前代未聞
式典が執り行われていた、講堂をでて1分もしない内に、学園の関係者と思われる人物が走ってくる。
「君たち! なんてことをしてくれたんだ!」
「申し訳ございません。ですが、尋常ではない事は彼女を見ていただければ明らかかと。」
そこには依然として骸の腕を振り解こうともがいている虚ろな目をしたリリシアがいる。
「……君。大丈夫?」
リリシアの表情を見て尋常ではない何かが起こっていることを察した学園関係者の女性は、リリシアの顔を覗き込みながら話しかける。
しかし、彼女はその声にも反応することはない。
「洗脳。或いはそれに準ずる状態です。彼女とはここ2年ほどしか関係はありませんが、両親含めこのような状態になった事は聞いた事はありません。」
ザインの明瞭な説明に関係者の女性は言葉を探す。
「わかりました。ひとまず、式が終わるまで控える部屋を用意します。どうぞこちらへ。」
ダンジョンの攻略を志す者の育成機関であるため、精神異常状態に対する理解はあるようで、リリシアの問題行動は、一旦、処罰は保留とされた。というより、学園関係者の判断ではなく、皇帝の判断を仰ぐ目的で別室を用意する。
講堂からそれなりに距離のある、部屋に案内される間もずっと、リリシアはザインの顕現させた腕の中で小さくもがく。
「……今回の件ですが、状況も鑑みて穏便に進むと思いますが、ある程度の処分は下ると思います。」
「ええ、覚悟しております。」
先導する女性が、チラチラとこちらを向きながら話しかけてくる。
「幸いあなたが、止めてくれた事。あなたの家の帝国内での地位、皇帝陛下の反応を見る限り、大々的な措置は無いと思いますが。」
「配慮、いたみいります。」
「問題なのは学園長ですね。前代未聞の不祥事なので、今すぐにでも飛んで来たいと思っているでしょう。」
この学園長の情報はほとんどメフェリム家には入ってこない。教育方針や貴族たちとの立ち位置も今までの学園の方式と大きく逸脱しないことを加味し、問題さえ起こさなければいいとの判断だったが、準備不足を痛感する。
「本来であれば、審議せずにその場の極刑もありえる事案です。短慮にならないよう、わたしも協力いたしますが――。」
「問題ありません。もしもの場合はこちらで対処します。」
心配そうに話しかける女性職員に対し、ザインが突き放すように言葉を遮るのは、彼なりの優しさだ。
今、リリシアの状況を正しく理解出来ているのは彼女だ。もし、思うような結果を得られなかった場合、口約束であっても協力を約束した彼女が責任を感じることの無いようにのザインなりの配慮である。
案内された部屋は、きらびやかな装飾の施された応接間というより、個人のために用意された部屋に、だれかを招くための設備も兼ねている。
そこから推測するにここは学園長の私室なのだろう。
「では、こちらで少々お待ちください。」
問題行動を起こしたことも相まって、席にも案内されず、お茶なども出さずことなく、女性職員は去って行く。
「……それにしても、どうするべきか。」
依然としてリリシアの目は虚ろのまま。今は振り払うような動きはみせていない。
試しに、ザインはスキルによって顕現させた腕を消す。おそらく、この腕に関しても後ほど説明を求められると思うと頭痛のような違和感がこめかみに走る。
ザインの予想通り、リリシアはゆく場所を見失ったようにその場に止まる。十秒もしない内に彼女の瞳の中に、今までの輝きが戻ってくる。
「……ワタシ、一体、なんで。」
「戻ったか。それで説明できるか?」
今のリリシアの様子を見る限り、彼女の意思での行動ではなく洗脳状態にあったことは明白だ。しかも、今の狼狽状況を見る限り、記憶はあり、意識的には抵抗を行っていたのだろう。
「ごめん……分かんない。」
「……そうか。確認だが記憶はあるか? 抵抗を試みたんだな?」
「うん。なんか、急に、勝手に動き出して、そしたら動けなくなって。」
「わかった。一旦、落ち着け。」
目の前にある椅子に誘導したい気持ちはあるが、ここでの行動が、今回の処分に関わってこないとは言えない以上下手に行動もできない。そのため、最大限の配慮として、リリシアの背中を手をあて、深呼吸を促す。
「状況を整理するんだが、洗脳されるに当たって、何か原因はわかるか?」
「分かんない。皇帝陛下の方を見てたら、急に意識が遠くなって、それで。」
あの状況で皇帝を見ていなかった人間の方が少ないため、皇帝を見る事が洗脳の要因にはならない。だろうと、ザインは推測する。
「その上で、その間は記憶はあるが動けない。で、間違ってないな。」
「うん。問題ないよ。」
「よし。こちら側に害意が無いと理解して貰えれば、極刑はないだろ。」
「きょ、極刑!?」
そう言いながらリリシアは、首を抑える。
「ああ。あの状況で制止を振り切っての接近だ。その場で首を落とされなかっただけ、温情してもらえたといえるだろう。」
それも、今までのオルトリアを初めとするメフェリム家の人間と皇帝の血族との仲が良好であったからこそだ。
話の方向性は決まり、最悪の場合を想定しザインもこの場から退散するよう思考を巡らせる間、リリシアは珍しく青い表情のまま、首元をずっと抑えていた。
程なくして、式典での役割が終わった学園長と皇帝陛下が応接間に飛び込んでくる。
「なんてことをしてくれたんだ! こんなこと前代未聞だぞ!」
「それはもういい。大事がなかった。それだけで、問題ない。」
「貴方だけの問題ではないですよ。全員の前で、あの行動。それが問題だと言っておる!」
開口一番に謝罪を行う予定だった、ザイン達が入り込めないほど苛烈な言い合いが、目の前で行われる。
長い髭をたくわえた初老の男性。普段の彼を知る人物であれば、いまのように声を荒げる姿は想像することは難しいほどに。しかし、その流れを切り裂くように一つの声が響く。
「あの! この度は大変申し訳御座いませんでした!」
リリシアの声が長い廊下にもこだまする。
全員の視線に、下げられた黄金の頭が入ってくる。
こんな風に場の空気を一気に変更できる所は、素直に尊敬できる所だ。
「メフェリムの……いや、ザイン。先ほども聞いたが、彼女は君の知り合いか?」
「はい陛下。常闇の森の森番の任を受けている。エルドアの娘。リリシア・アーデと申します。」
「常闇の……素性も身元もしっかり保証されている。彼女に私を襲撃する政治的理由はない。これで、お前の不安は少しは解消されそうか?」
「しかし、陛下。やはりそれとこれとは。」
学園長の言いたい事はザインも理解できる。
皇帝陛下自ら、今回の件を問題視していない以上、監督責任者としては受け入れたいが、学園の管理責任者としての側面が、規律のための罰則の必要性を考えているのだろう。
それを理解しているからこそ、皇帝も彼の姿勢を強く否定はしない。
「では、もう少し、状況確認だ。今回の一件貴様の意思か?」
「えっ。ええっと。いいえ。急に体の言うことが効かなくなりまして、意識も遠くなって。」
リリシア自身何が起きたのか分かっていない以上、言語化が難しく口ごもる。
そこで助け舟を出してくれたのは、ここまで案内した女性職員だ。
「直後の彼女の状況は観ましたが、尋常な様子でありませんでした。洗脳かそれに準じていたかと。」
「ほう。洗脳か……ザイン。貴様は何か観測したか? 魔法は得意だろ?」
「いえ、残念ながら。魔力に関わるものの観測はできませんでした。」
魔法に関するすべての事象をザインも観測できるわけではない。その為、断言を避けたが、リリシアの今回の行動の原因は魔法に関わることではないとザインは考えている。
そこに明確な証拠はない。
「そうか。原因か何かわかれば、対処のしようがあるのだが……因みに、今更だが今は何ともないか?」
「はい。今は何とも。」
自分の胸に手を置いて、何か変化がないかリリシア自身も確認するが、先ほどのような突発的な行動は起きない。
「そうすると、ここにいる面々との関連性は薄そうか。生徒の中に今回の原因があると考えるベきか。」
「早計ですぞ陛下。体のいうことが効かないというのも、疑わしい。」
依然としてリリシアに疑いの目を向ける、学園長に対し皇帝は小さくため息をつく。しかし、ザイン自身も一連の出来事の原因がわからないうちは、リリシアの行動に注意を払う必要性を再確認させられる。
「……いいだろう。今回の一件に関しては不問とする。今後の行動は、ザイン。メフェリム家の管轄として、貴様が責任を負え。」
「はっ。陛下の御心のままに。」
カサンドラの言葉を受け、ザインは最敬礼を行う。その様子を見てリリシアも後に続く。




