路地裏の戦闘
入学試験も一通りの過程を終わり、父によって駆り出された魔族領の使者との対談も滞りなく終了した。途中不穏な空気を感じもしたが、その父や皇帝と話した内容に魔族領の思惑を感じなかった。
「むしろ、俺のいる必要はなかったよな。」
そう呟きながら、ザインは夜の帝都を一人。帰路に着いていた。
父や兄からは今日くらいは別邸で休まないかという打診を受けていたが、それは丁重にお断りした。
こだわりと言えるほど強い理由は無い。が、やはり転生前の人格を知るものの方が、いまの血の繋がった家族とは別の気楽さがあり、それをいまのザインは心地よく感じるのだろう。
「……これをあの自称女神が知った時の表情が眼に浮かぶな。」
そんな下らない妄想を口にしながらも、ザインは後方に視線と思考を回す。
「(……付けられてる? だがなぜ、宮殿からでは無い。なら別要因?)」
宮殿を出るときには感じなかったその気配。隠す気はあるのか不明な程の微妙なものだが、この程度であれば、着いて来る瞬間に気がつくことは可能だ。
今回の魔族領との話が原因ではないのであれば、試験絡みだろうか?という思考に辿り着く瞬間。暗闇から一人の男性が歩み出て来る。
「ようぅ。その様子なら感付いているみテェだから、隠れてても意味ねぇよな。」
赤い髪の男性。エルドアのような炎を連想させる明るい赤ではなく、血のように黒みを得た赤。
その服の下に確かな筋肉がある事は彼の立ち方からも伺える。
「にんげ……いや、魔族の擬態か。」
「擬態とは失敬だなぁ。元々持ってる技術だ。それにお前らが似ているだけだろ。」
魔族中心の思想。
見た目は若々しいままその人生を全うする魔族の中でも古い考え方。もしくは、その中枢に近い血縁である可能性をザインは瞬時にその可能性に追加する。
「失礼した。何分魔族を見る機会は乏しいものでね。」
相手がどのような人物、人種であるかはザインにとっては些細な問題だ。その目的のほうがよっぽど重要である。
「そんな話をしに来たんじゃねぇんだ。――お前強いだろ。」
「は?」
「話し合いを外で見てる時からバリバリ伝わって来たんだ。お前の中の強さを! それを感じてみてぇ。見てみてぇ。――」
沸き上がる感情をそのまま口にするように赤い髪の彼の言葉に熱が付加されて行く。
「――そしてそれを蹂躙してぇ。」
そう言い放った瞬間。体を覆うようにしていたローブを脱ぎ捨てその右手には大きな槍状の武器が携えられていた。
全長二メートル強。黒檀製の長柄、三又の穂先、柄の中央部に配された左右一対の三日月刃。突く、斬る、薙ぐ、引っ掛けるという四つの攻撃を可能とする構造を持つ武器。
およそ1000年に近い歴史を持つ帝国では未だその武器名称はない。だが、前世ではそれを愛用する武人はいた。
「方天画戟。だったか?」
「ほぅ。博識だなぁ。この国ぁ、ねェ武器だろ。」
「ああ。まあな。」
その武器の強さは知っている。複数の攻撃方法を兼ねそなえている故の手数と槍を彷彿とさせるそのリーチ。しかし、重心の不安定さも相まって使える人物は自然と限られてくる。
それ故に、その武器を愛用する人物は自然とすぐれた筋力、体幹を有することになる。
「(接近戦闘でのデメリットも折り込み済みだろう。)」
戦闘は当然ザインの望むところではない。魔族領の人間とは先ほど友好的な関係を構築して行く事を対談したばかりだ。しかし、この状況はザインが望んで作り出した者ではない。それを理解してくれる人物がどれだけ居るのかが問題だ。
「にらめっこも飽きたからよぉ。初めていいか?」
はじめからこちらの返答は無視する気のように赤い髪の魔族はその手に持つ方天画戟を構える。
矛先近くを聞き手である右手でつかむ事で、優位性の一つであるリーチを捨てて、手回しの良さをとっているのだろう。また、左手でいつでも石突部分を持つことが出来るようすることで、距離を取る敵にも対応可能にしている。
ザインの返事を待たずに赤い髪の魔族の男は強く地面を蹴る。3メートルほどの距離を一気に詰め右手で大ぶりの一撃をザインに向ける。
対して、ザインは動体視力と下半身に魔力を集約させる。
魔力による身体能力の強化。
ステータスの異常により身体能力の限界はザインにとって早急に解決しなければならない問題だ。その解決策の一つとして幼い頃からずっと行ってきた部分的な身体能力の強化により、難なく初撃をかわしてみせる。
後方に避けたザインに対し、魔族の一撃は止まらない。回避も想定していたかのように頭の上で方天画戟を左手、右手への一往復させる。と、先ほどよりも少し持ち手が下がり、リーチが伸びる。
渾身の突きがザインの頬をかすめる。しかし、その広がった刃はザインの肌に傷をつける事は叶わない。
「話は聞かないタイプか? それとも問答は嫌いか?」
今の一連の攻防なんのことも無かったかのようにザインは話を再開する。
「魔族との対談が開始された。帝国と魔族領は今後友好関係を結んで行くことになる。今なら問題にならないぞ?」
話し合いの話を出して居る時点で対談に参加した魔族であることは確実だ。
しかし、その内容までは掴めていない可能性もある。ザインが帝国でも高位の貴族であることも。
「知ってるさ! オレはヴァルグラス家のバルドルだ。ザコどもと違って情報もしっかり入ってくる。」
――バルドル。ヴァルグラス家は魔族領を取り仕切る十氏族の一員だ。その中でも武勇に秀でたものを多く輩出し、次期当主候補の中には相当の使い手がいると言う情報はザインも仕入れている。
「なるほど、なら、俺が誰かもある程度知ってるんだろ?」
「ああ。帝国の有力貴族の子供だ。問題なのはわかってる。でも、強ぇ奴との出会いは逃さねぇ様にしてんだ。」
すべての出会いは一期一会だ。次に会う機会はないかもしれない。特に連絡手段など確立していないこの世界に置いてはその後の人生を大きく変えることもある。
「そうだな。出会いは大切だ。それに独断なのもいい。」
ザインにとってもこの戦闘は願ってもいない状況だ。
師匠達との修業によってある程度の帝国内の強者レベルは理解できた。しかし、遠く離れ国交もまだ未熟な魔族領の情報は眉唾のいきを出ない。
「(ここまで好戦的な性格だ。腕は相当立つのだろう。)」
少なくともこの性格を鑑みても特使の護衛に連れて行きたいほどに。
「監視や他の目もないなら、お望み通り戦うのもやぶさかではないな。ただ、訳があってな。俺の強さは広めたくないんだ。」
「何ぁ、つまんねぇなぁ。強さは誇ってこそだろ。」
「そうでない強さもあると言う話だ。で? どうだ。約束できそうか?」
そう告げるとバルドルはニヤッとギザギザの歯を見せて笑みを浮かべる。
「簡単だ。令約を持って強制すればいい。魔族固有の儀式だ。」
と、方天画戟を右肩に置き、こちらに左手の甲を差し出す。
「条件はどうする。何を強制したい。」
「まだその令約の意味が十分では無いが、俺がお前より強い場合、その強さの情報に関する全てを他者に理解させないことを強制させる。」
「いいぜぇ。我バルドルは、この者への敗北を持って告げらる事に殉ずる。――テメェもそれでいいな。」
最後の言葉は状況的にザインにしか向けられる筈がないのだが、バルドルの言葉の方向は、ザイン自身にないことを感じ取る。
刹那、ザインの右手の甲に奇妙な紋様が浮かぶ。刺青のようなその紋様は、ザインの知識にはない物だ。
「監視してるやつは、弱っちいからなぁ。速攻でお前に負けを認めた。これでこいつは、お前の言いつけ通り、強さに関して話せねぇ。後はオレを屈服させるだけだ。」
再び臨戦態勢をとるバルドル。
腰を低くし、両手を大きく広げる。方天画戟を右手で短く持つ。背中を通していつでも左手で掴むことが出来る位置に長い柄を持ってくるのが彼のフォームなのだろう。
「この意味も終わったらしっかり説明してもらうぞ。」
対して、ザインは腰に下げていた剣を引き抜き左手一本で構える。反対の右手に杖をもち剣先で相手を見据える。
「滾ってくるゼェ!」
バルドルの咆哮が夜の帝都の一角に響く。




