バルドルVSユリア
両手斧が宙を舞う。誰もがその行方に目線が奪われる中。
一方で、赤髪の大男は、近くにいるはずの強者の気配を探る。ただ、ある程度強いものは、気配を隠すのも上手い。そのため、この刹那の時間では、場所を確定することは出来ない。
斧は茂みの方へ飛んでいく。
飛距離にしておおよそ5メートル。あの重量の武器がここまで飛ばすことのできるマルコスの腕力には目を見張るモノはあるが、それだけでバルドルはたぎらない。
茂みのなから一人の影が飛び出して来る。
それは、可憐な少女であった。
少女と言ってもこの帝国の法律での成人年齢は超えている、蒼い髪の少女。
華奢な腕で器用に両手斧を空中で掴むと、着地の衝撃を膝で綺麗に殺しながら、そのままの勢いでバルドルへ向けて駆ける。
「ほう……狙いは、オレか。」
真っ先に一団の中の実力者に走り出すところ見ると、一番槍の男にもしてやられている。元より、武器の奪取が目的だったのだ。
「お前が、オレの乾きに応えれるのか……。」
その声に期待はない。裏切られるくらいの淡い希望ならな花から持たないのが彼の主義だ。
——時間はほんの少し戻る。
空中に斧が舞う。
マルコスが無傷で敵の武器を奪取したのは見事だ。と、素直に称賛しユリアは、事前に決めていた戦闘の方針をリリシアに確認をとる。
「じゃあ、手筈通り。まずはアタシが見て来るから。」
そう告げると、リリシアの返事を待たずにユリアが茂みの中から飛び出し、空中で斧を掴む。
着地と同時に掴んだ斧の感触を確かめる。
手のひらで感じる重みがまるで違う。先ほどまで使用していた、片手剣に比べ物にならないほどの重量。それでも、問題なく振るえる。そう確信したユリアは、コンマ数秒の思考を終わらせバルドルに向け走り出す。
接近するユリアに対して、バルドルは構えることもしない。それは強者ゆえの奢り。
だが、それだけの実力差がることを覚悟しユリアはより一層斧に力を込める。
速度を落とさぬまま、ユリアはバルドルの胴体めがけて横薙ぎに斧を振るう。
小回りを取りやすいよう、接触の瞬間には右手を離す。それまでに乗った遠心力と左腕の力だけで振り抜く。
渾身の一振り。しかし、バルドルに難なく薙刀で弾く。
「まだ!」
弾かれた斧の柄を右手で掴み、斧の軌道を修正する。
頭上を通り、相手の右肩からの袈裟斬りを叩き込む。が、最小限の動きで防がれる。明らかに重量のある両手斧が当たったにも関わらず、バルドルの持つ薙刀は微動だにしない。
加えて、バルドルは反対の手を持ち直すと、腕だけの力でユリアの身体ごと後方に大きく吹き飛ばす。
「くッ――」
吹き飛ばされた勢いのまま、空中で一回転する。衝撃を殺し、綺麗に着地する。
追撃に備えて武器の感触を確かめながら、前方を見据える。まだ、バルドルはその場から動いていない。さらに、先ほどから構えもしない。
「――その価値はないってことね。」
複雑な気分になるが、追撃してこないのであれば、最大限利用する。体の左側に斧を構え直し、地面を蹴る。
10メートルに満たない距離など、ユリアの身体能力からすればあってないようなもの。一瞬で間合いを詰め、二人は再び肉薄する。
今度は両手で斧をしっかりと握り、遠心力と渾身の力を先端にこめる。
ギャキン。
火花と共に、耳を劈く音が広がる。
配布された武器は同等の素材でできているはずなのに、まるで壁を叩いているような衝撃と共に稲妻をさったかのような手の痺れが走る。
「悪くねぇが、まだタギらねぇな。」
煽るような彼の言葉に、ユリアは反応しない。
事前に組み立てていた動きをなぞるように斧を引き、右手を離すと腰に下げていた片手斧に手をかける。
リリシアとの戦闘で限界を迎えつつある、先ほど拝借した片手斧。
もう一撃。全力を当てれば、すぐに壊れそうなほど疲弊している。が、防御に得物を使っている以上ユリアのこれを止める術は無いという判断だ。
「甘い!」
しかし、バルドルの片腕のパンチ一発。アッパーカットの一撃を斧の身の部分に受けると簡単に崩壊していく。
ユリアの表情に驚きの色が広がる。
彼の手は素手だ。いや、籠手をつけていたとしても金属製の武器を破壊する事は容易なことでは無い。それが、すでに攻撃を受け武器が消耗していたとしても簡単な芸当ではない。
さらに、片手になってしまった両手斧の力比べでも、バルドルに軍配が下り、両手を広げるような形で目の前にいるユリアに容赦のない蹴りが飛んでくる。
「ぐぅッ――。」
明滅する視界。
アミュレットが反応しなかった事が幸運と思える程の激痛が、腹部に響く。いとも簡単に数メートル後方に転がるユリアをバルドルは追撃してこない。
力の差は歴然。技の練度も、恐らく格上。身体能力に至っては同じ人間とは思えない。
勝てない。届かない。埋まらない。
互いの力量の差を意識するほど、折れそうになる。それでも、継続戦闘が可能ならユリアは体勢を立て直す。地面を滑りながら、勢いを殺す間も相手を見据え、決して斧を握る手は緩めない。
立ち上がり、視界が回復するとそこには、微動だにしていないバルドルがいる。
「(――ああ、嫌だ。)」
斧を握る手に、自然と力が入る。
田舎の村の伝承の勇者として生まれ、様々な訓練を積んできた。努力を惜しんだことはない。様々な武器で、様々な環境で戦い抜くだけの力は身につけたつもりだった。
追い付きたい人がいた。明確な目標に向け、最大限の力を尽くしていた自負はあった。しかし、
「(ここまで遠いなんて……)」
この試験の中でも三人。
ユリアの想像を超える実力の持ち主を見てきた。
彼らを越えないといけないのに、それに必要な努力の量のイメージが湧いてこない。
経験のない連続戦闘が、思考を鈍らせているのもある。が、それ以上に見えない天井が目の前を暗くする。
――このまま諦める?――
答えはNo。一択だ。
これからもこれまで以上の努力はする。そこは揺るがない。だが、いま、この瞬間に敗北を認める。
「まだ、負けてないのに諦めるのは違うよね。――シア!」
叫ぶユリアの言葉を予測していたかのような速度とタイミングで、一つの影が茂みの中から姿を現す。
「うん! 任せて!」
決して力強い声ではない。寧ろ鈴の音のように透き通るような同性のユリアでも可愛らしいと思える声だ。
しかし、どこからくるのか不明の安心感が広がる。
出会って間もないが、なんとかしてくれるような不思議な安心感。
しかし、ユリアの中で越えなくてはなら無い壁の一つだ。




