初めての連携
目の前の相手は、驚くほどに軽装だった。致命傷になる部分のみを守り、それ以外は一切の装備を行っていない。
目深に帽子をかぶっており、それが彼のトレードマーク。その帽子から鋭い眼光がリリシア達をとらえる。
「早く片付けよ、ユリア。」
「うん。」
言葉とともに走り出した、リリシアに続く形でユリアも走り出す。
リリシアの戦闘方法を見た際の反応は決まっている。少女の華奢な見た目にそぐわない怪力に驚き、わずかに行動が緩慢になる――が、先ほども彼女の戦闘をマジかで見ている帽子の男性にとってはすでに経験している情報だ。
ゆえに、流れる様に迎撃姿勢を整える。右手に構えた斧を体の左側に寄せ二振り斧を並行に構える。
1秒に満たない時間で数メートルの距離を詰めたリリシアは、右からの大振りの一撃を帽子の男性へ放つ。
再び金属同士の衝突音が周囲に響く。だが、今回はそれ続き、金属同士がこすれる不快音まで鳴り響く。
「いぃいいいぃ!」
反射的に耳を覆いたくリリシアだが、流石に武器から手を放すわけにもいかず、顔が大きく歪む。
その間も、リリシアの大剣が滑り、帽子の男性との距離は刻一刻と縮まっていく。
リリシアが顔を歪めたくなるほどの不快音は彼には意味をなさない。先ほど同様に渾身の力を出そうと試みるが、音の影響でわずかに緩み、同等の力で押し返される。こんな経験は同世代との戦闘では初めての経験だ。
完全に最初の勢いを殺された頃には、リリシアと彼の距離は片手斧が届くほどの距離になる。
『敵の間合いだ。』そうリリシアが判断した瞬間には、右手に持たれた斧は彼の頭上に振り上げられていた。
瞬時にリリシアは、押し合っていた大剣から力を抜く。彼の力を利用し、わずかに右へ体勢を移す。同時に彼の重心もズレた事で攻撃はリリシアの頭上をかすめる。
先に地面に着地したリリシアは追撃の機会を窺い、体勢を立て直す瞬間——
視界の端に蒼が通る。
無言の奇襲が男性を襲う。
半歩、タイミングをズラしたユリアの追撃。
リリシアが、回避に失敗した場合も対応できるほどの距離から、ユリアの突きが男性めがけ放たれる。
タイミング的にも意識の外からの一撃。しかし、左手に持った斧が、片手剣の僅かな幅を捉える事で、ユリアの一撃すら見事に弾く。
続けて、交差させた両手をハサミの様に使い両手の斧がユリアの顔面めがけて閉められる。
寸前で、ユリアも両の腕を交差させ、盾と剣で斧の一撃を受けとめる。間髪入れず、リリシアが男性の腹部めがけて鋭い蹴りを入れる事で、再び彼女らの間に距離が出来る。
「なんか凄すぎじゃない? ワタシの周りにここまで出来る人いなかったよ。」
「アタシもだよ。……ちょっと自信あったんだけどな。」
後半の言葉はつぶやきの様に小さく、リリシアに聞き取ることはできない。が、ユリアの表情を見る限り、ショックを受けている様な心情はうかがえる。
しかし、二人に足を止める時間はない。逃げた人物を追う為にも、目の前の帽子の男性を早急に倒す必要がある。
互いに視線を合わせ、短い言葉を交わす。
「ユリア。任せていい?」
「うん。任せて。」
二人の過ごした時間は本当にわずかだった。しかし、先ほどの連携で直感が言っている。
目の前の彼女は、自身の期待にこたえてくれる。それは、互いに対しても言えるという確信。
もっと時間があれば、完璧で隙のない連携を行うことも可能である直感。その直感に身を委ね、二人は走り出す。
今回も先陣はリリシアが切る。その半歩後ろをユリアが追随する。
先ほどの攻防で、男性に技量で負けているかもしれない。しかし、身体能力はリリシアたちの方が優っている。その上、こちらには連携を行う要素が残っている。速攻と身体能力による強引な突破は出来なかったが、連携をすれば十分に勝機はある。
先ほどまで大剣を長めに持っていたリリシアは、取り回しがしやすい様、両手の間隔を開けて持ち直す。
追いかけるユリアは左手の盾に神経を集中させる。自身は攻撃役ではなく、陽動と誘導。そして、リリシアのサポートに徹する姿勢で男性の所作全てに集中する。
対して、男性は先ほどと同様に斧を構える。
「同じ手はないよ!」
リリシアの言葉とともに、彼女は空中に大きく跳躍する。
大振りの一撃が受け流されたのであれば、大剣の質量も加算し襲いかかる。
わずかに男性の表情が歪む。しかし、すぐさま元の冷たい印象を受ける表情に戻る。構えた斧は一本。先ほどのリリシアの一撃を両手で受けたことを考えると、不十分な防御。リリシアも疑問に思いながらも渾身の一撃を叩き込む。
左手に持った斧でリリシアの一撃を受けた瞬間、男性の背中側に大剣が流される。少しでもズレれば、脳天に一撃を受ける状況でも彼の表情は歪まない。
それどころか、右手に持つ斧でリリシアに追撃を加える。攻撃を完全にいなされることにより、生じた隙を取られるが、リリシアもまた表情は歪まない。
「ユリア!」
「大丈夫! いるよ!」
すかさず、ユリアの剣が男性の斧を弾き止める。
リリシアの上空への飛翔は、ユリアの接近から彼の目線をズラす為でもあったことを、今更ながらに理解する。
頭上に弾かれた右腕と、リリシアの一撃を流した左手の斧を渾身の力で握りしめる。
「(恐らく、ここでヤられる。個々の身体能力差は目も当てられない上、連携もある。)……なら、せめて一人は持っていく。」
狙うは、攻撃をいなされバランスが崩れている大剣を持つリリシアに狙いを定める。しかし、
「こっちもまだ終わってないよ!」
体制を完全に崩していたはずのリリシア。一瞬ユリアに思考と目線を奪われたといえ、瞬時に攻撃を行う決断を下した。しかし、地面に突き刺さったはずの大剣はすでに彼女の腰あたりに構えられている。
視界の端には大きくえぐられた地面から、彼女の腕力の高さを物語っていた
「チッ。バガげてる。」
舌打ちと共に悪態をつきながらも、リリシアの大剣を受けとめるために斧の軌道を修正する。
なんとか身体に直接受けることを回避することが出来たが、リリシアの一撃を完全には受け止め切れることが出来ず、後方に大きくはじき飛ばされる。
地面に衝突した瞬間、後方に回転することで勢いを殺し、二人のいる方向に向き直る。しかし、かなりの速度で衝突した背中の痛み。攻撃をまともに受けた武器から伝わる悲鳴でしびれる両手。意識を緩めればすぐに斧を落としてしまいそうになる。
衝撃により明滅する視界をあげた瞬間には、ユリアが接近していた。再び悪態をつきたくなる気持ちを押し殺して、男性は己の得物に意識を集中する。
もうすでに彼の握力は残っていない。今まで通常戦闘でここまで疲弊したことはない。二人との身体能力の差を思い知らされた。加えて、支給された斧も悲鳴をあげており、もう二、三度同じ一撃を受ければ、折れてしまうと思えるほどだ。
このままカウンター重視の戦闘を行っても二人の連携に阻まれ、攻撃を受ける武器は早々に破壊されてしまう。
ならやる事は1つ。同士討ちを前提でのインファイト。かつ身体能力で劣るものの、小回りの取れない大剣を持つリリシアへ三度向かう。
しかし、接近するユリアが男性の方行く手を塞ぐ。
「(本当にこの二人は即席か!?)」
試験の人員の割り振りに疑問を持ちながらも、握力を失い始めた両手に再び鞭を振るう。
一秒に満たない時間で視線が交差し、互いの得物が動き出す。
ユリアが右手に持つ直剣を振るうのに対して、男性はその剣をはたき落とすように振り下ろす。
三度、衝突する金属音が周辺に鳴り響く。
今更、性差による腕力の差を基準に出す訳ではない。しかし、斧の重量をそのまま加算できるはずの男性の腕がユリアの持つ剣によって弾かれる。
彼の動きを見てから軌道を修正したとは思えないほどの反応に、表情が歪みそうになる。何度も得物を交わした事で彼女らの身体能力は把握している。斧がはじかれる事は想定の範囲。
それにより、ユリアの攻撃手段を限定できれば十分。男性はもう一方の斧で追撃を行なえばいい話だ。
「何度も見たからね。アタシも甘く見ないでよ。」
その言葉と同時にユリアが重心を落とし振り上げた剣を体の後方に弾く事で、剣先が再び男性の方を向く。
“突きが来る“
思考し、反応できても男性の反射神経では避ける事は叶わない。すでに動き始めていた斧を自身の前に持ってきてガードするのがやっとだ。
金属同士の衝突音が響くと続いて砕ける音が鈍く広がる。
「えっ。」
しかし、声を出して驚いたのは男性ではなく、攻撃を行ったユリアの方であった。
それは、何度も無理な攻撃を受け、悲鳴をあげていた男性の斧ではなく、ユリアの剣先が折れたからだ。斧の腹の部分。もっとも金属が分厚いが、非常に狭い領域でユリアの剣を受けた事実に驚愕する。
剣の酷使はない。しかし、斧に比べ元々の耐久力にかける剣では、斧の腹の部分に対する衝撃は耐えきることができなかった。それは、彼の技量がなし得た偶然の産物であり、彼自身もまたこの極限の戦闘の中で確かな成長を感じた。
「天晴だ。帝国の未来は明るいな。」
その言葉とともに帽子の男性の持つ斧も大きな亀裂音とともにその場に落ちてゆく。
せめて一人は道連れにすると息巻いていた彼の姿はそこにはなく、初めて張り詰めた顔つきが緩んだように感じた。
彼の視界にはユリアの後ろに控えるリリシアの姿が捉えられていた。
大剣が振り下ろされ帽子の男性のアミュレットが発動するかわいた音が、森に響く。




