最悪の出会い
ザインは倒れた商人たちから、異物購入のために渡した金貨の入った袋を回収しながら、周囲を警戒する。
「(膨大な魔力の気配…まだ、ここにいる)」
視線の方向を確認する。路地裏の影。
「(テレシア・リーン。ここまでうまく行くとは…)」
ザインは内心で冷静にここまで想定がうまく行ったことを素直に驚く。
帝都にくる前に、いま帝都にいる主要な実力者のリストと、貴族の地位を調べ上げた。その中の1人。テレシア・リーンという逸材。自身かそれ以上の魔導の才を持つその存在に興味を見出し今日まで、遭遇の機会を探っていた。
ここ最近の行動で、入学した魔導学院の蔵書庫に足繁く通い、暗い時間に宿へと戻る。
その往復路の中で、唯一闇取引でも利用可能な程人通りの少ないこの場所で、ある取引をセッティングした。
日付、時間、場所。どれも高確率で彼女との遭遇率をあげ、極め付けに彼女の接近と同時に魔力をわざと開放した。
「(しかし最後は、彼女が興味を抱くかだったが、杞憂だったな。)」
興味を示さず、衛兵を呼びにいく可能性もあったが、その場合は卒業後の方針でザインと同じアカデメイアに行くことはわかっていたので、入学後に徐々に交友関係を築く必要があった。しかし、ザインはその賭けに勝ったのだ
「(彼女の知識欲が、合理的判断に勝ることに)」
そして、予想通り、彼女は最後まで見ていた。衛兵を呼ばずに。
賭けは成功した。では、次は、
テレシアは影から姿を現す。もう、隠れている意味はない。
「待ってください。」
テレシア自ら姿を見せ、話しかけてくることは微塵も想定していなかったことに、ザインは素直に驚き振り向く。
「君は…?」
緑髪の少女が、三つ編みを揺らしながら近づいてくる。眼鏡の奥の緑の瞳が、ザインを見据えている。
無意識に流れ出てしまう魔力だけでも、彼女の常識離れした魔導の才能をザインは感じ取る。
対してテレシアも一歩も怯まず、ザインの前に立つ。
「あなたが今使った魔法…どうやったのですか?」
ザインは思わず笑みを浮かべる。
「質問を質問で返すようだが、この状況を見て第一声がそれかい?」
「どういう意味ですか?」
「君、ここで何を見ていた?」
「…魔法の観察です」
「観察?」
ザインは一歩近づく。
「つまり、僕がこの連中と『取引』をして、そして『戦闘』をするところを、ずっと見ていたわけだ」
テレシアは黙る。
「これは違法取引だ。状況からそれを判断するだけの知識は君にもあるだろ? そして、僕はこの連中を殺した。君はそれを見ていた」
「…」
「君が衛兵を呼べば、僕も彼らも捕まり、違法取引の摘発だけで終わった。しかし、君は衛兵を呼ばず、この場で彼らを殺した魔法の観察を行ったという。これは正しい判断に入るか?」
「わたしは…最初は衛兵を呼ぼうとしました。」
「でも、呼ばなかった。」
「それは…」
テレシアは言葉を探す。
「魔法の分析をしていたら、タイミングを逃しただけです」
「タイミングを逃した?」
ザインは態とらしく首を傾げる。
「戦闘は5分以上続いていたよ。その間、何度も衛兵を呼ぶチャンスはあった」
テレシアは反論できず、ザインは続ける。
「正直に言おうか。君は、僕の魔法を見たかった。だから、衛兵を呼ばなかった。そうだろう? 法的には、『違法取引を目撃して通報しない』ことは、状況によっては幇助になる。特に、君のように『意図的に最後まで見ていた』場合はね。」
「それは…」
「そして、君は『100年に一人の天才、テレシア・リーン』として知られている。もし僕が捕まって、『緑髪の少女も見ていた』と証言したら?」
テレシアの顔色が変わる。
「すぐに特定される。帝立魔法学院に在籍している君に、犯罪幇助の疑いがかかる」
テレシアは一度、深呼吸して、冷静に反論する。
「それは脅しですか?」
「脅し?」
ザインは首を横に振る。
「事実を言っているだけだよ」
「でも、あなたがわたしを告発する理由がありません。あなた自身が犯罪者として捕まるのだから」
「確かにね」
ザインは認める。
「僕が告発する可能性は低い。でも、ゼロじゃない」
ザインは肩をすくめる。
テレシアは天才だ。ザインと異なり、本当に生まれてから10年間の短い時間で今までの魔法体系を理解し、応用し、発展させることができた。それは、前世の知識と経験に基づき、この世界で再現しているザインとは全く異なり、より上位の才能だろう。しかし、心は脆い。10年間という短い期間しか生きておらず、その人生の中でも人間関係を強く結んだものはない。ほんの数日調べただけで、彼女の交友関係は全てわかるほどに。そんな人物の人心を掌握することはザインにとっては容易い。
「それに、問題は法的なことだけじゃない」
「どういうことですか?」
「君の心だよ、テレシア。君は、正しい選択をしなかった。衛兵を呼ぶべきだったのに、呼ばなかった。でも、君は後悔していない。なぜなら、あの魔法を見られたから」
心を読まれているのかと思うほどの的確な心情を言い当てられ、テレシアは黙る。
「君は今、自分の価値観と向き合っている。『僕は、道徳よりも知識を優先する人間なのか』とね」
何も言えないテレシアに対し、ザインは続ける。
「答えは明白だ。君は知識を優先した。そして、これからも優先する」
「…あなたの目的は?」
「と、いうと?」
「わたしを、脅して、落として、問い詰める目的はなんですか?」
「何度もいうが脅しじゃない。事実言っているだけだ。ただ、僕はそれを肯定する。」
再びテレシアは驚く。
「は…」
「どう思われようと、知識に忠実であればいい。君が重要視するその姿勢を僕は肯定すると言っているんだ。」
テレシアの思考が停止する。
これまでの経験で人間として必要と言われる道徳以上の知識欲を見せると、決まって怪訝な表情を浮かべられてきた。それは、テレシアとは異なる価値観を持った両親に育ててもらったことで何となく知識としていれることは、できたが理解することは難しかった。
しかし、目の前のこのザインという男はテレシアの姿勢を支持すると言っている。その結果、彼のように合理性と命を天秤にかけることを是とするように。
「それは…でも…。」
認められなかったこと。正せと言われ続けたこと。
それが常識であると自分も認識していること。
そんな感情が、テレシアの思考を鈍らせる。
「もちろん、全肯定もしない。君自身は探求を続ける上で、瞬間の知識欲を上回らなければ継続した探求も難しくなる。わかるか? つまり、今回は僕が勝ち君の有用性を正しく理解していたからこそ、君に危害は受けないが過ぎた好奇心は猫をも殺すことを頭に入れておくことだ。」
脅しに近いその発言ののち、ザインの表情が僅かに和む。
そして、
「ところで、君の最初の質問に答えていなかったね。」
「わたしの質問……ですか?」
まだ状況に追いつけないテレシアが辿々しく過去を思い返す。
「ああ。僕の魔法に関してだ。理論を知りたがっていただろう?」
その言葉を聞き、テレシアの瞳に再び光が灯る。
「教えて、くれるのですか?」
「もちろんだ。ただし、条件がある。」
ニヤリと口角を上げるザイン。しかし、表情の機微にも疎いテレシアにわかるほど、明らかに瞳が変化しないことにテレシアは身構える。
「4年後。僕は、ここに入学する。そこで実地講義をする。君にもここに来て欲しいんだ。」
そういうと、テレシアの腕に抱えられて折れ曲がった学園の入学要綱資料に、ザインは指を当てる。
「ここ、ですか?」
「ああ、ここなら最低限の実力は担保される。その程度の実力のない者に、教える時間も暇もないからね。」
再び、安心させるようにニヤリと笑いかける。
この状況はテレシアにとっても悪くない条件だ。
学園の入学はすでに検討していた。
その上での不安材料であった戦闘能力も10階層の攻略を行えるほどの探窟者を一蹴できるほどの実力者と一緒であれば研究、観察に専念できる。
加えて、彼も魔法の研究に引き込めれば、一石二鳥いや三鳥以上の成果だ。
「君が優秀なら、僕の魔法を観察して、自分で理論を構築できるかもしれない。それとも…」
ザインは少し間を置く。
「僕に直接聞きたいかい?」
テレシアは即座に答える。
「聞きたいです」
「なら、学園で声をかけてくれ。君が本当に優秀で、そして僕が認めるに値する実力を見せてくれたら…教えてあげてもいい」
「実力?」
「ああ。君が後4年でどれだけ魔法理論を理解するか。どれだけ実戦で応用できるか。それを見せてくれ」
ザインは続ける。
「僕は、優秀な人間にしか興味がない。君が本当に『100年に一人の天才』なら、僕の魔法を理解する資格がある」
テレシアは拳を握る。
「…分かりました。必ず、あなたに認めさせます」
「その意気だ」
ザインは満足そうに笑う。
「じゃあ、学園で。楽しみにしているよ、テレシア・リーン」
ザインは手を振って、路地裏の奥へと歩いていく。
「待ってください。わたしはまだ…」
聞きたいことがある。と振り返ると、音もなく銀髪の少年は姿を消していた。
さらに、そこに転がっていたはずの探窟者と商人の亡骸まで全て綺麗さっぱり消えている。
もともと、武器を使うことなく制圧したこともあ
り、血痕の一つすら残っていない。
「…消した?一瞬で?」
テレシアは驚愕する。
戦闘が終わってから、まだ数分しか経っていない。
その間に、ザインはテレシアと会話しながら、死体を処理していたことになる。
「どうやって…いや、魔法?空間魔法?それとも…」
考えれば考えるほど、謎が深まる。
「あの人は…一体何者なの」
帝都の夜の闇は静かに少女の疑念も包み込んでいく。




