表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/31

レポート010 読心術 ― 殺人

 魔導士ハーディには、周囲の者の「心の声」を直に聴くスキルがあった。

 

 他人が何を考え、何を企んでいるのかが、耳を塞いでも脳に直接声となって届く。

 つい本音が聞こえてしまう男にとって、パートナー探しは極めて難航した。

 

 何年にもわたり、様々なパーティを渡り歩き、ようやく、心から信頼できる

 優秀な二人の仲間――戦士コンボイと、治癒術士の少女クローバーと出会うことができた。

 

 このスキルのおかげで、相手の行動の先読み、味方との連携と、数々の危機を切り抜け、

 周囲からも一目置かれるパーティへと成長してきた。



 異変が起きたのは、郊外にある古い遺跡の探索から戻った後だった。

 通りを三人で歩いているとき、男の頭の中に、唐突に「濁った音」が流れ込んできた。



『……ハーディにはもう我慢できない。ヘラヘラしやがって。近いうちに殺す』

『ハーディ、呑気ね。さっさと死ねばいいのに』


 声の主は、仲間の二人。


 目の前では、いつも通りの屈託のない笑顔を自分に向けている。

 だが、ハーディの脳内では、彼らの声と寸分違わぬ「心の声」が、殺意を撒き散らし続けていた。



(俺を殺すつもりなんだ。……いや、何かの間違いじゃないのか。)



 それからというもの、男の脳裏では、彼らの『油断したところを殺そう』という言葉が、

 呪詛のように四六時中響き渡るようになった。



 ある薄暗い雨の日。三人での夕食後、宿に戻る途中で、ついにその時が訪れた。



『昨日の手はず通りに、部屋に戻って油断したところを、後ろから刺す』

『彼の金庫の番号は把握してる。殺した後、お金だけ回収したら国外逃亡ね』



(殺される前に、殺す)



「今日も疲れたなぁ!なぁハーディ、先に入れよ」

「あぁ、わかった」


 ハーディにも心の準備はできていた。

 朝からソワソワと、二人の様子がおかしかった。


 明かりがつく前の部屋。

 入った直後、振り返りながら、懐に入れていた護身用の短剣を、コンボイの首元めがけて横に薙ぐ。


「あっ……がっ!ごぼっ」

「……きゃあああ!コンボイ!……ぐっ!」


 戦士の喉笛を的確に割き、悲鳴を上げた少女の首を狂ったように絞め続けた。

 先手を取ったのだ。これで自分が生き残れる。

 ガクリ、と少女の身体から力が抜けた。



 二人は完全に息絶え、部屋にはしんと静寂が訪れた。

 男は血塗れの手を見つめ、「これでやっと、あの恐ろしい殺意から解放される」と

 深く安堵の息を吐いた。


 二人の死体を前に、男が立ち上がり、部屋のランプに火を灯す。


 <ハーディ 誕生日おめでとう これからも一緒に頑張ろうね>


 テーブルに置かれていた手紙と、プレゼントであろう、丁寧に布の巻かれた新しい魔導ステッキ。


 その瞬間だった。


『……今のうちに、こいつを油断させて殺そう』

『後ろから串刺しよ』


 ハーディは硬直した。

 男の脳の真ん中で、再び「二人の声」が響いた。死体は床でぴくりとも動かない。喉も完全に潰れている。


 それなのに、声は止まらない。


 コンボイの声も、クローバーの声も、まるで精巧な機械で再生されているかのように、全く同じ抑揚、全く同じ間の取り方で、寸分違わず繰り返される。


『……今のうちに、こいつを油断させて殺そう』

『後ろから串刺しよ』


 それは二人の心の声などではなかった。最初から、彼の耳にこびりついた「何か」が流し込み続けていた、ただの音。


「ああああああああぁぁぁ!!」

 ハーディの、自らの両耳をむしり取らんとするような絶叫が、雨の宿中に響き渡った。

 


* * * * *



 数日後。ギルドの資料編纂室。


「ホリィさん、これ。先日、宿で仲間を殺害した冒険者の件なんですけど……」

「奇遇ね。昨日、地下牢に面会に行って来たわ」


 ホリィは書類を受け取りながら、昨日の光景を思い出す。

 暗い牢の奥で、自分の耳を血が出るほど掻き毟りながらブツブツと呟いていた男。

 あの時、静かに眼鏡を外したホリィの「眼」には、男の両耳の穴から、びっしりと生え出た「真っ黒な無数の小さな唇」が、楽しげに歌うように蠢いているのが視えていた。


「捕まった牢の中でも、ずっと『油断させて殺そう』って、何かに怯えて同じ言葉を繰り返してるって。精神疾患として、死刑の執行まで放っておいていいですかね?」

「ええ。ただのパニックとして処理して頂戴。これ以上調べる必要はないわ」


 ホリィは感情の消えた瞳で、報告書に「処理済」の判を押した。


 他人の心を覗き見るという強大な力と、信頼する仲間の間に、世界の外側から這い出てきた何かが滑り込んだ。ただそれだけの話。


「……人の心の中なんて、見えないからいいのにね。自分の『耳』を過信して、一番大切なものを見失うなんて。ねぇ、エドもそう思うでしょ?」

「あ、すみません。ちょっと書類に集中してて。何か言いました?」

「ええ、それぐらいで丁度良い、って言ったの」


 ホリィは、笑いながら冷えた珈琲を飲み干すと、窓の外、激しい雨に煙る王都の街並みを静かに見下ろし続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ