接敵、そして、戦闘へ。
試験開始の合図が森全体に広がる。
作戦会議を行っていたリリシア達も会話を中断し、周囲の警戒に入る。
「っても、流石に周辺には誰もいないよ。で、どっちの方向に進む? 一つも分かんないけど。」
常に警戒態勢を取りつつ、ゼイラの発言に全員が顔を見合わせる。
相手チームもこちらの旗の位置を把握出来ていないが、それはこちらも同じ事である。
敵と遭遇するたびにその人員を減らしていく方針は概ね固まっていたものの、敵陣の場所の見当がつかなければ、やみくもに時間を浪費することになる。
「一つ提案として、敵を呼ぶように目立つって手段もあるけどあり?」
「うーん。明らかな囮って分かるしね。妙案じゃないけど……。」
リリシアの提案を否定しように、税ら自身も代替案がない。そのため、強く否定することもできない。
「ひとまず、ボクは木の上で見てみるよ。」
ゼイラは簡単に頭上の枝に捕まると、瞬きほどの間に林冠に消えていく。
「でも、どうしよう。始まっちゃったけど、全然どこか分からないよ。」
「うーん。向こうも同じだから、止まってても仕方ないし移動したほうがいいと思うけど。」
偶然敵と鉢合わせる可能性は低いとはいえ、敵陣を発見できれば、それだけで十分な戦果だ。
また、リリシアの発言から戦場の注意を引きつける手段を持っているなら、なおさら敵陣の発見は効果的だ。
「いずれにしても、アタシ達は、敵陣の発見は優先したほうがいいかな。」
ユリアがそう発言すると同時に、ゼイラが木の上から飛び降りてくる。
「急ぎじゃ無いけど、10時の方向。接近する影があるよ。数は5ってところかな。どうする? 戦闘は避ける? 森の中だし、2名は戦力外だよ。」
勝手に戦力外カウントされたマルコスだが、自身の役割は理解しているようで反論は行わない。
「でも、ここで見逃したらあんまり意味ないよね。元々は、人数での有利は考えてない訳だしさ。」
楽観的なリリシアの発言に全員が思わず微笑を浮かべる。
「一応、試験で死なないなら、ちょっと無茶しよ。無理だった時は一緒に謝ろ。」
ニカッという擬音が似合うような笑顔。『試験だから死なない』と言う発言は、試験の意味を考えるとよろしくない発言だ。しかし、その発言はこの場にいる全員に場違いだと思わせない不思議な説得力を持っていた。
「なら、早く行こうか。通り過ぎて自陣がバレたら事だしね。」
そう言いながら、ゼイラが先陣を切って走りはじめる。それに続く形で、リリシア、ユリア、マルコスの順に続く。しかし、最後尾を走るマルコスの鎧の衝突する音が森の中に響く。
「……マルコス。悪いけど、この方向にゆっくり来て。数的有利は取れないから、せめて奇襲は取りたい。」
まだ、一団との距離がそれなりにあるのか、ゼイラが先頭から顔も振り向かずに話す。
「……その方がいい。ついて行くのがやっとで、そこまで余裕はない。」
まだ、マルコスも息は上がっていない。しかし、森の移動に慣れており、さらに軽装備の三人を追いかけるだけでやっとだ。
そんな状態で装備品の接触音にまで気を配る余裕は無い。彼自身でもその意識はあったようで、急速に速度を落としていく。
「方角は理解した。奇襲時の邪魔にならないよう回り込む形で向かおう。」
速度を落としたマルコスは、リリシアたちにそう告げると進行方角を変更する。敵の進む速度と目的地は不明だが、このまま進行すれば接触する方向に歩みを進める。
最後尾がいなくなった事により、ゼイラはわずかに速度をあげる。リリシア、ユリアであればついてこれるとの判断してのことだ。
予想通り、何の問題もなく移動を続けた三人はゼイラの指示で茂みに身を隠す。
「見た所ボクみたいな索敵要員はいなさそう。どう? ヤレる?」
「ワタシは大丈夫そう。ユリアは?」
「戦うまで確証はないけど、大丈夫だと思う。戦えそう。」
明確な戦闘開始までは敵の実力は推し量ることしかできない。しかし、目の前の一団の中に彼女たちの背筋に悪寒を走らせる様な存在は感じなかった。
「なら、任せたよ。ボクは、マルコスに位置を伝えてくるから。」
すでに完全にマルコスのことを見失っているリリシアとユリアに対し、ある程度の方向はわかっているかの様に迷いなくゼイラは森の中に再び消えてゆく。
「凄いね。ワタシ完全に見失ったのに。」
「だね。じゃあ、アタシ達も言った通り役割をはたそっか。」
数分茂みの中で身をひそめる。敵の一団が通る。最も効果的なタイミングでリリシアとユリアは戦闘を開始する。
「シア! 盾持ち!」
「了!解!」
その掛け声とともに140センチの彼女の体ほどの大剣の留め具が外れ、ふり払われる。
唯一、接近と攻撃に反応することのできた大きな盾を持つ小柄な少女。彼女の実力の高さは、評価しつつも剣の重さとリリシアの身体能力により大きく後方に吹き飛ばされる。
同時にユリアは、後方支援をこなすことができそうな、一人の少年に接近する。
長期戦になれば、数的有利と同じくらい役割が優位性を決定づける要因になりえる。リリシアが吹き飛ばした盾役や何でも器用にこなす後方支援要員は先に潰す必要がある。それは逆説的に彼女達に援軍がいないことを悟らせてしまうが、短期決戦で決着すれば何の問題にもならない。
「クソッ、奇襲なんて……」
『卑怯』言葉を言い終わる前に、ユリアの一撃が彼の腹部と胸部を捉える。1秒に満たない時間うちに、下からの切り上げと薙ぎ払いをもろに受けた少年は、アミュレットの発動音とともにその場に崩れる。
アミュレットは明確な、身体の損傷は肩代わりしてくれる。しかし、痛みまでは肩代わりしてくれない事実を知り、一瞬ユリアの表情が歪みそうになるが、状況が彼女の思考を押し流す。
一瞬にして、二人の戦力を失った。しかし、流石はダンジョン攻略を行う探窟者を目指すもの。
「接敵! 数2!」
即座に臨戦態勢を整える。
即席の人員。即席の配置。そして、想定外の接敵。一つ一つなら問題ない小さな歪みも、一気に押し寄せることで僅かな歪みを発生させる。瞬きするほど時間。針の穴ほどの隙をつく様に、ユリアが一歩踏み込む。
左手でもつ盾で、一団の主戦力でろう両手剣を持った少年を押し込む。
「クッ、この!」
悪態をつきながらも少年は態勢を立て直す。
盾による攻撃では、流石にアミュレットを発動させるまでにはいたらず、少年は弾かれた衝撃も利用して大剣を大きく振るう。頭上を一周させた大振りの一撃は、ユリアに盾も剣も使わせることもできず回避される。
互いの距離は1メートルに満たない。この距離なら、取り回しのきく片手剣のユリアに分がある。
切っ尖が地面を掠め、少年の左脇腹を目指す。しかし、彼もまた探窟者を目指し日々鍛錬を行うもの。左手を持ち変えることで何とか遠心力に引っ張られる大剣を剣の軌道上に滑りこませる。
金属同士の激しい衝突音が辺りに響く。
得物の質量も勝る少年の体が、僅かに宙に浮く。予想もしていなかった浮遊感に少年の思考が一瞬遅れる。
その僅かな隙にユリアは、体を時計回りに回転させ、少年の左側頭部に剣を叩き込む。少年が持つのは、自身の身の丈ほどの大剣だ。そう何度も手元で小回りの効く代物ではない。
側頭部に直撃した一撃は、アミュレットを発動させるにいたり、衝撃と痛み彼もその場に動かなくなる。
「ドルール! 敵襲報告を!」
帽子を目深にかぶり、斧を持った男性がもう一人に叫ぶ。
戦線は崩壊した。数的有利ももう存在しない。
その上、今までの戦闘を考えると、同数での勝率は低い。その判断から行動までに一切のよどみがなかった。
元から敵襲を受けた際、役割分担は決まっていたのだろう。ドルールと呼ばれた男性は、構えていた短剣をしまい、脱兎のごとく走り出す。殿を務める仲間とリリシア達を一直線上に走るところを見ると、延長線上に彼らの陣があるのは明らかだ。
「先行って! 追って!」
これはブラフだ。
ユリアの直接的すぎる言葉をそのために使った。
先ほど、敵の数を2と叫んだ。そして、奇襲とはいえ五人を圧倒する戦力。そして、駄目押しの追跡の言葉。これだけの要素がそろえば、戦闘により視野の狭まっている敵がさらなる敵を予想することは難しいというユリアの判断。
願わくば、既にゼイラこの戦場に戻ってきており今逃げた彼を追い、敵陣を発見することを期待しての一言である。
「行かせるわけ無いのである。」
叫びながら、既に構えてる斧を振り下ろす。
彼自身もこの戦闘に既に勝機は見えていないだろう。しかし、そういう捨て身の戦闘は思わぬ痛手を受ける。その予感がよぎったユリアが僅かに出遅れる。
「ユリア! 任せたよ。」
「えっ。あ!」
できる限り空気抵抗を受けない様、地面と並行に大剣を構え、斧を持つ男性に接近する。迎撃するために身構える男性に対しリリシアは直前に大剣を地面に突き立てアクロバティックな回避。ユリアの発言を自身に対するものであると、勘違いしたリリシアの行動は、ユリアが呼び止めることが出来ないほど早かった。しかし、
「行かせないと言っただろう。」
敵の頭上を完全に飛び越えたと思っていたリリシアに斧が飛んでくる。
人間離れした速度に、直前の跳躍。理解していても反応し、攻撃を当てることは至難の業だ。しかし、投擲された斧は的確にリリシアを捉える。
かろうじて、リリシアの視界の端に斧捉える。常人では理解できない芸当で、大剣を空中で振い撃墜する。だが、速度を失ったリリシアは、斧持ちの男性の前に着地する。
思わぬ、落下に伴いリリシアは後方、ユリアの方へ飛ぶ。その判断は、正しかった様で先ほどまでは持っていなかった左手にもう一振りの斧を構えていた。
「痛った! 当てる? 普通?」
斧を弾き飛ばした手にきた衝撃に表情を歪めつつ、リリシアはユリアの隣で構え直す。
「だね。最初にやっておけばよかった。優先順位を間違えたかな。」
奇襲でのアドバンテージで戦力の一人と数的遊離がある際に厄介になる盾持ちを優先的に攻撃をした。が、そのアドバンテージを彼の様な実力者に当てるべきだったと、今更ながらに思う。
どういう軌道で戻ってきたのか、持ち上げた右手に吸い込まれる様に斧が手中に入る。
それを、リリシアとユリアにむける。
「決死の殿だ。存分に味わえ。」
目深にかぶった帽子の先の視線がリリシアとユリアを捉える。




