第二章 終章
学園の入学試験が執り行われてから五日が経過した。
三日後には合格通知が、リリシアとザインの元に届いた。その日まで試験のその日においていったことに対する不満から、二人の間に沈黙が多かったが、ようやくこの日に機嫌は元に戻った。
そのため、入学式の執り行われる本日は、宿ではなくメフェリム家の帝都別邸にて準備を行っていた。
「ねぇ、こんなおめかし必要? あんまり、慣れないんだけど。」
メフェリム家の使用人達にドレスを着替えさせてもらっているリリシアは不満を漏らす。
元探窟者の両親を持ち、成人の十四歳まで森番として過ごしてきた彼女からすると、こういった機動力を犠牲にする格好は初めてのことだ。
「一応、式典だ。……それに、信者も必要なんだろ?』
「なるほど。バッチリ心を掴むってことね。」
ザインとしては、主たる目的ではないがリリシアにとっては重要な要素。
信者の基準がどのようなものかは不明だが、整った容姿を持つ彼女が正装を行えば心を向ける人は少なくないだろう。
男兄弟しかいないメフェリム家。だが、三日とかからずオーダーメイドのドレスが届いたことを見ると、改めて家の影響力の強さを痛感する。
黄金の髪に合わせた黄色のドレス。普段の彼女のことを知らない人からすればどこかの令嬢に見えることだろう。
対して、ザインはメフェリム家が代々社交の場に出る際に使う、黒と青を基調としたタキシードを身にまとう。
「……なんか、そういう格好似合うのってムカつくわね。」
「ムカつかれても、どうしようもない。生まれた家の影響だ。」
メフェリム家の家督や貴族としての社会に入る気はないのだが、貴族家系のものとして必要な最低限の教育はつけて来たザイン。肌と髪色以外の母譲りの端麗なルックスに加え、精神年齢が醸し出す落ち着きは、リリシアが頬を膨らませる程度には、魅力的であった。
「あなたの信者できてもしょうがないんですけど。」
「安心しろ。新興宗教を造る気はない。それよりも、先日入手した情報の確認だ。」
「あぁ、それね。魔族領だっけ? でも、すぐにはいけないんでしょ?」
数日前、リリシアを試験会場に置き去りにし、望んだ二回の魔族領との対談。
現状、確約はあるものの、アビスへの進行許可は正式な帝国との国交樹立後の話になってくる。
「その通りだ。当面はパーティーメンバーの選定とバベル攻略に心血を注いで問題ない。」
「そんなことより、学園よ! 楽しみだなぁ、試験で会った、ユリアやゼイラ達にも早く会いたいなぁ。」
知っている名前がリリシアの口から出て来ることに多少の驚きがありながらも、ザインは引き続き準備を進める。
一方、人に準備を手伝ってもらう服になれないリリシアは、メフェリム家の使用人に押さえつけられながらも、みっちり一時間近い時間をかけて仕上げてもらう。
「そろそろ、行くぞ。今日は剣はいらないからな。」
「わかってるって。ちょっと待ってよ。」
走り慣れないヒールのある靴でメフェリム家の家紋のつく馬車に駆け寄る。
御者ではなく、ザインに手を持ってもらいながら踏み台に上がり、馬車へと入る。
「――これで一歩、進んだ。」
扉が閉まり、馬車も歩みを進める。
朝の日差しが差し込む宿屋の中。
まだ、外の人通りもまばらな時間帯にも関わらず、一組の宿泊客であるユリアとリゼリアは準備万端整っていた。
ユリアが普段着ることのない装いだが、朝の光を浴びてよく似合っていた。
白と深青が溶け合った幾層もの裾が、窓から差し込む斜光を受けてゆるやかに輝き、金糸の刺繍が霜の結晶のように瞬いている。ひし形の文様が規則正しく散りばめられた生地は、見る角度によって色を変えた。薄く広がった袖の先が、息を吸うたびにわずかに揺れる。
一方のリゼリアは、まだどこか居心地が悪そうだった。紺青の生地に金の縁取りが走る上衣は光を弾き、腰から下に広がる白い幾重もの裾は、彼女が少し身じろぎするだけでふわりと空気を孕む。
慣れない裾の感触が足に纏わりついてくるようで、彼女はそっとその端をつまんでは、また手放し、読みかけの本に目線を落とす。
「ねぇ、リゼ。どうかな? どうかな。変じゃないかな?」
「変じゃないって、さっきも言ったけど、可愛いよ。」
「そう、ありがと。でも、なんだか落ち着かなくって。」
「……服のせいじゃないと思うけど。」
最後のリゼリアの言葉は、ユリアには届かず、備え付けの鏡の前から動かない。
入学式が開催されるのは、昼前なのでこの時間から完璧に準備を終わらせている時点ではやる気持ちを抑えられていないのがよくわかる。
「入学式楽しみだね、リゼ。一緒のクラスになれるかなぁ。」
「そうだね。一緒のクラスだと一番だけど、そろそろ落ち着こ。ずっとそわそわしてるよ。」
「そう? そうか。うん。落ち着こ。」
そう言いながら、どこにも腰掛けず、部屋の中を動き回る。
そんなユリアを見て、小さく笑うと読んでいた本を閉じ、ユリアに座るように促す。
ユリアも素直に従い、椅子の上で髪型を直してもらう。
「ユリア。」
「ん? なに?」
「今日は、変なことしないでよ。」
「え!? しないよ、そんなこと。」
素直な驚きを見せるユリアに対し、リゼリアは小さくため息を漏らす。無自覚に行動した結果が騒動になってしまうのは彼女の特性が故なのかも知れないが、問題ばかり起こることが決していいことだとはリゼリアは思わない。
「それに今日は入学式をオリエンテーションだけでしょ? それならそこまで何もないって。」
「そうだといいんだけど……。」
この14年間の経験から心から安心することはできない。
「よし。完成。ちょっと早いけど、余裕持ってそろそろ行こうか。」
それは、向かう道中に多少のトラブルが発生しても、入学式には間に合うようにという思惑があることは語らない。
「そうだね。行こっか。」
そういっていつものくせで、腰から下げる剣を取るように手を伸ばすがリゼリアの咳払いで慌てて手を止める。
「――今日、会えるかな。」
先に扉を開けユリアがくるのを待っているリゼリアには、小さく口にしたその言葉は届かない。




