↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神様は勇者様 少女と元魔王の転生譚  作者: Yu_Yu
第三章 外伝

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
64/64

外伝 終話 


 

 店内の空気は、依然として張り詰めたまま、誰も次の言葉を発することができなかった。ただ、金属の匂いだけが、やけに濃く感じられた。そんな中、アリシャは、まるで守護者のように、しっかりと盾を構えて立っていた。それは、誰かを守るためでも、あるいは誰かを威嚇するためでもない。ただ、「自分はここにいる」「この取引を諦めない」という、静かな意思表示だった。腕はわずかに震えていたが、彼女の膝は決して曲がらず、逃げ出すことも、一歩も後ろに下がることもなかった。


 その、言葉なき姿勢だけで、十分だった。


 店員はしばらく黙り込み、少女のようにも見えるが、決して譲らない客であるアリシャと、落ち着き払った貴族の少年とを、交互に見比べた。どちらも、一歩も引く気配はなかった。その二人から発せられる無言の圧力に、店員はついに折れた。


「……わかった」


と、短く息を吐いた店員が、諦めたように言った。


「ならば、二枚で銀貨二十五枚だ。それ以上は、どうやっても無理だ」


 アリシャの胸の奥で、喜びの鐘が、きゅっと鳴った。


「……通った……」


 心の底から湧き上がる喜びを、顔に出すまいと、アリシャは必死に感情を抑え込んだ。ここで、嬉しさのあまり弱みを見せれば、この苦労して得た勝利が、まるで最初から負けていたかのように感じられる気がしたからだ。


「本当に、ありがとうっス…」


 彼女の声は、わずかに柔らかさを帯びていた。店員は、不機嫌そうにしながらも、小さくうなずき、手早く装備を整えてアリシャの前に差し出した。


「次からは、最初からその知識を披露しろ。ちゃんと見るからな」


 店員の言葉は、以前のような侮蔑を含まず、むしろ、アリシャの知識を認めるような、どこかぶっきらぼうな助言のように聞こえた。「はい」と、アリシャは短く応じた。


 胸の奥が、じんわりと温かいもので満たされていく。ようやく取引は終わった。そして、何よりも、これは正当な、ちゃんとした取引だったのだ。彼女の心は、深い満足感と安堵に包まれた。


 アリシャは、革袋から銀貨を二十五枚数えて取り出し、店員へ渡すと、ようやく手に入れた装備をしっかりと受け取った。それだけで十分満足すべきだったはずなのに、ふと、あの貴族の少年が気になった。彼は、もうすでに別の装備へと手を伸ばしており、先ほどの激しいやり取りなど、まるで何もなかったかのように、淡々と自分の用事を済ませているようだった。


「……なんだったんっス……」


 直接的に「助けられた」という感覚は薄い。だが、「自分自身が正しく見られた」という、その揺るぎない事実だけが、アリシャの胸に深く刻み込まれていた。


 彼女は、店の外へと一足先に足を踏み出した。外の新鮮な空気が、凍えていた肺腑に一気に流れ込み、帝都の喧騒が、再び耳に飛び込んでくる。人々の話し声や足音、馬車の蹄の音、街全体の振動。しかし、それらは以前とは全く違う響きを持っていた。世界が、ほんの少しだけ、明るく鮮やかに見えたのだ。彼女の心に、これまでになかった希望の光が灯ったようだった。


「……借りは、作らないっス」


 それが、アリシャが幼い頃から、どんなに苦しい時も守り続けてきた、自身の揺るぎない流儀だった。だから彼女は、店の入り口のすぐ横、通行人の邪魔にならぬような場所に立ち、手にした装備をしっかりと抱え直し、じっと少年が現れるのを待った。


 しばらくして、少年が店の扉をくぐり、外へと出てきた。アリシャは深く息を吸い込み、少しだけ緊張しながらも、彼に声をかけた。


「さっきは」


 少年は、アリシャの声に足を止め、こちらに視線を向けた。近くで見ると、やはり彼女と同じくらいの年齢に見えるが、その佇まいは、妙に大人びていて、落ち着き払っていた。どこか超越したような雰囲気があった。


「ちゃんと買えて嬉しかったっス。」


 アリシャは、努めて落ち着いた声でそう言い、深々と頭を下げた。


「お礼は言うっス。でも、借しは作りたくないっス。」


 少年は、アリシャの言葉を聞いて、しばらくの沈黙を置いた後、


「借りではない」


 と、やはり感情のこもらない淡々とした声で答えた。


「俺の、都合だ」


 その言葉は、アリシャを少しばかり戸惑わせた。それは、見返りを求めるような善意や、あるいはただの親切心といった感情的なものではなく、あくまでも彼自身の合理的な判断に基づいた行動だというのだ。だからこそ、そこには変な同情や、ねっとりとした好意といった、彼女が最も嫌うものが一切含まれていなかった。


「それでも、ジブン学園の試験を受けたっス。すぐは、無理でも、ちゃんと稼げるようになったら、お返しするっス。」

「不要だ。」


 少年の即答には、一切の迷いや揺れがなかった。アリシャは少し困った顔になった。このような相手に対して、どう返答すれば良いのか、全く分からなかった。彼女の人生の中で、このような徹底した合理主義者と出会うのは、初めての経験だった。


 少し考えた後、アリシャは新たな提案をした。


「じゃあ、せめて名前だけ教えてほしいっス。」


 少年は、アリシャの言葉に、わずかに眉を動かした。それは、困惑というよりも、どこか面白がるような表情に見えた。


「ザイン。俺も学園は受験している。学園で会った時にでも、役に立ってくれればいい。」


 その予想外の返答に、アリシャは思わず軽く笑ってしまった。


「ジブン、顔と名前を覚えるのは得意っス。ザインさん。覚えたっス。」


 少年は、一瞬だけ考えてから、静かにうなずいた。短いやり取りの中に、最低限の情報だけが交わされた。それで、彼らにとっては十分だった。


「いずれ、また会うこともあるだろう」


 そう言い残し、少年は再び歩き出した。そして、一度も振り返ることなく、帝都の雑踏の中へと消えていった。


 彼女はその背中を、ずっと見送っていた。胸の奥が、何だかくすぐったくなるような、不思議な感覚に包まれた。


「……変な人だったっス。でも、悪人じゃなさそうっス。」


 帝都に来て以来、ずっと感じていた、見た目や年齢だけで判断される不快感。しかし、彼は初めて、アリシャをその外見や年齢でなく、彼女の立ち居振る舞いや、信念の強さ、そして知識といった「中身」で評価してくれた人間だった。


 彼女は、手にした装備を改めてしっかりと抱え直し、小さく、しかし確かな息を吐いた。


「……よし」


 まだ何も始まってはいないけれど、あの学園で、きっとあの少年を見つけるだろう。そして、見つけたら、必ず話しかけるつもりだった。それは、一方的な感謝の気持ちからでも、借りを作らないという意地からでもない。もっと、冷静で、合理的な「損得」の問題だった。


 正しく自分を評価してくれる人間を手放すのは、明らかに損だ。そして、その冷静な判断を下した自分自身を、アリシャは、心の奥で少しだけ誇らしく思ったのだった。新たな世界への扉が開いたような、そんな確かな予感が胸に満ちていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。