第三章 胸に走る痛み
予定よりも早い時間に出たにもかかわらず、ユリアとリゼリアが学園の敷地に到着する頃にはすでに、何人もの生徒たちが集まっていた。
その中に在校生もおり、式典に似つかわしくない装いのものも少ないが点在していた。
「アタシたちもいつもの格好のがよかったかな?」
元々は村娘であるユリアとリゼリアは今来ているような機動性を無視した晴れ着は着慣れない。そのため、彼女らの容姿に対し向けられる目線が、別の角度で伝わってくる。
「(おしゃれしようっていったのはユリアなのに)でも、どうせ会うなら、ちゃんとした格好のほうが良いよ。きっと。」
「そっか。そうだよね。」
道中もそうだったが、今日のユリアは落ち着きがない。
その理由は明確で、彼女の生きる指針になっているものだ。だから、せめて彼女の暴走を止める方向でリゼリアは思考を巡らせる。
ふとユリアの目線が、新入生の集団の方ではなく、一点を見つめていることがわかる。
その目線の先にあるのは、馬車の止まる停留所である。
馬車で乗りつける生徒も少なくない。貴族との距離を保つこの学園だが、卒業後の貢献を見込んで子息を送り込む家は一定数ある。ちょうど今も、一台から緑の髪をした令嬢が降りてきていた。
「ユリア。落ち着いてね。」
「わかってるって。大丈夫だよ。」
そう言うユリアはこちらを振り向かず、つま先はわずかに浮いている。
そんな二人組の男性達が近づいてくる。
「ねぇ、君ら新入生? よかったら案内しようか?」
ソレらは服装から見るに、今期の入学生ではなく、在校生。
煌びやかな装飾の施された装備品から、彼らの優秀さを理解することは出来る。
しかし、その煌びやかな装飾は、ユリアの心象を損ねる。
おそらく、学園内では優秀な生徒なのだろう。衣食住が保障される学生の間、攻略によって得られる収入を装備品に回すことは判断としては悪くない。しかし、その高価な装備品であっても普段のダンジョン攻略に使用しているのであれば、細かな破損はつきものだ。それを隠すよう、目立たなくするような様子があれば、ユリアの評価は変わったかもしれないが、彼らのそれは、別の目的のために新調したように窺えた。
「はい。そうなんですよ。でも、大丈夫です。今日の会場は覚えてますので、心遣いありがとうございます。良ければお名前聞いても良いですか? もし、助けが欲しい時に頼らせてください。」
「え、あ。ああ。俺は……。」
ユリアの笑顔に押される形で男性二人は口々に名前を名乗る。
リゼリアとしては覚える気もない名前は、耳を素通りする。入学式の予定が決まっている以上ここで長く足止めを行うこともできず、名乗った二人の男性は、名乗り終えると満足そうに去って行く。
「ユリア。良いのあんなこと言って。」
「大丈夫。こっちは名乗ってないし、あっちも満足そうでしょ。」
その会話の間も、ユリアは作った笑顔で手を振っている。
基本的に対人スキルはユリアの方が高い。リゼリアも初対面の人物と円滑な会話は可能だが、緊張しないわけではない。そんな状態でもユリアはどんな人物でも適切な距離感で会話できるのは素直に憧れる。
そんな最中、リゼリアの視界の端によく見知った家紋の描かれた馬車が入ってくる。
それは領主として、村の中でも何度も見て、今後必要になるからこそ、ユリアと共に勉強した。帝国No.2の影響力のある家紋。
メフェリム家の家紋である。
隣で手を振るユリアの様子を見る限り、まだ気づいていない。
「ユリア。来たよ。」
何がと言う主語を伝えなくても、リゼリアとユリアのなかでは問題なく伝わる。
先ほどまでの作った笑顔が取れ、ギュンという音が出そうなほどの速度で目線がリゼリアの指す方へ向く。
不幸にもすでに馬車側面に描かれている家紋は見えなくなってしまっているが、動いている馬車はそれだけであった事が幸いし、正確な情報は彼女にも伝わっている。
「飛び出しちゃダメだからね。」
「分かってるって。今は見るだけ。見るだけだから。」
唱えるように繰り返した言葉は、彼女自身にも言い聞かせているところもある。しかし、彼女の身体は今にも走り出しそうなほど前傾になるため、ユリアの腕を掴む。
ユリア自身、自身のはやる気持ちを抑え切る自信がないのか、握り返してくる。
御者の男性が、踏み台を用意し扉が開いた瞬間。
その場に現れたのは、黄金の髪を持つ少女。
天女下凡。
下を見るためにわずかに伏せた目線からのびる長いまつ毛の厳かさから、その言葉を想起させる少女。
黄金の髪は、太陽の光を反射させ、神々しさを帯びているとも思える。
さらにその容姿だ。
リゼリアも、ユリアも先ほどの在校生の反応を見る限り、異性に対して一定以上の興味を引く容姿をしている。しかし、彼女はまるで天上人と思えるほどで、近寄り難さすら放っている。
そのどれもが、リゼリアのいやこの場にいる誰もの目線を奪っていることに疑いようはなかった。
その後ろから現れた見覚えのある褐色肌の白髪の少年が姿を現したことから、彼女はメフェリム家の客人であることは想像に難くない。
誰?
という感想がリゼリアの思考に上がる前に、反射的にユリアに目線を向ける。
そこには、口を閉じることを忘れたユリアが、立ち尽くしていた。
瞳は、二人のことを交互に見るように激しく動き、その動揺は指先の震えから感じ取れた。
目は開き、半開きの口で呼吸も忘れているような静止したユリアの方に触れる。
「ユリア……。」
続く言葉が出てこない。十四年間一緒にいてきて、以心伝心してきた自信のあった彼女が今、何を感じ、何を考えているのか全くわからない。
ザインの傍に女性がいる。けれど、それだけでは足りない何かが、ユリアの瞳の奥で揺れていた。その揺れが、自分の知らない方向を向いていることに、リゼリアの胸はちくりと痛んだ
もうすでに、視界の先にはザインも黄金の少女もいないにも関わらず、ユリアの視線と体の向きは変わらない。
「ユリア。」
先ほどよりも強い力でユリアの体を揺さぶる。
「……え?」
掠れるように漏れ出た言葉を聞くと、目の奥が熱くなるのを感じる。しかし、彼女の感情が溢れていないのなら、リゼリアが感情を爆発させるわけにはいかない。
「行こ、入学式。始まるよ。」
「……ああ。うん。行こ。」
その目には、期待に輝いていたころのものは何一つ感じられなかった。




