魔族領対談 (表)
魔法の才能は稀有なものだ。それは、ダンジョンに程近いこの帝都でも相違はない。
接近戦闘職の受験人数に対し、魔法職の受験生は10分の1にも満たない。そのため、得意魔法の演舞が終われば早々に解散となり、合否は接近職と同日に公開される。
無論、よほど基準に満たない人物に学園の門は開かない。しかし、魔法を試行し、目標物を破壊できる規模の魔法行使可能な人物を篩い落とすほど、魔法職に対して学園の門は硬くない。
そのため、早々に試験がひと段落したザイン1人、学園の門の前でリリシアを待っていた。
一緒に帰る約束はしていないのだが、ここまで一緒に来たため、帰り道がわかるか疑問はある。
そのため、迷子になる可能性を考えると、ここで待つ方が効率的であると判断しての行動だ。
しかし、魔法職に比べ志望人数の多い接近職の入学試験は時間も長く、かなりの時間を持て余すことになっていた。
「こんなことなら他にやりたい事もあったのだがな。」
試験を受けにきている以上、時間を潰すことのできるものなど持ってきているわけもなく、暇な時間を過ごしていた。
ふと目線を遠くに飛ばすと、こちらに向けて一台の馬車が近づいてくる。
「……珍しいな。帝都まで来たのか。」
その馬車に記されていた紋章はザインもよく見たことのあるもの。
幼少期より過ごしたメフェリム家の家紋であった。
ザインの目の前で止まった馬車から降りてきた男性がザインに対し簡単な挨拶にとどめたことを考えると中にいる人物は、長兄か父であることは確定である。
「久しいな。ザイン。実に2年ぶりか?」
「ああ、そうだな、アシュル兄さん。帝都まで来るなんて珍しいじゃないか。」
「ああ、こんなとろで立ち話もなんだし、とりあえず乗ったらどうだい?」
当初の予定であれば、リリシアを待つつもりだったが、前述した通り約束したわけではない。
「そうだな。そうさせて貰おうか。だが、待ち人もいるんだ。」
「分かっているさ。でも、こちらの事情なんだ。」
アシュルが再度言葉を伝えると言うことは、ザインの同行を暗に示しているのは明らかだった。
リリシアの方から、待っていないことに対して一言二言あるかもしれない。だが、元より待ち合わせの予定など立てていない。ザインを迎えにわざわざ、家の馬車まで使って来ることを考えると、ザインの同行は必須であることも容易に推測できる。
「なるほど。――分かった。そうしよう。」
用意された踏み台を登り、馬車の中に入っていく。
兄の他に使用人が2人控えており、合計4人が乗っているのだがそれを感じないほどの広さが備わっている。
「それで、帝都にまできて僕を回収するということは、家の事情か?」
「ああ。察しが良くて助かるよ。少し頼まれごとでね。ザインが帝都にいる時期で助かったと思っているよ。」
アシュル個人が関係しているかは不明だが、わざわざ遠いメフェリム領から出向いている時点で、時期を入学試験日にしている可能性は高いと、ザインでもわかる。
「その理由は、聞いても問題ないか?」
「ああ。今回は皇帝陛下直々のお達しでね。父を含め帝都にきているんだ。」
その口ぶりから察するに、父の他にも次兄も来ている事もわかる。また、皇帝がメフェリム家。それも全員を招集させるということは、よほど重要な要件であることは明らかだった。
「実は、私も詳しい内容は知らないんだ。父さんが皇帝陛下との話の中で、メフェリム家と皇帝陛下だけでの非公式の何かが執り行われる予定だよ。」
「詰まる話、兄さんは巻き込まれたということか。」
というザインの皮肉にアシュルは肩を窄めて同意する。
皇帝陛下とメフェリム家の関係は、表と裏で大きく異なる。
反皇帝派の旗頭的な貴族でありつつも、現皇帝を含め、皇帝家とメフェリム家の当主は良好な関係を継続している。
それは、どの貴族にもバレることなく行えているのだから、両家の歴代の当主の優秀さが伺える。
特に、現皇帝とオルトリアの関係は良好で、現在も政の意見を聞くこともある。
そんな皇帝が、貴族の目を憚らず、メフェリム家の子供世代まで含めて呼ぶということは、尋常な状況ではない。
「……非公式な対談。要因は、国外、か。」
「またザインの深読みが始まってるね。で、今回はわかりそうかい?」
「そう言われても、今回は情報がなさすぎるからね。」
だからこそ、推測することのできるものもある。
皇帝陛下直々に表面上険悪な関係のメフェリム家の全員を集める事態になった原因。それは、帝国外の問題に対応するための可能性が極めて高い。しかし、この不確定の事実を次期メフェリム家の当主であるアシュルに伝えることにメリットを感じない。
「推測するだけ、無駄って訳か。なら、……。」
その後帝都内に存在する、メフェリム家の別邸に向かうまでの間、アシュルとはたわいのない会話を行なっていた。
この2年間における森盤としての日常。そこで出会った領民のこと。今回の試験の手応え。そして、ともに受験を行うまでに至ったリリシアのこと。
「ザインにしては珍しいよね。家族以外で長い期間一緒にいる人物は初めてじゃないか? ああ、師匠たちがいるか。」
「……そうだな。彼女の戦闘能力は有用だと判断したからね。」
どちらかというと、リリシアが目的とするダンジョン攻略を助けるためにメフェリム家での幼少期を過ごしていただのが、家族からすれば幼少期からの夢をともに歩くパートナーを見つけたという状態に近いだろう。もしかすると、宿屋でのことも家族の耳に届いている可能性すら存在する。
「そうかい。でも。兄としては嬉しいよ。ザインに友人ができることが単純にね。」
頭の良い兄の裏表のない純粋な表情に、無表情に近いザインの表情もほのかに熱を感じる。しかし、それは一過性の話で瞬きすれば、いつもの能面のような顔に戻る。
その後も馬車に揺られ、帝都にある別邸に着く頃には、正午は超えていた。
「サイン。試験後にすまない。こちらもこんなつもりはなかったのだが。」
「いえ。父上。問題ございません。」
出迎えてくれた父に簡易の礼を示しザインも応接間の椅子に腰をかける。
部屋の中にはすでに、次兄のバイルも腰かけているが、母はこの場にはきていない。
給仕係が、簡単なものを目の前に要してくれるが、誰もそれには手をつけず押し黙る。
その静寂は、給仕係のいなくなるときまで続いた。
「……それで、ザイン。森番も含めその後の――。」
「父上。前段はいいので本題を。時間もそこまでないのでしょう?」
試験会場まで、わざわざ馬車で迎えにきたことを考えると、試験終了時間も理解した上でザインを迎えに来たことは想像に難くない。
「……そうだな。では、早速だが今回は陛下からのご指名だ。」
「…………。」
この場にいる全員が押し黙り、次の父の言葉を待つ。
「内容は、魔族領より使者が来る。その護衛だ。」
魔族領。
字面と響き自体は、おどろおどろしい名前だが、ザインの前世のものとは少し違っていた。
彼らはザインたちと同じ人間種に属するのだが、異なる部分がいくつか存在する。身体的特徴は、頭部の角、背中の翼、鋭い牙など種族によって異なる。
帝国の北西部。いまだに帝国が到達していないバベルクラスのダンジョン。『アビス』と呼称される現在魔族領のみが独占して攻略を行なっているダンジョンである。
「しかし、父上。魔族領は、人類種の国とはあまり関わらないのでは?」
「ああ、隣接する聖王国とも条約以上の関係は結ばず、今日まできている。」
この大陸に広範囲に広がる人類種と異なるから、魔族。という、身勝手な命名の理由なのだが、彼ら自身も同列には扱って欲しくないという、プライドが合わさって今日の呼び名が定着している。
「(そんな魔族が、急に帝国へ接近? その意図が読めないからこそ、皇帝は我々を――いや、父上を呼んだということか。)」
沈黙の中思考を巡らせるザインに目線を一瞬向け、オルトリアは続ける。
「陛下も今回の来訪には十分警戒している。向こうも、内々の対談を所望している。」
つまりは、完全な国交の樹立の宣言の前の密談。ゆえに、皇帝の警護も最小限になっていく。
メフェリム家は代々、帝国の開拓の最前線を務める文武に優れた家系。父も次兄も武勇に優れ、長兄は父に劣らぬ政治力をつけつつある。
加えて、魔法の才を有する者が同じ家にいることで、最低限の護衛の人員にはなるというオルトリアの判断だ。加えて、皇帝陛下も以前はダンジョンの攻略を熱心に行っていた。それを考えれば、万が一のことが起こった時も近衛が来るまでの時間稼ぎは可能だろう。
「今回はあくまで、前談。本格的に国交樹立が可能かも判断を陛下とともに行う。お前たちが来た意味もしっかり理解しろ。」
「「「はい。父上。」」」
三人のズレのない返事に、仏頂面のオルトリアの口角がわずかに上がる。




