詰み
「ベタだが、少し本気と行こう。」
そう呟いた白銀の髪を持つザイン。彼から放たれる雰囲気が一段階かわったのをバルドルは感じ取る。
その圧迫感が、鼻で笑おうとしたバルドルの行動を止めてくる。
これは直感で根拠はない。しかし、彼は先ほどまでの彼とは違う。
今までも戦場で、そのような言葉を発する人物は何人か見てきた。人間でも魔族でも決まってこの言葉を発しても大きな実力の差は産まれなかった。
それほどまでにバルドルとの実力が逸脱していたと言える。
「いいゼェ、まだ上があんならょぉ。」
再びバルドルも方天画戟を構える。しかし、今回は相手の出方をみるように武器を前に構え、間隔をあけて柄を持つ。
先ほどまでとは違い見開かれた灰色の瞳の中に全神経を集中する。そこからおこされる一挙手一投足に。
「来ないのか? ならこっちから行くぞ。」
先ほどまでと立場が逆転する。
その場に立ったままの状態から、ザインの何も持っていない方の手に魔力が集約する。五本の指全てに仄かな明かりが灯ると、バルドルに向け右手を捻る。瞬間、光が指向性を得たかのようにバルドルに向け放たれる。
それは実に淡く、本能で行動するバルドルに危機感を与えるものではなかった。
だからこそ、バルドルもその体で受ける選択肢もあったが、先程までの異様な雰囲気を鑑みて、武器で払うことを選択した。
「は?」
しかし、一撃目を弾くように動かした武器は大きく弾かれ、その腕ごと後方にバルドルを弾き飛ばす。
たった一撃。その見た目は先程まで放っていた火の塊よりもずっと小さい。速度は、それなりに早いが、それで発生する力では無いのは明らかだ。
幸いなことに、武器ごと弾かれたことにより残りの4つを直接受けなかった事は正解だった。それは後ろの壁が大きく破壊された事で理解できた。
再び、ザインの方に視線を向けると、すでにその五指には光が充填されていた。
「……マジかよ。」
そう呟くバルドルの表情は実に嬉しそうであった。
「——やり過ぎか?」
その後三度。光の矢を放ったザインは砂ぼこりの舞う中にまだ息のある影を見て内心ホッとした。
と同時に、自身の中にも実力を下に見積もられることに対する苛立ちがあるのだと驚きを覚える。
自身の実力を隠すことはザイン自身が選んだことだ。前世のように実力を誇示し、望まない地位を与えられ、その結果神に罰せられるような事はあってはならない。
だからこそ、この世界の実力を正しく認識し、それに見合った実力を発揮する。
しかし、今。目の前のバルドルに実力を過小評価され見下されることには、僅かだが不快感を感じた。だからこそ、三度も攻撃を行うに至った。
人間らしい感情はおそらく、この体になったことに対する影響だろう。という結論付け、ザインは右手に杖を持ち替える。
「……はっはっは! すげぇじゃねぇか! 圧倒的だなぁ!」
手に持つ武器を振り、周囲の砂埃を払った先には衣服のはだけて赤い髪の魔族ーバルドルがたっていた。
体のあちこちから血を流しており、見事に隆起した筋肉は痙攣を起こしている箇所も見られる。
肉体的な損傷に反比例して、バルドルの表情は実に嬉しそうであった。肩で息をし、その重い武器はすでに両手で持たなければ地面に着きそうなまでの疲労が見えて取れる。
しかし、その瞳の熱は今まで以上に燃え滾り、体温の上昇が体表から発散される湯気より見て取れる。
「もう打ち止めか? まだまだいけるか?」
「いや、ここから第三ラウンドだ。」
「いいねぇ。ワクワクさせてくれるじゃねぇか!」
再び両手で武器を構えるバルドルに対して、ザインは右手に持った杖を大きく振るう。左肩から頭上を通し、杖と地面が平行になると停止させる。その軌道上に複数の石礫が出現する。
これ以上殺傷能力の高い攻撃を加えるとバルドルが絶命することを危惧した最大限の配慮。
杖を前に突き出すと、複数の礫がバルドルを襲う。矢ほどの速度は無いが、この至近距離では反応できる速度ではないはずだ。しかし、バルドルは自身の武器を器用に利用し、弾き落とす。その流れるような武器捌きは素直に努力で成し得た技だ。
最後の礫を弾き落とす瞬間、走り出そうとするバルドルに対し、ザインは地面に杖をつきたてる。バルドルの足元の石造りの地面が変形し槍となって襲ってくる。
限界の近いバルドルの身体が悲鳴をあげながらも接近のために踏み込んだ足を後方への推進力へと変える。
前進による圧力で押していたはずのバルドルが、自身の武器が届かない方向へ回避に転じる――それは記憶が霞むほど遠い、久方ぶりの出来事だった。
その苛立ちを覚えながらも、視線を的に戻す。
時間にて0.5秒。
それでも、次の一手を用意させるには十分すぎる時間だったのだろう。
杖を体の後ろに構え、ザインの頭上に大岩が構えられている。
先程の礫と同じ速度で放たれてもバルドルは死なないだろう。それは、彼自身が理解できている。しかし、継続戦闘は不可能になる。
方天画戟で両断することは、全快であれば容易だ。しかし、今は地面から離れ踏ん張ることは叶わない。
「……詰み、か。」
眼前に迫る大岩に対し方天画戟を振るう。大きな罅が入り小さな損傷を与えることはできるも、予想通り破砕するまでには至らない。
地面に衝突する頃、バルドルは完全な敗北を悟る。




