外伝 テレシア・リーン
一人の少女が夜の帝都を歩いている。年齢は10歳前後の幼い少女は、先端が三つ編みに編み上げられた緑色の髪の毛を指でいじりながら一枚の資料をみる。
月明かりの他に街灯のおかげで僅かにみることのできる文字。そこには、アカデメイアの入学要綱が記されていた。
帝立魔法学院を8歳という異例の若さで入学したテレシア・リーン。帝都内ではそこそこ名前の通った『魔道の天才』
当然のように幼さの残るその顔は、退屈そうに平坦であった。
「ダンジョン攻略者育成学校…」
手元の資料を見つめる。
「古代魔法の研究も重要。でも、実際に『生きている』ダンジョン魔法を研究できれば……。」
ダンジョンには「固有魔法」が存在する。それぞれのダンジョンに特有の、未解明の魔法理論。
すでに学園に入学して2年の歳月が経過しようとしている。基礎理論は全て叩き込み、現在行なっている研究は停滞気味だ。それを打破するための一助になるかもしれないと手に取った、学園入学の資料。
その停滞は、研究をこなっている物であれば、数多く経験する物なのだが、10歳の彼女には経験したことのない焦りを誘発させていた。
「ダンジョン内部に未だ、観測も実証も再現もできない魔法はあるけれど……」
一人ごとのように呟きながら、決断できない理由は簡単だ。
彼女は優秀な魔法学者であり、『天才』と評されるほど雄弁に魔法を扱うことはできる。しかし、戦闘経験は皆無である。
加えて、ダンジョンの攻略を行うにも資金が必要になる。研究と並行してそれを行うのは、不可能に近い労力を必要としていた。
しかし、ダンジョン攻略が上手くいけば、研究に必要な資金を自身で用意することができる。そういった意味では、卒業までにある程度の期間は必要とするものの、学園で上記の経験を積むのは効率的であった。
夜の街。習慣となっている魔法学院の蔵書室から宿への帰り道、路地裏から争いの気配を感じる。
テレシアは足を止める。
「トラブル?」
帝都では、夜でもこのようなことは珍しい。思わず、テレシアは目線の先へ進んでしまう。建物の影から覗き込むと、数人の男たちが一人の少年を囲んでいる。銀髪の少年。10歳くらいだろうか。同い年の少年がこんな場所で? とも思うが、テレシア自身も人のことは言えない。
「これは……衛兵を呼ぶべき」
テレシアは冷静に判断する。自分が介入するより、衛兵を呼ぶ方が適切だ。解決できる実力であっても、時間をかけることは合理的な判断とは言えない。
踵を返した瞬間ー
膨大な魔力の気配がテレシアの全身を包み込む。
銀髪の少年の周囲に、莫大な魔力が渦巻き始め、テレシアは息を呑む。
「なにこれ…」
その量は圧倒的だ。自分と同等、いや、もしかするとそれ以上かもしれない。
「あの年齢で、この魔力……」
逸材として、過ごした魔法学院の中でも圧倒的な魔力量をほこり、教師や外部講師であっても同等レベルの者はいても、ここまでの差は存在しなかった。
「……呼ぶべき。でも。」
この魔力の持ち主が、どんな魔法を使うのか。一体何者なのか、好奇心が湧き出てくる。
「少しだけ、魔法の構造を分析してから」
テレシアは自分に言い訳する。
「どうせ、この魔力なら一方的な戦いになる。危険はない。魔法の分析が終わったら、すぐに衛兵を呼べばいい」
でも、心の奥底では分かっている。自分は、あの魔法が見たいだけだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
時は少し遡り、テレシアがザインを発見する前。
帝都の中でもとびきり人通の少ない路地裏。一人の商人が、小さな声で密談をする。
「あれが今日の取引相手か? どう見ても子供ですよ?」
「うるせぇ。ガキでも金を持ってりゃ取引相手だ。どうせ貴族のボンボンだろ。」
その商人の密談相手は、顔に大きな傷を持つ、一人の男性であった。その服装からしてダンジョン攻略を生業とする探窟者であることは間違いない。
「いえ、そういう意味でなく、あんな子供であれば金だけ奪えばいいのではないですか? 探窟者の中でも実力はあるのでしょう?」
「あぁ? そんなことすれば目をつけられるだろ。投獄は勘弁だぞ。」
「大丈夫ですって。元々裏取引。貴族側の方が、罰則は厳しいですよ。だから、毎回護衛を雇うんですから。」
なるほど。と、探窟者の男性は商人の言葉に納得する。
確かに思い返してみれば、取引を行う貴族や商人はそれなりの護衛を連れていた。それは、こういう場合にそなえた策で、自身のところにその類の依頼がこないことにも合点がいく。
「だが、そんなことばかりしていると噂が立たないか? 取引できないのも御免なんだが。」
「その辺りも大丈夫です。護衛を雇えず取られた=家の財力の不足を意味してますから。それに、」
と、商人は親指で、取引相手の少年を指差す。
「あの感じですと、親に内緒でこの取引を行っています。その点も踏まえて、脅して巻き上げれば親にも言えないでしょう。」
それが貴族のプライドですからということばは付け加えなくても商人の悪い笑顔で想像がつく。
「お前ぇ、ダチ少ねえだろ。」
「えぇ。おかげさまでね。」
類は友を呼ぶ。その言葉の通り、アウトローの元には相応の人間が集まるものだ。
「違いねぇ。よし、今回はその方針で行こう。最初の挨拶は任せたぜ。」
「お任せあれ。」
そう告げると商人は、未成年の銀髪の少年の元に歩みを進める。




