集団戦闘試験終了
少しはなれた茂みの中で息を殺す影が1つ。
誰にも気づかれないように全力で気配を殺す。
レンジャーの父が、男手1つで育てられたゼイラ。この学園に入学前から、ダンジョンには同伴で何度か潜って来ていた。
索敵、散策、罠の解除に発見など、ダンジョン内にはレンジャー職が必須な要素は多かった。
「……マジで言ってるの。」
そんなゼイラが、この学園に入学を決意したのはただ一つ。一人で戦うことのできる実力を身につけるためだ。
それは、学園の目的から離れていることは重々承知だ。
しかし、目の前で繰り広げられる光景にゼイラの決意は揺らぐ。
それは、目の前で繰り広げられている異次元の戦闘。14歳であるゼイラと同じ歳の2人の少女。そして、同い年とは思えない、屈強な赤髪の男性。しかし、この学園の入学試験を受けているのであれば同世代である事は想像に難くない。
「……アレと渡り合うなんて、厳しいんですけど……。」
依然として繰り広げられている、戦闘の衝突音が森に響く。
ゼイラの他にも数人の受験生が戦闘をそっちのけで3人の戦闘を観察している。
今が入学試験という特殊な環境でなければ、参戦してしかるべきだろうが、ゼイラ同様目の前で繰り広げられている戦闘に見入っているようだ。
どう考えても同世代。いや、現状のゼイラが見ることのできる戦闘でも天井に近いところで繰り広げられる戦闘に興味のない人間は、この学園の門を叩く事はないだろう。
「……かくいう、ボクは動くチャンスってことね。」
もちろん、ゼイラも戦闘には幾分かの興味はある。しかし、もとより純粋な戦闘職ではないため、この視線を集中させる戦闘は行動を起こす上で好機になる。
気配を殺し、茂みから茂みへと移動する。
相手の中でも戦況の把握と指示を行っていた人物のみが脅威と思っていたが、例に漏れず彼も3人の戦闘の決着を図っていた。
だからこそ、このタイミングで動く意味が出てくる。
距離はおよそ5メートル。
目標の地点を見定め走り出す。
目指す場所はただ一つ。全員の視線が、あの極限の戦闘に集まる中。本来もっとも重要視しなければならない場所。しかし、その戦闘の決着が付かなければ、本来不可侵の領域。
「旗、とりました。」
一人の声が試験会場となる森の中に小さく広がる。
決して大きくないその声は、全員の視線を一気に集める。
それは、全力戦闘中のリリシア達も例外ではない。
大剣を振り上げ、バルドルに向けるまさにその瞬間。声に反応したリリシアは驚き、喜びの表情に一気に変わる。
「ゼイラ! すっごい!」
戦闘に集中していたこと、味方であるゼイラの動向に気をかけていなかったことを加味しても、全く気がつかなかった。
横にいるユリアも試験の終了基準は理解したようで、構えていた斧を下げる。かなりの疲労を感じているようであったが、このまま戦闘が終了するのであれば問題はない。
ゴーン。ゴーン。
と、試験の終了を知らせる鐘のが広がる。
しかし、
「ざっけんな! 何が試験だ。いま盛り上がって来たとこだろうが!」
急にバルドルが咆哮をあげる。
確かにバルドルとの戦闘は、今までにない苛烈さのピークに入っていた。その熱を利用したゼイラの作戦勝ちだ。しかし、純粋な戦闘を楽しんでいたバルドルからすれば、試験での条件勝利という形での戦闘終了は望まない結果なのだろう。
薙刀を大きく振り回すと、バルドルは臨戦態勢を崩していたユリアに向け走り出す。
「ちょっと。何考えてるの!」
一歩遅れてリリシアも走り出す。しかし、身体能力で同等以上のバルドルに追いつけるわけもなく、数歩の内にユリアに接近する。
「ユリア!」
リリシアの叫びも疲労したユリアには届かない。
もし、バルドルに正常な思考能力が残っているのであれば、大事には至らないかもしれないが、いまの彼の表情からそれを期待するのは難しい。
「(どうしよう。ユリアが、ユリアが……)」
1秒に満たない時間でリリシアは思考を巡らせるが解決策は出てこない。
完全に脱力し始めたユリアはすでに、斧を落としかけている。少し遠くに見える、瞳には光が失われ、いまにも倒れそうに見える。
そこにバルドルの薙刀がせまる。
「終わりと言っているだろう。」
そこに割り込んで来た一人の人影。
どこから、いつ。という疑問がバルドルとリリシアの脳裏によぎる。
それは一人の可憐な女性であった。堅牢な深紅の鎧を身にまとい、大きな斧を携えているにもかかわらず、隙間に見えるわずかな黄金色の瞳と髪だけで、彼女が誰であるか、理解できる。
現皇帝 ヴァンドリヒ・カサンドラ
歴代でも珍しい女性の皇帝であり、以前は塔の攻略にも積極的に行っていた実力者である。
それ故、その身よりも大きな戦斧を片手で軽々持ちあげ、バルドルの一撃を止めてみせる。
「あくまで試験よ。必要以上の戦闘は認めない。」
皇帝の言葉は言い終わる頃に、バルドルの薙刀が崩壊する。
先程までのリリシアとの攻防に加え、圧倒的に質の異なる武器との衝突に、耐えきることができなかったのか、付け根の部分が粉砕し、遠くの木の幹に突き刺さる。
「――ッ! クソッ。」
驚きの表情と悪態をつきながら、折れた片割れを地面に叩きつける。
リリシアが最も驚いたのは、バルドルが想定外の強者である、皇帝が現れたにも関わらず戦闘を開始しなかったことだ。
武器が破損しても素手で殴りかかることを想像したが、意外にも踵を返して、森の中に消えてゆく。
方角的に、入ってきた入り口に向かおうとしているのだろう。
「ユリア。大丈夫!」
本来であれば、皇帝に対しての挨拶が最優先されるべき局面だが、リリシアにとっての最優先は先ほどまでにともに闘っていたユリアに向かう。
皇帝に対しても、止まって一礼は行うものの、それにとどまる。
「……シア。大丈夫、だよ。……それより、陛下に。」
「必要ない。しかし、試験とはいえ無理したな。」
皇帝に対する不敬を気にするユリアに対し、リリシアよりも早くカサンドラ自ら制する。
それに留まらず、フラつくユリアを支えるリリシアの反対側の方を持つ。
「へ、陛下! 汚れが……。」
「構わん。これも戦闘用だ。多少の汚れはすでにある。」
深紅の鎧にリリシアが見る限り、目立った汚れも傷もない。しかし、試験で汚れたユリアの体をより一層強く支える。
「立場上、肩入れは出来ないが、君らの戦闘は素晴らしかった。久々に見ていて面白いと感じたよ。」
「えっ、ありが――あっ、えっと。ご評価いたみいりま?す。」
「シア……。」
変な敬語を使うリリシアに対し、疲労困憊のユリアが怪訝な表情をする。その二人の光景をみて、カサンドラは笑いをもらす。
「はっはは。いいさ、今は不敬は気にしない。それくらい気分がいい。」
数歩歩くころには、学園の教師陣がユリアの肩を代わるために近づいてくるが、カサンドラはそれを片手で拒否し、自身の武器を預ける。
ユリア個人としては気が気ではないので、代わってほしい感情を押し殺し、なるべくリリシアの方へ体重を寄せる。
リリシアは、腕を通して、ユリアの体温がじんわりと伝わってくる。
先ほどまでの、肌が粟立つような緊張感は、もうどこにもない。
その様子にリリシアも安心感から、そっと瞳を閉じ、静かに息を吐いた。
あの一瞬、覚悟を決めるために吸い込んだ一呼吸とは違う。今度のそれは、ただ隣にある温もりを確かめるためだけの、穏やかな一呼吸だった。
第二章の第一部が終了です。
次回以降、ザイン視点が始まるのですが、その前に外伝ガイア入ります。
楽しんでいいただければ嬉しいです。




