外伝 路地裏の攻防
約束の時間の少し前に待ち合わせ場所に到着したザインは、魔力で強化した五感で周囲を探る。
帝国騎士をはじめとして、周辺諸国に比べ警備が行き届いた帝都であっても犯罪や予期せぬ危険はつきまとう。また、今回はそれ以上にザインには目的があり戦闘索敵時以上の五感が必要になっていた。
「……ようやく、というべきか。」
そう呟くと、ザインの目の前に一人の小太りの商人が姿を現す。
「いやはや、お早い到着ですね。今回の御用向きは?」
「依頼通り、落し物を取りにきた。謝礼も弾むぞ。」
これは、ダンジョン内で入手した異物を組合を通さずに取引を行う上での合言葉だ。
互いに目的が同じであることを証明するために毎回多少の違いがあるが、基本的には拾得物のくだりが入るのは、ザインとしては安直に感じてしまう。
「間違いはないようで。では、今回は金貨50枚のお取り引きで間違いはございませんかな?」
「ああ、ここにある。それで、そちらの方々は?」
とザインは、無造作に持っていた麻袋を足元に落とすと、商人の周囲の人々を指差す。
「このような取引ですからね。用心に越したことはありません。」
「なるほど。一理ある。ではそちらも、ものを出してくれ。互いに目的のものか確かめよう。」
「ええ。もちろんです。こちらが例の品です。」
と、商人も懐から取り出した袋を地面に置く。
商品を渡すつもりがなかったとしても、本物の金銭が得られないのであれば、実力行使をするだけリスクになってしまう。
「では、確認してくれ。こちらもそっちに移動する。」
そう告げると、ザインと代表の小太りの商人が歩みを進める。周囲の取り巻きは、万が一商品を奪われるようなことがあれば、実力で阻止するのが彼らの役割である。
金貨が本物かどうか確かめる商人に対して、ザインは異物の確認はそこそこに周囲の警戒に入る。そんな様子を見た護衛の男性がザインに声をかける。
「本物か確かめなくていいのか? 偽物かもしれねぇぞ?」
「……案外親切なんだな。だが、ダンジョン異物は一目で判断できる。」
まとっている魔力が人類種が作成した魔道具に比べ、ダンジョン異物の魔力は性質が異なる。それをザインは一目で判別できるのだが、そこまで説明する義理もないザインは、男性にも目線も向けず問答する。
「ええ、確かに。本物のようで。」
金貨一枚一枚が本物か判別するには、早いのだが彼らにとって損がない範囲の確認に止めたのだろう。商人がザインが持参した麻袋から自身の用意した布袋に金貨を移し終えると、右腕をあげる。商人からの合図を受け取ると、ザインを囲んでいた者たちが重心を落とし臨戦体制に入る。
「悪いな、坊ちゃん。恨むなら自分の無知を恨むんだな。」
ザインは表情を変えない。ただ、ため息をつく。
「…これはどういう意味だ?」
「わからないですかね? 取引というものは対等だからこそ、成り立つのですよ。」
「そういうことだ。今回は実力が対等じゃねぇってこった。」
「…そうか。今回は取引を行う価値は同等でも、互いの実力が対等ではないということか。」
そうザインが告げると、手に持ったダンジョンの異物を懐にしまう。
「そういうことだ。俺たちはこれでも10階層は踏破してる。そんなやつを相手にするのに、貴族のボンボンが一人ってのはいただけねぇな。」
「10階層…。なるほど、こんなことをしていても、それなりの実力はあるわけだ。」
異物の横流しは決して誇れる収入源ではない。バレれば一発で投獄されてもおかしくない内容になってくる。10階層の踏破というのは、現時点の最大高度の半分近い実力を有していることであり、それだけで十分な収入は得ることができるはずである。
「やむにやまれぬ事情ではなく、私利私慾による強奪。と、いうわけか。」
「そういうこった。貴族様は顔も大事だろ。異物をおいていけば、手荒な真似はしねぇぞ。」
追い詰められているにもかかわらず、ザインは思わず笑みをこぼしてしまう。自分の目論見が想像以上にうまく行きそうなことに対してのものと、あまりにも周囲の探窟者たちの楽観的な考えで行動していることに対して、嘲笑を抑えることができない。
「お優しい君たちにいくつか忠告だ。取引相手の実力は正しく理解してから行動に移したほうがいい。でないと、痛い目にあう。後、それ以上に取引先の人物がどの程度の影響力を有しているのかも、次回以降はしっかりと調べておくものだよ。」
それをさせないための匿名での取引である。犯罪行為である裏取引において、どこの誰かが取引相手にバレれば今回以上の厄介ごとになりかねない。だかこそ、調べさせないよう工作する。しかし、だからこそ、調べ尽くすことは重要であるとザインは説いているのだ。
刹那、ザインは感知のために使用していた魔力を解放する。周囲に発散することなく再度自身に還元することは造作もないが、今回は周囲に発散する。
「警戒! やつは魔導師だ。」
全員に不用意な行動を抑えるように一人の男性が叫ぶ。衣装から想像するに戦闘方法に魔法を使用するのが一目でわかる男性。
「へぇ、こんなことをする割りにはいい眼を持っているじゃないか。」
その挑発的な言葉に剣をにぎった一人の探窟者の男性が、ザインにむけ走り出す。
「ガキが! 調子に乗るな!!壁のない魔法使いなど!!」
「だから、正しく認識してから挑まないと。」
最小限の動きで最もたやすく、男の一撃を躱すと男の顔面に左手をあて、呟く。
「スキル————」
——————————————————————————————————————————————
物陰から見ていたテレシアには、少年の呟きは聞こえない。しかし、戻ってくるまでの10秒に満たないうちに、少年は一人の男性を転がしていた。
目を離したのはほんの数秒。魔力の気配を感じてからは10秒に満たない一瞬で、成人男性を倒したことになる。
「あの年齢で、この魔力量?」
遠目でこの夜闇では、少年の正確な年齢は推測することしかできないが、背格好から察するに同年代なのは間違い無いだろう。
「衛兵を呼ぶべき。でも…」
この魔力の持ち主が、どんな魔法を使うのか。一体何者なのか、好奇心が湧き出てくる。
「少しだけ、魔法の構造を分析してから」
テレシアは自分に言い訳する。
「どうせ、この魔力なら一方的な戦いになる。危険はない。魔法の分析が終わったら、すぐに衛兵を呼べばいい」
そう判断した瞬間、取り囲んでいた男たちが襲いかかる。前衛2名が同時に剣を抜き、魔法使いが後方で詠唱を開始する。
その統率の取れた動きに、素人の強盗ではないことは明白である。しかし、ザインは最小限の動きで全てを躱し、いなしていく。
そんな情景をテレシアは冷静に観察する。
「大人が子供を囲んでいるようだけど、まるで歯が立ってない」
それでも、体術だけなら、それほど興味は湧かない。
「やはり衛兵を呼ぼう。その前に、あの魔力がどう使われるか、もう少しだけ——」
——————————————————————————————————————————————————
目の前で完全に舐めていた相手に、仲間がやられても一切動じることなく次の攻撃をおこなうことを考えると、あながち先ほどの10階層の踏破者というのは間違った情報ではないのだとザインは理解する。
しかし、5歳からアイギスのもとで剣術の修行をつきっきりで行なっていたザインからすれば、この程度の攻撃では腰に下げた剣を使うまでもない。
「前衛のいない魔法職だからと侮っちゃいけないよ。腕力はなくても動体視力と技術だけで、腕っ節だけの剣撃は回避可能だ。」
一向に当たる気配のない攻撃に、しびれを切らした魔法使いが、短縮詠唱にて火球を放つ。
仲間を巻き込みかねない、タイミングでの一撃なのだが、彼らの中でしっかりとした取り決めの上での連携攻撃なのか、一心不乱にザインを攻撃しているとおもわれた、男は火球が直撃するタイミングで大きく後方に飛び下がる。
しかし、火球が肉薄してもザインは避けることなく、片手を軽く挙げる。
——————————————————————————————————————————————
「あ、ありえない…」
火球が空中で「消滅」する。いや、正確には魔力に還元される。
テレシアの目が見開かれる。全ての思考が、魔法の分析に集中する。
「魔法の解体…あの速度、あの状況下で……」
テレシアの頭脳が高速回転する。
通常魔力の解体には高度な計算が行われる。実際にテレシアも授業で何回か実施しているし、学園の上級生とであれば実戦は可能だ。
テレシア自身も向けて放たれた魔法を解体したことは何度もある。しかし、それは、命の危険のない授業の中での話である。剣が肉薄し、失敗すれば即死亡の殺意のこもった魔法ではなく、怪我のない威力の魔法を教員の庇護の下で行われるものである。
「魔力の流れが…周囲の大気中の魔力を引き込んでいる? 環境魔力の利用? 理論上は可能だけど、実現例なんて……」
反撃として放たれた空気の弾が成人男性の魔法使いを捉え吹き飛ばす。その周囲に広がるのは少年の魔力ではないことに客観視しているテレシアだからこそ気がつく。
「内部構築の速度も異常。あの複雑な魔法を0.5秒以下で…まるで、最初から構築が完了していたような」
魔法を解体してから自身の魔法を発動するまで異常な早さ。ここ最近感じていなかった高揚感がテレシアの中で動き始め、夢中で分析を続ける。
——————————————————————————————————————————————
「人間との実践戦闘は初めてだったんだが……少々期待外れだな。10階層と言ってもこんなものか。」
「くそ…こんなあっさり…」
リーダーであろう片手斧を両手に携えた男性が冷や汗と共に本音を漏らす。
10階層に到達するまで、無傷で進んできたわけではない。数人の仲間は道中で失ってきた。しかし、ここまで残ったメンバーは、10階層のボスを倒したときの面々であり、現在の最大戦力の4名である。そんな、パーティーのメンバーがおよそ10代前半の貴族の子供一人にいとも容易く倒されていく。まだ確認したわけではないが、一番最初にやられた仲間はすでに死亡していることは何となく察することができる。しかもその手段はダンジョンでも見たこともない未知の方法でだ。
「まぁ、君らの強さ以外は概ね想定通りにことが運んで気分がいい。」
戦闘は継続しているにもかかわらず、ザインは清々しい笑顔とともに大きく伸びをする。
「……さて、そろそろ締めだ。きみは、戦えそうにないから早いこと終幕にしようか。」
「クソがぁ! 舐めるなっ!」
戦闘が終わる。最後の一撃はこの大陸でも3本の指に入るほど進んだ魔法技術を学ぶ事のできる学院で、見聞きした事のない魔法により、リーダーの男性はその場に崩れ落ちた。
そこで、テレシアはようやく気づく。
「衛兵を呼ぶタイミング…逃した」
目の前で起こる常識外の状況。魔法の分析に集中していたら、いつの間にか全てが終わっていた。
「わたしは…何をしているの」
罪悪感が湧き上がる。
「呼ぶべきだった。けど、わたしは魔法の分析を優先して…」
結果的には、テレシアの予想した通り衛兵は必要なかった。しかし、通常であれば少年が蹂躙される状況が予想される中、真っ先に動くことができなかった罪悪感がテレシアの中に広がる。しかし、もう一つの感情。
「でも、あの魔法を見られた」
テレシアは自分の本音に気づく。
「わたしは…後悔していない。魔法を見られたから」
自身の経験した事のない、観測したことすらない魔法を目の前で見て、分析することができた。その事実が、テレシアを動揺させる。
「わたしは…正しくない。でも、後悔していない。これが……」




