戦闘中 メフェリム家帝都別邸にて
ひとりの青年が用意された館の廊下を勢い良く歩く。
ここは帝国に要してもらった貴族の別邸。メフェリム家の別邸には今、魔族領から来た特使達が間借りしている。
「バルドル! バルドルは何処にいる!」
明日以降の打ち合わせのためにも今回の護衛任務の中でも屈指の実力を持つバルドルの配置は重要な事だ。
かなり、いや制御不能に近い彼だ。今回の任務もその家柄と武勇と普段の素行の天秤をかけ、戦力として優先されたからこそ同行が許されたのだと、青年は信じている。
しかし、危惧した通り、かれは今この館の何処を探してもいない。
暇な時間にある程度の自由を与えれば、勝手にこの国の育成期間の入学試験を受験する自由さだ。今回もろくなことが起きて居るのではないかと言う不安が渦を巻く。
「ボルボス卿。安心するの。かれなら、此方が視ているの。」
鈴の音が鳴るような静かな声。頭に血が登ったボルボス卿と呼ばれた青年の動きを制する。
そこには、ひとりの少女が立っている。肩に触れるほどの黒髪は艶を抑えた闇色で、一直線に切り揃えられた前髪の奥から、左右で異なる色の瞳が覗いている。
片方は深紅、もう片方は淡い黄金。
その頭部、こめかみの少し上から、淡い金色を帯びた二本の角が静かに伸びている。左右対称でまるで工芸品の陶器のような質感を持つ捻れた黄金の角。
口元は黒布の面布で覆われ、感情は伏せられている。
白を基調とした衣は身体に沿って静かに垂れている。喉元、胸元、腰には金の細工と赤い宝石が配されている。
背後には、影のように広がる骨の翼があり、その翼で空を飛ぶことは難しいだろう。
以前は、給仕係の姿をしていた少女がそこにいた。
「神子様。」
とっさに傅く青年——ボルボス卿に対して静止するように左手を伸ばす。
「大丈夫なの。この状況で大それたことはできないの。」
「ですが、あの男の事です。いつ大事を起こすことか……」
「……わかったの……じゃあ、地図を持ってくるの。居場所を伝えるの。」
勢いのいい返事とともにボルボスは地図のある執務室へと走る。その後ろ姿を見送ると、神子と呼ばれたその少女は自室に入り鍵をかける。
万が一の大事には鍵をかけていても蹴破って入ってくることは間違いないので、これはプライバシーを守る上で重要なことだ。
「……早く。早く見せて。」
黒い面布で覆われているその表情を見ることは出来ないが、布に覆われていないその色の違う瞳からは、見た目相応の好奇心に包まれた表情を察することができる。
そして、その握られた右手にはザインの右手の甲に現れたものと同じ紋様が浮かんでいた。それが意味するのは、バルドルとザインの戦闘がどのような結果に終わったとしても、彼女はザインとの契約は成立するという事実。
しかし、彼女の心の中には、『経験した事がない』という高揚が勝る。




