならない痛みが全身を駆け巡った。


「……ずっと、一緒にいましょう。ねぇ、ルーフ」


 これは救済ではない。

 この閉ざされた肉体という終身刑の牢獄へ、魂を逃さず梱包するための「罠」だったのだ。



* * * * *



 ギルドの資料編纂室。ホリィは、件の屋敷から戻り、事務的にペンを動かしていた。


 「……夫人は、悲惨な目にあったにも関わらず、気丈にふるまって、

  障害が残ったお子さんに対しても献身的な介護だと、街でも評判ですよ」


 ギルド職員のエドが感心したように報告する。



「……そうね。ただ、あの赤子」

「赤子?」

「いえ、何でもないわ」


 ホリィは、眼鏡を外して、赤ん坊の中の魂を観察していたが、

 何らかの意志が介在したとしか思えない因果応報の復讐劇を「ただの記録」として閉じ、冷めた珈琲に口をつけた。

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