後始末
戦闘が終了した。
目の前には魔族領の青年であるバルドルが倒れている。
その身よりも大きな岩に潰されているが、彼が生きている事は確認済みだ。
「さて、どうしたものか……。」
ザインとしてもこの状況はあまりよろしくない。
戦闘を持ち掛けてきたのはこの男で、ザインは巻き込まれた方だ。しかし、結果からするとザインの身体には一切の傷を受ける事なく終わってしまった。
先に弁明しておくと、ザインの身体ではバルドルの一撃を受ければ即座に戦闘不能になっていたことだろう。腕で受ければ綺麗に弾け飛び、胴体で受けようものなら綺麗な断面があらわになっていたことだろう。
だからこそ、すべての攻撃を回避する必要があったし、そのことに必死であった。
「しかし、状況だけみれば圧倒したのは確かだしな。」
ボロボロの魔族に対し、一切の怪我のない帝国貴族。これはあまりにも絵面が悪い。
帝国側に観られれば、魔族領の実力を下に見てしまい今後の国交に支障をきたす。魔族領からしてみれば、帝国領内で対談に来た特使の連れが、帝国貴族に蹂躙されたと取れるだろう。
「彼の素行が、魔族領内でも問題であれば良いのだが。」
そう考えると、まだ魔族領側に発見されるほうがましな気もする。このまま放置し、ザインとの関係性を関連付けさせないことも可能だが、それは両国の関係性を考えると最も愚策だろう。
「期待すべきは、こいつの言っていた観察者だな。」
と、ザインは自身の右手の甲に描かれた紋様をみる。
そこには先ほど見た紋様とは異なる紋様に変わっていた。詳しい説明はまだ受けていないが、恐らく、バルドルが敗北したため、彼の紋様も加わっているのだろう。
この紋様の効力は不明だ。しかし、バルドルの言葉を信じるのであれば、この状況の説明は可能なはずだ。また、最初に紋様が入った状況を考えると、五感(少なくとも、視覚と聴覚)は共有している。
そこまで頭が回ってくれれば助かるのだが、ザインに肩入れする必要性は薄いだろう。
「いっそこのまま姿を消してしまう方が、楽か? いや、それはあまりに早計な判断か……」
同様に、せっかく生き延びたバルドルを、死体も残すことなく消滅させるのも論外だ。しかし、魔族領側がバルドルの敗北を知り、ここへ来るのに時間的な余裕はほとんどない。寧ろ、決着前の戦闘中の時点で外交的には大問題だ。その時点から向かっているのであれば、ザインの想定している以上に時間はない。
早いところ方針を決め結論を出さないといけないのだが、戦闘による肉体的、精神的疲労はあったようで、思うように思考はまとまらない。
そんなことをしているうちに、ザインの耳に複数の足音が入ってくる。
「……タイムリミットか。こうなると出たとこ勝負だな。」
寧ろこの状況は帝国側の人間に見られるよりは、バルドルの人となりを知っているはずの魔族領側に発見された方が良いまである。
目的地がわかっているかのような迷いのない足音は、まっすぐザインに向け歩みを進める。
フードのついた外套を被った数人の集団。
戦闘意思を感じない彼等に警戒を行いつつ、ザインはバルドルから更に距離をとる。
一団もザインが戦う意思のないことを理解したのか、一礼を行うと、何人かはバルドルを回収に行う。そのうちの代表者がザインの方へ歩み寄ると、目深にかぶったフードをとる。
「直接の挨拶は初めてになりますね。メフェリム家のザイン様。この度はこちらの者がとんだ不手際を。」
緑がかった白い肌に、羊のような巻いたツノを持つ女性が現れ、頭を下げる。
つい先ほど別れたばかりの魔族領の特使の代表を務めていた人物の登場にザインも一瞬驚くが、平静を保つ。
「こちらこそ。ですが、魔族領の特使様自ら出るほどのことでしょうか?」
「ええ。これから、懇意にしようと言う帝国のメフェリム家への粗相です。私でも足りないくらいでしょう。」
次期当主のアシュルで有ればまだしも、家督を継ぐ権利のないザインでは、彼女の評価には疑問が残る。しかし、相手が下手に出てくれるのであれば、今のザインには都合がいい。
「そして、差し出がましいのですが、一緒に来て頂くことは可能でしょうか?」
「……ええ、問題ないです。」
その特使に連れられる形で、ザインは再び、自らのメフェリム領の帝都別邸に連れ戻される。
道中は、帝国の用意した馬車を利用したため、その中に異国の、それも交流のない魔族領の人間が乗っていると思うものはいないだろう。
家の者にザインが来たことを知られれば、別の問題が発生しかねない。そう判断したザインは、彼らが着ていた羽織もので顔と体型を隠した。
「こちらも、準備してまいりますので、少々こちらの部屋にてお待ちください。」
そう告げると、ザイン一人を残して全員が部屋を後にする。
「……普通、客人を一人残すか……。」
誰もいない部屋でザインの声だけが寂しく広がる。




