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女神様は勇者様 少女と元魔王の転生譚  作者: Yu_Yu
第二章

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リリシアの覚悟


 バルドルとリリシア、そしてユリアとの激しい攻防が、幾度となく繰り返されていた。


 リリシアとユリア、二人の連携は、場当たり的な即席のものであったため、完璧と呼ぶにはほど遠いものだった。

 しかし、その場の状況に合わせて互いの動きを読み合い、咄嗟の判断で補い合う様は、単なる及第点を大きく超えるレベルに達していた。


 それでも、根本にあるそれぞれの技量差が、時間の経過とともに徐々に、しかしはっきりと姿を現し始めていた。


「はぁ、はぁ、ユリア。まだ、いける……。」


リリシアの声は、呼吸の合間に途切れがちに響いた。


 息を吐き出すたびに、その肩は大きく上下する。それに対し、ユリアの返事はさらに小さく、か細い。


「……うん。……まだ、大丈夫……。」


 戦闘の最前線に立ち、直接的な攻撃と防御の応酬を担っていたリリシアが、まだ前向きな言葉を絞り出していたのとは対照的だった。後方で二人の動きを常に予測し、バルドルとリリシア双方の動きに生じるわずかな隙を的確に見つけ出しては、その対処に集中し続けていたユリア。


 彼女の息遣いは、すでに荒く、そして浅くなっていた。

 その姿は、まるで嵐の中で必死に帆を操る船のようにも見えた。

 普段、人の顔色を窺うことにあまり頓着しないリリシアでさえ、ユリアが限界に近づいていることは、その激しい呼吸と表情から容易に察することができた。


 その状況を前に、リリシアの心には焦りの感情がじわりと広がっていく。


 対するバルドルは、依然としてその口元に余裕の笑みを浮かべたままだった。


 先の攻防の中で、一時的に彼の表情から余裕を奪うことは確かにできていた。しかし、彼の底知れない体力と技量を前に、これ以上の過酷な戦闘にユリアが耐え続けられる確証は、リリシアにはどうしても見つけられなかった。


「(――耐えられない前提で考えた方がいいよね。どうするかなぁ。戦闘中に体力の回復は難しいし……。)」


 リリシアは、神聖系の回復魔法を使うことができた。以前、森の中を走りながら母親の体力回復を試みたことがあったが、その時は自分自身の疲労も相まって、想像以上に集中力を要し、全身の気が張り詰めるような感覚を覚えた記憶が鮮明に残っている。

 

 自身の体力回復ですら、この激しい戦闘中に実行するのは至難の業だ。

 ましてや、目の前のバルドルが、そんな無防備な隙をやすやすと許してくれるとは到底思えなかった。


「(いや、むしろ、それを歓迎するかもなぁ……。)」


 そんな思索に囚われながら、リリシアは自嘲するように苦笑いを浮かべた。

 そう考えてみれば、ザインが森番を務めるようになってから、彼と共に「力をつけよう」と決意して鍛錬を重ねてきた期間、回復魔法が必要になるほどの追い詰められた戦闘は一度も経験していなかった。


 最も苦戦を強いられたのは、ザインと出会った直後の、三つ目の魔獣との戦いであった。

 それ以降、帝国でも有数の魔境と名高い森の中で、死を覚悟するような危機的な戦闘状況に陥ったことはなかったのだ。


 遠距離から戦闘状況を支配し、常に全体を把握してくれる存在のありがたみを今改めて噛み締める。

 同時に、それを近接戦闘の速度を維持しつつ完璧にこなしているユリアへ、リリシアは改めて尊敬の眼差しを向けた。


 純粋な一対一の戦闘能力ならば、リリシアが優っている可能性は高いだろう。しかし、状況判断能力や全体を俯瞰する洞察力を含めた総合的な戦闘能力においては、ユリアに軍配が上がると、リリシアは確信に近い思いを抱いていた。その上で、ここまでユリアに頼りきりになってしまった自分の状況を深く反省した。


(――全力での戦闘は、普段ザインに「あまり良くない」と言われているけれど、これ以上、ユリアに迷惑をかけるわけにはいかない。)


 そう心の中でつぶやくと、リリシアはほんのわずかに瞳を閉じ、深く息を吸い込んだ。特別な儀式でも、何か途方もない力を引き出すための合図でもない。しかし、自分の中で一つの区切りをつけるために、リリシアにとっては必要な、まさに「一呼吸」であった。


 ザイン曰く、リリシアの強さは、この世界全体の基準で見ても平均を大きく超えるレベルに達している、とのことだった。


 既に、ユリアや、帽子を被った男性、バルドルといった人物を前にすれば、その基準自体に疑念を抱かせる要素は少なくない。

 それでも、基準を逸脱した途方もない強さが、不必要なトラブルを引き起こすというザインの忠告は、これまで律儀に守ってきたつもりだった。

 だが、この瞬間、リリシアは目の前の人物の真の強さを自らの身をもって確かめることの方が、何よりも重要だと判断した。

 それ以上に、ここまで自らを支え、献身的に戦ってくれたユリアに報いることこそが、今、自分が真っ先にすべきことだと、リリシアは心に強く刻み込んだ。


 「ここから、もう一段あげてくよ。」


 リリシアがその言葉を静かに、しかし決意を込めて口にした瞬間、バルドルの表情が明らかに変わった。


 彼はリリシアから放たれる雰囲気の変化を敏感に察知した。

 それまで見せていた余裕に満ちた笑みは完全に消え失せ、驚きとともに真剣な眼差しが生まれていた。

 それにつられるように、疲れの色を隠しきれないユリアですら、驚きに目を見開いてリリシアの方を振り向いた。


 別段、リリシアが何らかの隠された力を封印していたわけではない。


 変化したとすれば、それはおそらく、リリシアの表情に宿る真剣さが増した、それだけの話。


 普段、彼女の口元に常に浮かんでいる仄かな笑みは、依然として健在だった。

 ただ、心の中に潜んでいた「命を賭ける覚悟」を、この一瞬でしっかりと作る。


 その内面的な、しかし決定的な変化を、最も鋭敏に感じ取ったのは、やはりバルドルだった。

 それまで、ユリアとリリシア二人からの攻撃を受け流し、隙を見て反撃することに徹していた彼が、初めて自ら動くことを余儀なくされるほどの、本能的な危機感を覚えたのだ。


 疾風のような速度で肉薄してくるバルドルに対し、リリシアはごく小さく息を吸い込み、即座に反応した。


 バルドルが猛然と振り払ってきた薙刀を、彼女の大剣が力強く弾き飛ばす。

 まるで、先ほどまで腕力で振り回されていたのが嘘であるかのように、バルドルの薙刀は地面に深く突き刺さった。


 「いいなぁ!」


 その咆哮と共に、地面に突き刺さった薙刀の矛先を起点にして、バルドルの回し蹴りがリリシアの顔面へと迫る。紙一重でその一撃を回避すると、バルドルはそのまま一回転して流れるように着地し、地面から薙刀を引き抜いた。


 そのわずかな隙をリリシアは見逃さない。


 瞬時に距離を詰め、肩に担ぎ上げた大剣を渾身の力で振り下ろした。大剣が空気を切り裂く音が響き渡る。


 バルドルの薙刀がその一撃を受け止めるものの、先ほどとは違い、リリシアの剣はわずかに彼を押し込むことができた。


 互いに押し合う中で、バルドルの瞳がわずかに細められる。


 今まで感じていた、手の届かないような距離が、確かに縮まったことをリリシアは肌で感じ取っていた。

 ユリアと共に戦いながら、ずっと意識していたバルドルとの隔たりが、今や手のひらに触れられるほどに近づいたように思えたのだ。


 わずかに体勢を立て直し、引こうとするバルドルに対し、リリシアはそれを許さない。


 地面を這うような低い軌道で、大剣がバルドルの足元へと迫る。この一撃もまた弾かれたが、完全に勢いを殺しきることができず、バルドルの体幹がわずかに揺らぐ。

 その一瞬の隙をリリシアは見逃さず、渾身の体当たりを叩き込んだ。

 この戦闘が始まって以来、バルドルが最も大きく後退した瞬間だった。


「いいなぁっ!」


 再び咆哮が響き渡り、リリシアの肩を震わせた。先ほどまでの、ただ純粋に戦闘を楽しんでいるかのような笑みとは異なり、そこには好敵手を見つけた時の、抑えきれない高揚感がその声からほとばしっていた。


 横薙ぎ、返し、突き。

 目にも止まらぬ速度で繰り出されるバルドルの連撃が、嵐のようにリリシアを襲う。彼女は紙一重でそのほとんどを回避する。しかし、すべてを完璧に避けることはできず、その一撃が彼女の肩をかすめ、服が裂ける。

 わずかな痛みが肩を走るが、リリシアはそれを無視し、さらに肉薄する。


 互いの得物が激しくぶつかり合い、そのたびにかすり傷を与え合う。

 バルドルの眼の奥には、まるで炎のような光が灯っていくのが見えた。それに呼応するかのように、リリシアの胸の奥も熱くなるのを感じていた。


 戦闘そのものに、リリシアが高揚感を覚えることはない。


 彼女は女神の眷属であり、その魂の清らかさゆえに神界へと招かれた存在であるため、自ら争いを望むことは決してなかった。

 しかし、肉体を得てこの世界に生を受けたことにより、一つ、眷属として魂を清めていた頃には決して感じることのなかった欲求が、確かに自分の中に存在することに気づいた。


 それは、長い間感じることのなかった、生を実感する喜びだった。


 その確かな喜びこそが、今、リリシアの芯を熱く燃え上がらせる。


 一進一退の攻防は、数度にわたり行われる。動きを優先するために纏っていた革製の装備品はすでにほとんど残っていない。


 対峙するバルドルの方も、体の複数箇所から流血し始めている。


 アミュレットが発動しないほどの怪我を連続で受けた場合、試験官の介入がある話だったが、彼女らの戦闘はそれに該当しないのだろう。


 一度大きく二人の距離が離れる。


 二人の攻防は時間にして10秒に満たなかったはずだが、二人は全力疾走後のような疲労感が一気に襲ってくる。

 

 その瞬間、バルドルに休息を与えないタイミングでリリシアの視界にひとつの影が飛び入る。

 

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